表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

その3

翌朝、アイヴィーは満ち足りて目を覚ました。

視線を落とすと、脱ぎ散らかした二人の服、食べたままの食事のあとが目に入る。よし、まずはこいつらからやっつけないとね。

ゴロッと寝返りを打つと、シンが隣であお向けに寝転がり、スマホをいじっていた。

珍しい。

シンのこんな姿、久しぶりに見た。

何年も前、カメラマンの松下のおばちゃんと出会った頃のシンは、いつもこんなだった。暇があれば、ゴロゴロしながらスマホをいじってたっけ。

満たされない思いをぶつける先が見つからなくて、いつも吠えてばかりで。トラブルで仕事を辞め、バンドを辞めの繰り返し。あの頃はギターもほとんど弾かなかった。

今のシンは、あの頃のシンとは違う。

「ニー・ストライク」は、シンとドラムのミッチが大事に育ててきたバンドだ。あの頃のシンだったら…とっくに辞めているだろう。

仕事だってそうだ。シンがどん底から這い上がってきた時、ゴンちゃんの紹介で就いたのが今の仕事。日銭を稼ぐ以外に、仕事に価値を見いだせなかったシンは、左官を通じて「働く喜び」を知った。

今のシンの人生に、無意味なものなんて一つも無い。いや、もともと無かったんだ。気づいてなかっただけで。

そんなシンが、「未来を変える」と言った翌朝にスマホをいじっている。その表情が以前とは全く違うのは、アイヴィーにはすぐに分かった。

シン、何かを始めたんだね。

本音を言えば、今朝はもうちょっと甘えて過ごしたかった。

けど、彼の闘いが始まったんなら、邪魔はしたくない。

アタシも行動を起こさないとな。

アイヴィーは勢いよく、ベッドから跳ね起きた。


シンは床の上で腕立て伏せをしていた。

額には大粒の汗が光っている。かなり長い時間、トレーニングしていたんだな。

「ただいま、シン。」

「おう。」

外出から帰宅したアイヴィーは、シンに声をかけながら黒いマスクを外した。

お気に入りの布製マスク。仲間のキミちゃんが手縫いしてくれたマスクだ。抗菌効果は無いけど、代わりに愛情で守られているんだよ。

朝の散歩がてら、高円寺の街をぐるっと一周してきた。

高円寺の代名詞と言うべきアパレル店舗は、軒並みシャッターを降ろしている。この時間帯ならいつものことだけど、店先には「一時休業」の貼り紙、どこも貼り紙。

アイヴィーの販売ルートのメインはウェブショップ。ただ、高円寺内の知り合いの店には何軒か商品を卸している。

いま、その中で営業を続けているのは一軒だけ。あのオーナーなら、たとえ地球が滅亡しても、自分のやりたいことを続けるだろう。

だからといって、今みたいな状況でアイヴィーの服が飛ぶように売れるわけじゃない。いずれにしても、他の手を打たないとね。

考えは、ある。高円寺を歩きながら、頭の中をまとめた。

自分がいま、やりたいこと。やるべきこと。

シンがうめき声をあげ、倒れ込むように腕立て伏せを終わらせた。自分を限界まで追い込み、息を切らせている。

倒れるのとほとんど同時に、彼のスマホが一度だけ鳴った。

シンは苦労して机の上のスマホに手を伸ばし、長い間画面を見ていた。

それから、何かを打ち込んでスマホを置いた。

シンがニヤッと笑いながら、アイヴィーの方に向き直る。

「すげえな。客が、ついたよ。」

そう言い残して、彼はよろよろとシャワーを浴びに行った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ