転生者の使命
※?????視点
普通に生きてきたつもりだった。
多少、悪いこともしたがそれはお互い様だと思って罪悪感をやり過ごしていた。
考えが甘かったらしい。俺は地獄に落ちた。
「えーという訳で、現代日本人というのはぁ罪に塗れとるんですな。嘘をついたり肉を食ったりエロいことしたり酒を飲んだり!そーいうのは全部罪です、罪っ!大半の日本の大人は、地獄に落ちるのでありましてぇ…コラそこちゃんと聞いとるんかッ!!刑期1兆年、伸ばされてもエエんかいッ!」
すいません、とか細く何処かから謝る声がする。現実味が無い。この政治家のような喋り方をするオッサンも何処かの会社の研修会じみたこの場も。
まるで地獄とは思えなかった。
「えー…大半の日本の大人は地獄に落ちる、しかし遺族の方が供養をすれば救済のチャンスも与えられるのです。ですが供養をしても生前に善行が足りてなければ、結局地獄行きとなります。しかぁし、えー近頃は罪に対する刑罰が重すぎるという訴えが多々ありまして、あーこのたび大規模な法改正が下されました。諸君らは地獄行きの人間ではありますが、この法改正の下で新たな刑罰を受けられる運びとなり………」
この無駄に長い演説も刑罰なんだろうか、と思うくらい無駄に長かった。
要約すると、俺は異世界転生者のサポートという新しい地獄の罰を受刑することになったらしい。
何のことだかさっぱり分からない。
分からないまま、気付けば小さな部屋にブチ込まれていた。
そこは出口のないカプセルホテルの一室のような空間だった。
特徴的なのは壁に設置された大画面モニターと何やら複雑な機械、そしてパソコン。
あとはベッドと灯りがあるだけ。
モニターには「待機中」と大きな明朝体の字が映し出されている。
閉塞感のある空間に急き立てられるように、俺はとりあえずパソコンを点けてみることにした。デスクトップにはいくつかアイコンがあった。「ヘルプ業務刑 受刑者マニュアル」というファイルが目につき、それを開く。
「善行を積み異世界へ転生した者を手助けする……メニューのヘルプ機能を使って各種の説明やサポートを行う……コールセンターのオペレーションのような物だろうか」
どうせなら俺も異世界に転生したかった。こんな狭苦しい部屋じゃなくて、ファンタジックで楽しい別の世界に。
……そういう感情を抱かせることもまた、罰の一部であると書いてあった。
俺は頭を大きく振り、マニュアルを読み込むことに没頭しようと決める。非現実的なその内容が唯一、この狭い部屋から目を背けられる逃げ道だった。
「俺の担当はまだ、決まってないのか。暇でしょうがない。ここで106兆年過ごせ?冗談じゃないぞ」
とんでもなく桁の多いフリップクロックの文字盤が、音も無く捲れる。刑期のカウントがそれによって為されていた。それだけが時間の経過を知る術だ。
長いマニュアルを読み切って、知った。転生者一人につき受刑者一人が割り当てられる。担当が決まってない俺は『待機中』だ。
パソコンを弄って掲示板機能を呼び出す。これしか待機中に使える機能がなかった。
それは、ヘルプの中身たち──同じ受刑者の情報交換所だった。
暇を潰すのには持ってこいの代物だ。だが、ずっとは読んでられない。何故なら。
『マジありえねえコイツ ヘルプつかわないんだけどふざけんな』
『俺TUEE野郎が全然言うこと聞いてくれないイライラで死にそう』
『死にそうとか止めてくれ!!こっちの転生者はマジで死の淵を彷徨ってんだが!?』
『逆ハー女マジムカつく、、つらすぎ嘘ついて騙してやろ、、、』
『おいやめておけ痛い目見るのはお前だぞ』
『ねえ 信用できないって言われて関係切られた、、、つら、、』
『ざまぁされてやんのアホヘルプ女wwww』
「これが地獄というヤツか」
思わずそう呟いてしまう悲惨な有様だった。
…ネット掲示板というのはそういうものだ。
とはいえ、呼び出されることも無く退屈の中で絶望していく者や、転生者とトラブルになる者、転生者に嫉妬して使われなくなる者、精神を病んでいく者……他人事には思えなかった。
俺もヲタクの端くれだ。異世界転生?そんなの飽きるほど読んでいる。どんなパターンにでも対応できる自信がある。しかし。
「画面の向こうの主人公に、俺は何をしてやれるんだ」
………担当が決まったのは、17日後のことだった。
待機中の文字がいきなり消えて動画が再生され始めたのだ。それは担当する転生者の面接風景だった。
俺は幸の薄そうな若い女を食い入るように見つめる。どうか。どうか賢くあってくれ。少しでも平和で好条件で死ににくくて、尚且つヘルプが要るような…そんな世界へ転生してくれ………頼む。
俺は17日間で見てきた掲示板の地獄に呑まれかかっていた。願わざるを得なかった。自分の幸運、そしてこの女の幸運を。
「専業主婦ッ…!?まさかこいつ異世界転生を知らない系女子か。非ヲタか。終わった。
あ?………スローライフ。聞いたことのあるワードですね。
………意外と詳しいなコイツ。
よし、いいぞ警戒しろ、安全を確保しろ!
話終わらせんじゃねえ!!!このバーコード野郎!!………食料確保!現代的生活確保!!
パーフェクトだっ!!よくやった未世ォ!」
……………我を忘れて熱狂してしまった。
運命を分ける一大事だったのだから仕方ないと言い訳させてくれ…。
ともかく、俺の担当転生者…未世は期待できそうなスタートを切り出したのだった。
余りにもスムーズに転生していったので、一時は自分を必要としないんじゃないかと背筋が冷えたが、無事にヘルプは起動された。
最初に呼び出された時、彼女は何故か家計簿のような物をチマチマ書いていた。
異世界に来てまで何をやっているんだとも思ったが…どうも生活物資が不足していて困っているらしい。
都合が良い。生活の大部分をシステムに頼ることになれば、俺の出番も少なくはないだろう。それはとても有り難いことだった。
受刑者は、転生者を助けることで刑期を短くすることができる。
永遠のように思えるこの罰において、それだけが受刑者に与えられた救済だ。
俺は少女めいた出立ちのエルフ──転生者の映し出された画面を一時停止させてよく考えることにする。
転生者への返答には1億年の猶予が与えられ、その間こちらの時間は早く進みあちらの時間は遅くなる。精神と時の部屋だ。
「俺は彼女に何をしてやれる?」
考え、考えて───決めた。ヘルプらしいヘルプになろう、と。
ヲタクがパッと思い浮かべそうな、慇懃無礼で少しユーモアもある…そんなテンプレAIを演じるのだ。そして、滅私奉公の下しっかり彼女をサポートする。
手助け以上のことはしてやれないしする必要もない。だが仕事はキッチリやる。
そんなヘルプを目指そう。
俺はさっそくパソコンに新しくインストールされたメニュー機能のシステムからアチーブメントの項目を開き、地道にポイントの計算を始めた。
俺に某ハムスターキャラめいた渾名をつけやがったトンチキ女は、テンションは高いものの頭はそれほど悪くなく、ヲタクである。
小うるさいのは玉に瑕だがそれ以外の全てで文句なしの満点転生者だった。
ヘルプ界隈では既に転生者ランク査定表なる代物が掲示板上で出回りだしている。
ヲタクで異世界転生に詳しく、平和主義者だが平和ボケはしておらず、目いっぱい転生を楽しんでいる者……がSSSランクだそうだ。
ただのお遊びの産物だが、的を射ていると思う。飲み込みが早く、他者と争わず、警戒心があって……こちらを楽しませてくれる転生者は確かに貴重な存在だ。
掲示板での阿鼻叫喚がそれを物語っている。
そして。
転生者の…引いては亡者たちの今後の成否を分ける重要なフラグを、彼女は2日で立てることとなった。
口端は自然と笑みを浮かべる。彼女のキョトンとした顔を見つめながら、通話のスイッチを押した。
「異世界の情報を集めること。それが転生者に課せられた使命です」
『ははぁ……そんなこと、あのオッサンは言ってなかったけどなぁ。トントン拍子に転生出来たのは変とは思ったけど』
「死んだ人間を転生させるのは、メリットがあるからですよ。協力が望めそうな、条件を満たした転生者にのみ説明することになってるんです」
『なんだか胡散臭いなー……』
しまったな。フラグ建築の時に演出をやり過ぎたか?随分と疑われている。
ヲタクならああいうのに燃えると思ったんだが…軌道修正だ。ギャグ展開に持ち込もう。
「ありきたりなレベル表記に疑問を覚える鋭さや賢さを持っている。そしてこちらに質問を投げかけたことで、最低限の信頼関係があると判断されました。…信頼関係、ありますよね?」
『いやそんなあからさまにヨイショした後でドス声きかせて問いかけられてもねぇ!?』
「チッ……面倒くせぇな……」
『ヘル太郎がキャラ崩壊したーーー!?』
「そう警戒せずに。使命と言っても、あなたは普通に過ごすだけでいいんです」
『というと?』
「情報収集には鑑定とアイテムバッグのシステムを利用しています。鑑定で対象の大まかな情報をスキャンし、さらにアイテムバッグに収納することで細かい情報も自動で調査されるんです」
『私はその辺のシステムを活用しながら異世界ライフを楽しむだけでいいってことか』
「はい。加えて言えば、ミッションやアチーブメントなども情報収集の目安として提供されているシステムなので、是非楽しんでください」
『はーーん…なるほど。要望にない機能まで入っていると思ってたけど…異世界転生基本能力パック、ね』
やはり勘が良い。基本能力パック……というのは上辺の話、実際は転生者全員に与えられる情報収集ツールである。
この調子で色々と“察して”もらいたい所だ。
『それで、異世界の情報を集める目的って…なんなのさ?』
「単純なことですよ。そこが転生に適しているかどうか調べる為です」
『ほほう。この世界が転生に適しているか分からないって事かい、それは…』
「以前にも調査はされていますよ、ある程度の情報を掴んだ上で貴方は転生されました」
『その情報は開示されないの?』
「レベルを上げて、また質問してください」
『……………』
彼女の頭には様々な疑念や憶測が飛び交っていることだろう。この話を信じるか、信じないかという所まで含めて色んな想定を始めている筈だ。
何故そう思うか?俺ならそうするからだ。
こんな謎を目の前に引っ張り出されて考察をせずにいられるか。ヲタクだぞ。
さて。他に聞きたいことは無いのか主人公。最低限のことは伝えたが、俺がお前なら質問責めにして搾り取れるだけ搾り取る……
『ヘル太郎は、何者なの?』
反射的に一時停止ボタンを押してしまった。
────答えたい。答えたいさ、俺だって。
極悪人だった訳でもないのにこんな所に放り込まれて、気も狂うような時間を過ごさなければいけないと。ぶち撒けてしまいたい。
自分の存在を認めて貰いたい。
笑える。こんな思い、生きてた時にはしなかった………誰かと触れ合いたいなど。
暫く黙り込んだ後で、俺は通話ボタンを押した。
「探偵さ、とでも言えばいいですか?」
『ネタ台詞は求めてなぁあーーい!』
『きゅるるるっ!?』
「じゃあ、禁則事項です」
『未来人か君はぁーーーーーーッッ!』
『きゅるるーー?』
「くっくっくっく…まぁ冗談は抜きにして、ただのヘルプですよ。それ以上が知りたいならレベルを上げてください。レベルを」
『へっ、ネタは割れてんだぞ…どーせ神にこき使われる元人間の天使とか幽霊とか転生者の成れの果てとか、そのクチでしょ。明らかに人間じゃん。ヲタクじゃん。なんだってんだよもーーー……』
『きゅるーん』
良い線いってるじゃないか。その調子で頑張れ、主人公。
不貞腐れながら自由帳を引っ張り出して情報を書き留めはじめた彼女を見つめる。
この女となら、何とか上手くやっていけそうだ。そう思えた。
『わたし未世、しがないOLのアラサー女!ある日トラックに轢かれそうになった猫を助けたら、あれよあれよと異世界転生!自由気ままに生きたいのに、胡散臭くていけすかない男が現れてたーいへん!彼は何者?どうして私を惑わせるの?───次回・彼の名はヘル太郎───お楽しみに!』
『きゅぴ〜〜』
………………やっぱり上手くやっていけないかもしれない。
裏話パートのような何かでした。
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