娘の変身を見た母の内心
サーターアンダギー。
ごろんごろん、ずしんずしん、丸々。
あぁ、サーターアンダギーを食べたい。
あぁ、ラフテーを食べたい。
テビチを食べたい。ソーキそばを食べたい。海ぶどうを食べたい。
あぁ、沖縄に行きたい。
家事のBGMに沖縄民謡を流し、ジャスミン茶を沸かして日々を過ごした。
スーパーの沖縄フェアで紅い◯タルト6個入りをほくほく顔で購入し、沖縄病による突発的な発作をどうにか乗り切ったのは今から約2ヵ月前のこと。
雲丹。
とげとげ、つんつん、黒々。
あぁ、雲丹を食べたい。
あぁ、ウニ丼を食べたい。
ジンギスカンを食べたい。ウニ煎餅を食べたい。ウニソフトクリームを食べたい。
あぁ、北海道に行きたい。
洗濯機をまわし、朝ドラを見て、娘を家から徒歩5分の保育園へと連れて行き、帰宅して台所の片付けと洗濯物干しを終える。
ソファーに座り、漫画「ゴールデン◯ムイ」を1巻から再読する。
久々の年休、病院の予約時間まではのんびりと過ごしたい。
時折ちらりと目をやるだけのテレビの公共放送は、前日の相撲の取り組み結果から天気予報へと変わっていた。今夜から西日本上空に寒気が流れ込み、明日はまた気温がぐっと下がるらしい。
前言撤回。
北海道へは桃鉄で行くくらいに留めよう。
ウニ丼は食べたいけれど、炬燵からは出たくない。
「おかあさん、ゆきね、2月の絵本、持って帰ったよ。お面もあるの」
娘のゆきは毎月1冊、保育園から絵本を持ち帰る。
「カバンから出すのは後。先にお風呂に行って、それから夕食にしようね」
お風呂で娘の頭をわしわし洗う。
「オニして、オニ。つよいぞー、つよいぞー♪」
あわあわ、もこもこ。白い泡だらけの髪を少し摘まんで引っ張って、また少し摘まんで引っ張って。
両手使いで素早く頑張るけれど、真っ直ぐにピンと伸ばしてもすぐにくたぁとへたってしまう。北海道病の母は娘の頭を雲丹にすることに夢中。
風呂上がり。ふかふかタオルが理想だけれど、現実はパサパサタオル。柔軟剤という、柔らかいに軟らかいの文字を重ねた名を冠する液体をもってしても、長い使用の歳月には勝てず。タオルと歯ブラシは替え時がいつも悩ましい。
「はこう、はこう♪ はい、足をあげて、パンツを履いて」
「ゆき、ア◯雪のパジャマがいいの」
昨夜とは違うパジャマを着たいと主張する娘。
洗濯物が増えることに内心舌打ちしつつ、けれども夕食前の今は機嫌良く過ごしてもらうべきだと自分を言い聞かせ、母はにっこり笑って了承する。
プリンセスのキャラクターをイメージした淡いラベンダー色の上下のセット。娘に去年買ってあげた誕生日プレゼントで、裏起毛のふわふわ柔らかい生地が温かい。
子供の成長は早い。可愛いデザインだけれど、来年の冬はおそらくサイズアウトだろうと思うと、子供の成長が嬉しい反面、その成長が少し寂しい。
「お腹すいたぁー。晩ごはんなぁに?」
「今夜は親子丼だよ」
ウニ丼との共通点。
黄色いどんぶり飯。
母の心の内など知らぬであろう、無邪気な娘。
「てんてんどんどんてんどんどん♪」
残念ながらどんぶり違いにつき、エビ天は乗らないのだけれど。
「ごちそうさまでした!」
「はい、良く食べました」
特にエビ天を期待していたわけではなかったようで、にこにこ顔で無事に夕食を終えて、食器を下げる。
「おかあさん、見て見て。オニだぞぉー!」
カバンから取り出したお面を顔に当て、すごんでみせる娘。
あぁ、ムラサキウニ……。
「ゆきね、むらさきオニさんなんだよ」
紫色のクレヨンで豪快に色塗りされたオニの面。
うん、全身美味しそうね。
「オニだぞぉー! オニだぞぉー! ……もう、オニなんだよっ! おかあさん、なにか言ってよぉ」
「……バフン(ぎゃふん)」
後日スーパーの北海道展にてマ◯セイバターサンド6個入りをほくほく顔で購入し、母の北海道病は落ち着いたのでした。