表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

その2

アイヴィーはアコギで、シンはエレキで。二人でビールを飲みながらの即興セッションが、毎晩の日課になった。

有名な曲のカヴァー、仲間のバンドの曲、即興で作った歌に適当な歌詞を乗せたり。気に入ったフレーズがあると、録音して後で練り直してみたりする。

つねづね「女とバンドは組まねえ」と公言していたシンだけど、ある時を境にして、アイヴィーとのセッションだけは拒まなくなった。

二人が一緒のステージに立ったことは、今まで2回しかない。一度目は“ズギューン!”のギタリスト・ゴンちゃんの結婚パーティでの弾き語り。

そして、もう1回は…。

「こんな時、また出てこないかな。」

ポツリとアイヴィーがつぶやいた。

「んん?」

手癖で適当なメロディーをつま弾いていたシンが顔を上げる。

シンのギターの腕は秀逸だ。「パンクをやらせておくにはもったいない」と、他のジャンルのバンドマンからよく言われているくらいに。

テクニックだけじゃなく、理論や基礎もしっかりしている。恐らくクラシックを経験していると思う。けど、アイヴィーはその事実を確かめたことがない。彼女にしてみれば、どっちでもいいことだ。

「ギヤのこと。」

「ああ…。」

「あの夜のこと、覚えてる?」

「覚えてるよ。」

高円寺ギヤ。

ずっとずっと前に、閉店したライヴハウス。

シンとアイヴィーが出会ったライヴハウス。

シンとアイヴィーが結ばれたライヴハウス。

そんな二人のルーツは、思いがけない火事によって唐突にその幕を閉じ、つい数年前にビルが取り壊された。

工事前の最後の夜、思い出作りに向かったハコの跡地で、二人が体験した不思議な一夜。

夢なのか、スピリチュアルなのか、何だったのかは…今でも分からない。

とにかく、無くなったはずの高円寺ギヤで、超満員のパンクスたちを前に、二人は2回目の共演を果たした。

今でも忘れることはない。

あのライヴを超えるのが、二人の共通した目標。

「あそこでまたライヴができるなんて、夢にも思わなかった。二度と行くことができないと思ってた、ギヤで。」

「あの夜は、サイコーの気分だったな。」

「いまアタシが、何よりも欲しているのは…あの日のギヤなんだと思うよ。今、またギヤが現れてくれたら…アタシ、もう他には何もいらない。それくらい、ライヴを欲してるよ。」

シンはギターを弾き続けていた。

「シンだってそうでしょ、ライヴがなきゃ生きていけない。」

「まあな。」

そう言ってアイヴィーは赤い髪をかき上げた。

外出が少ないと、化粧の回数が格段に減る。楽といえば楽だけど、オンナとしての戦闘力は下がりっぱなしだ。

パンク・ロッカーとしても、バンドマンとしてもね。

「ちょっと、今からあの場所に行ってみようかな。もうあのビルは無いけどさ、あの場所に行けば何か…。」

「いや、今回は、それはねえな。」

シンがフッと顔を上げた。

「そう…かな?」

シンはギターを置いて、アタシに向き直った。

「本当はあれが何だったのか、俺には分からねえ。ただ、ギヤはもう過去だ。あれは、俺たちが過去にケジメをつけるために起きたことだと思う。」

それはアイヴィーにもよく分かった。ギヤを懐かしむバンドマンたちの情念が、あの奇跡を起こしてくれたんだと。

「いま俺たちが向かっていくのは未来だ。このクソみてえな事態を乗り越えて、未来を創っていかなきゃならねえ。じれったい気持ちは俺も一緒だ。でもな、過去に逃げても、何にもならねえんだ。俺は前に進む。もうギヤは、いらねえ。」

「未来…。」

「何とかやろうぜ、アイヴィー。仕事もねえ、ライヴもねえ、金もねえ。それがどうした?これはチャレンジだぜ。ここを乗り越えなきゃ、俺はみっともなくてパンクスなんて名乗れねえからよ。」

お酒が入っているからか、シンは珍しく長くしゃべった。

「エヴリシング・ゴナ・フィール・オールライトか…。」

「何か言ったか?」

アイヴィーはかぶりを振って、軽く微笑んだ。何だか、とってもスッキリしたな。

お互い、これからに対しての不安を山ほど抱えて、途方に暮れている。それでも、「心配だ」と言ったところで何も変わらない。

現状はアイヴィーもマイナス。シンもマイナス。マイナス+マイナスでプラス。

シンはアイヴィーを、アイヴィーはシンを。お互いがお互いを想い合い、それが力に変わる。

とってもシンプルだ。

「時間はたっぷりある。俺にも考えがあるんだ。うまくいくか分からねえが、前からやってみたかったこと…この機会に始めてみようと思う。だから…。」

言葉を続けようとしたシンを、いきなりアイヴィーが押し倒した。はずみで、空になったビールの缶が床を転がっていく。

「アイヴィー、何だよ。」

「ありがと、シン。アタシ、もうギヤには頼らないよ。覚悟、決めた。なるようになれだね、未来を創ればいいんだよね!」

「おう…そうだな。」

「ハッキリ言って惚れ直したよ、さすがシンだね。だから、ご褒美に今夜は…抱いてあげるね。」

「それはまた…ずいぶんな誘い方だな、アイヴィー。」

と言いながら、シンはまんざらでもない顔をした。

「いいから、いいから。明日から新たな闘いが始まるんだよ。せめて今夜はリラックスしなきゃ。」

「とてもリラックスできるとは思えねえけどな。」

そう言ってシンはニヤリと笑った。

そのまま二人は、床の上で激しく身をよじらせ始めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ