2. 誇りの意味
ある時、世界は滅んだ。世界の王が変わったのだ。
その際、多くの竜や他の種族が息絶えたが、
何処で誰が争いをしようとも、私には関係のないことだった。
私は世界にも、世界の王にも興味はなかった。
私はいつも、私であった。
それからまた時が経ち、久しく見かけなかった竜が、
再び私の前に立ちはだかる。
若く黒い竜もまた、他の竜と同じく、私を睨み罵倒した。
「お前は何故まだ生きている!」
私は答えた。
「死ぬ理由がないからだ」
黒い竜がまた吠える。
「赤い竜は皆死んだ! お前のせいだ、裏切り者!!」
意味が判らなかった。
赤い竜が姿を消した日。
赤い竜の一族は、狼の一族に襲われて滅んだらしい。
硬い皮膚をも貫く爪と、毒を含んだ牙を持つ狼たちに。
今まで来た竜たちが、そう言っていた。
だが何故それが、私のせいで、
何故私が裏切り者なのかを、竜たちは語らなかった。
竜たちは皆、私を憎み、私を倒すことしかしようとしなかった。
しかし、黒い竜は言った。
「お前が世界に疑問を持たなければ、
赤い竜たちは住処を変えなかった!
住処を変えなければ、襲われることもなかった!
なのにお前は何もせず、悠々と空を飛んでいる!
お前は一族の仇も取らず、
お前は他の竜たちをも討ち、
お前は何も思わないのか!!」
「思わない」
私の答えに、黒い竜が口から炎を吐き出した。
うねり狂うどす黒い炎を、私はかわす。
深い空色の瞳が、眼下で鋭く光った。
「滅びよ! 竜としての誇りを汚した、恥晒し者め!!」
『誇り』とは、なんだ。
『竜』とは、なんだ。
「この大きな翼は、竜であるが為にある
だから我らは、それを誇りに思うのだ。」
昔、赤い竜が言っていた。
だが、私には判らない。
竜であるが為の翼を誇りに思いながら、
それを使おうとしない竜とは、なんなのか。
竜に、一族に、掟に捕らわれ、
この空がどれほど広いのかも知らず、
この翼でどれほど高く飛べるのかも知らず、
『竜の誇り』を掲げる彼らこそ、
一体なんの為に、生まれてくるのだろう。
一体なんの為に、生きているというのだろう。
私の赤い毛並みは、寒さに耐える為にある。
私の硬い皮膚は、身を守る為にある。
私の柔らかな角は、気配を探る為にある。
私の長い尻尾は、均衡を保つ為にある。
私の熱い吐息は、外敵を滅ぼす為にある。
私の大きな翼は、空を飛ぶ為にある。
だから私は、生きているのだ。
だから私は、ここにいるのだ。
飛ばない翼が『竜の誇り』であるのなら、
私は竜ではない。
例えその血が同じであろうと、
私は竜ではないのだ。
竜ではない私が、赤い竜の仇をとる必要などあるのだろうか。
竜ではない私が、他の竜たちを討つことに、
何かを思う必要などあるのだろうか。
私は知らない。
私には判らない。
だから私は、黒い竜が落ちていくのを見ても、
何も思わなかった。
漆黒の体を、私の吐いた炎に包まれながら、
地上の森をもなぎ払い、落ちていく姿を、
私は、ただ静かに見つめていた。
あの竜もまた、私の望む答えを持たなかったようだ。
それとは逆に、新たな疑問を残して朽ちた。
『私』とは、一体なんなのだろう。