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アルシオ  作者: ねぎ
5/5

5. 心


轟音と共に砕け散ったものの欠片は、

黒い人とベルの周りだけを、綺麗に避けるかのように、

バラバラと一面に降り注いだ。

私の体に熱が戻り、それと同時に傷口から赤いものも流れ出す。

一体何が起こったのか。

私は呆然と辺りを見回した。

まず見回せることに驚き、足先に地の感触があることに気づく。

尻尾は自在に動かすことができるし、翼も緩くはためいた。

その度に血が吹き、痛みを思い出したが、

気にすることなく、私は自分を確かめていた。

私を繋ぎとめていたものはなく、

私は何処までも自由でいられた。


「これが証だ、ベル」

黒い人が薄く微笑んだ。

「・・・ほんっと、ズルイよね。僕が見つけた竜なのに!」

大きくため息をついたベルは、不機嫌そうに眉根をよせる。


「一体何をした」

「何も」

私が問うと、黒い人は答えた。

いまだ血が流れる私の体に、軽く触れる。

その手は冷たく感じたが、

徐々に血は止まり傷は塞がっていった。

「何故、私の名前を知っている」

さらに私が問うと、黒い瞳を細めて言う。

「お前の心を、知っているからだ」

意味が判らない。

『心』とはなんだ。そんなものは知らない。


「氷の槍を砕いたのは、お前の心。

 その身に熱い心があるから、

 お前は強く、誇り高い。

 それは、何者にも打ち破ることができず、

 それは、何者にも持ち得ることができない、

 お前だけのもの。


 お前は誰にも、心を見せなかった。

 お前の心は、ずっと眠っていた。

 故に、お前の心をベルは支配できなかった。

 お前の自由は、お前自身が勝ち得たもの。

 誰でもない、お前の心が望んだことなのだよ、アルシオ」


ドクリと心臓が鳴った。


私の望みは、もう叶わぬもののはず。

その私の『心』が望んだこととは、一体なんなのだ。

心なんて知らない。だが、何かが内にあるのを感じる。

あの胸のざわめき。

あの血がたぎるような、芯の熱さ。

それが心だというのだろうか。

そんなものは知らない。

そんなものは知らない。

ならば何故、こんなにも鼓動が激しく増すのか。

何故、こんなにも瞳が重いのか。

何故、名を呼ばれることに震えるのか。

これは、なんだ。


「お前は誰だ」


私は黒い人を睨んだ。

白い顔は変わらぬ笑みを乗せたまま、眼差しだけが鋭く光った。

「我は、この世界を統べる者。

 この世界で、我の知らぬことはない

 我に逆らえる者はいない」


世界を統べる者。

世界の王であると、目の前の人はそう言った。

数年前に争いがあり、王は替わった。

私は先の王も、今の王のことも知らない。

私は世界にも、世界の王にも興味はなかったから。


「独裁者を気取るのはやめて欲しいね。

 貴方が分けたこの場所は、もう僕のものだ。

 契約外に関しては、ここで貴方の命令に従う義務なんて

 ないんだから」

ベルが金の髪を揺らし、忌々しげにそっぽを向く。

対して黒い人は、チラリとベルの方を見やるだけで、

すぐに私に視線を戻した。

「私の城に来ないか、アルシオ」

「シロとはなんだ」

「王の住む所だ。お前にそこで、我の手伝いをして欲しい」

「なんの為に」

「お前の力が必要だからだ」

黒い人は、まっすぐに私を見つめて言う。


彼が本当に王だというのなら、

私を一息の間に地に伏せたベルよりも、

遥かに勝るということだ。

事実、触れただけで私の傷を治してみせた。

小さな姿からは想像もつかない強さを、

彼はその寂しげな笑顔の下に、隠しているのだろうか。


恐らく私は、名に契りを受けた。

それは私が、彼の支配を受けるということ。

彼の契約に、私はいつの間にか答えてしまった。

彼の言う『心』を、私は奪われた。

だから彼は、私の名を知っていたのだ。

だから、彼から目が離せなかったのだ。

だから、胸がざわめいたのだ。

だから、瞳が熱かったのだ。

だから、名を呼ばれると震えるのだ。


彼には、私は逆らえない。

彼がこの世界の王であるいうのなら、

ますますもって、私が逆らうことなどできはしないというもの。


「好きにすればいい。私に、それを拒否する力はない」

私がそう言うと、黒い人はまた目を細めた。

「ならば来るがいい。我の元へ」

囁くように紡がれた言葉に、私は返事をしなかった。

それでも王は、私の首筋をただ撫でていた。

その手が少し温かいと、そう感じたのは私の『心』なのだろうか。





「その前に、涙だけでも頂戴よ。

 竜も泣くんだね、どういう仕組み?」

何処から出してきたのか。

ベルが小さな瓶を、顔の横で振ってみせた。

涙とはなんだ。泣くとはなんだ。

意味の判らない私に代わり、王が薄い笑みのまま口を開く。

「毛の一本だって譲る気はない」

「あっそ。ほんっと、性格悪いねぇ」

「お前ほどではないよ、ベル」

「お褒めに与り光栄にございます、魔王様」

わざとらしく膝を折る仕草をしたベルは、

ニヤリと笑って私を見た。

「王様がいらなくなったら、僕が貰うからね♪」

そう言って楽しげに踵を鳴らしたかと思うと、

次の瞬間には風と共に、金髪の人は姿を消していた。






『心』とは一体なんなのか。

知りたいことも叶わぬというのに、

判らないことは増えるばかりだ。

だが何か。熱く揺さぶる内なる何かが、

私に『生きよ』と、叫んだ気がする。

それが『心』というものなのかを、

私は確かめたいと、そう思った。

そうすれば、母の見つめた先の空を、

私も感じられるかもしれないと。


あの雪原よりも青いそれを見上げながら、


そう、思った。




END

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