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アルシオ  作者: ねぎ
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3. 黄金の人


竜たちは皆、愚かだ。

無駄に現れ、無駄に消えていく。

種の保存を謳いながら、私と争う為に空を飛ぶ。

それになんの意味があるのだろう。

私には判らなかった。

答える者もいなかった。


黒い竜が落ちた先を、私はしばらく見つめていた。

すると背後から、高くて軽い音が聞こえた。


「すごい、すごい。さすが最後の赤い竜。強いねぇ」

振り向くと、そこには人がいた。

いや、この世界に人はいない。人の形をした何者かが、

笑みを浮かべ、手を打ち鳴らし、

不自然にも空に浮いていたのだ。

見たこともない窮屈そうな衣服を纏い、

跳ねた金色の髪は肩まである。

しかしその背に翼はなく、

まるで地に足をつけているかのように、

何事もなくそこに立っていた。


「お前も、私を討ちに来たのか」

私が問うと、人は答えた。

「まさか。そんなことして、どうするのさ?」

「ならば、私に構うな」

用がないのであれば、相手にすることはない。

大げさに驚いてみせる人を後に、私は身を翻した。

しかし。


「ここね、僕の場所なの」


楽しげに笑う顔が、私の視界を遮った。

どうやって移動したのだろう。

動いた気配もなかったのに、

今後ろにいた者が、瞬きの間に眼前に現れたのだ。


「僕の場所に入った子は、みんな僕の物。

 だから君も、僕の物。

 調度良かった。

 前から一度、竜が欲しいと思ってたんだ」


嬉しそうに微笑む人に、私は違和感を覚えた。

踏めば潰れてしまうであろう、小さな体なのに、

身を守るべきものを、何一つ持たぬ姿なのに、

押し隠した闇の深さを。

底の知れぬ不気味さを。

今まで出会ったことのない『畏怖』を、私は感じた。



「お前は何者だ」

私が見据えると、人は口の端を更に吊り上げた。

「僕は僕だよ」




何が起きたのか、すぐには理解できなかった。

ただ人が、右手を軽く差し出す。

それだけなのに。

気がつけば、私は地に伏せていた。

私の尾が、私の足が、私の翼が、

細く長い銀色の何かで貫かれ、地に繋ぎとめられていた。

私の体に深々と突き刺さるそれから、

皮膚の色にも負けない血が、トクトクと流れゆく。

身を捩れどもそれは抜けず、その度に骨が軋むのを感じた。


「動かない方がいい。すぐに痛くなくなるから」

人が優雅に降り立つ。

私は首をもたげ、彼を見た。

「これは、なんだ」

「氷だよ。君の炎でも、けして溶けない氷の槍。

 そのうち、体の中から凍っていくんだ。

 でも大丈夫。殺したりはしない。

 そのままの形で、素敵なオブジェにしてあげるから」

恍惚とした表情で、人が私の頬に触れた。

気持ちの悪さに、私は首を振り手を払う。


確かに痛みはもう、なかった。

流れ出る血も止まっている。

試しに炎を吐きかけてみたが、私の動きを封じるそれは、

形状を変えることなく、刺さったままだった。

私がいくらもがこうとも、

それはピクリとも動かなかった。


「それにしても大きいね。僕の屋敷に入るかな?

 壁を壊して部屋を広くしようか。

 ああ、窓から見える庭に置くのも、いいかもしれない」

人が何かを言っていたが、私には意味が判らなかった。

彼は、彼の言葉しか聞かなかった。

彼には、私の言葉は必要なかった。


知らずに、吐息が漏れた。

ジワジワとした痺れが、私の体を侵食していく。

私の尾も、私の足も、私の翼も、動かなくなる。

氷の冷たさはない。

もうすでに、その感覚すらも消えていた。


「何色の首輪がいい? 瞳と同じ金にする?」

人が優しく、私の首を撫でる。

私はそれを、振り払うことはしなかった。

何をしても、無駄だと悟った。

この男は、強い。私は、それよりも弱い。

弱い者が倒れ、強い者が生きていく。

ただ、それだけのこと。

それが、世界の定め。





―――――私はここで終わるのだ、と

何処か遠いところで思った。





竜は何故、空を飛ばないのだろう。

翼は、なんの為にあるのだろう。

竜は、なんの為にあるのだろう。

私は、なんの為にあるのだろう。


何一つ、答えは見つからなかった。

だがもう、それを追求する気はない。


私は、とうに判っていた。

私の望む答えを、持ちあわせる者などいないことを。

私は、知っていたのだ。

世界を拒んだ私を、世界が受け入れる訳のないことを。


私は、とうに諦めていた。

私は何も、得られない。

私が本当に求めるものは、

私が本当に知りたかったことは、

遠いあの日に、捨ててきた。

あの雪原に、捨ててきたのだから。


答えは、永遠にみつからない。

だからもう、それを追求する意味はない。

だからもう、それを探して飛ぶ意味はない。



飛ぶ意味がないということは、

生きるということにも、意味はないのだ。


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