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9、理想

9、理想



あれから律には相談できなくて、僕は休みの日にもう一人の幼なじみに会いに行った。


そこは、さびれた商店街の八百屋。


八百屋の隆司君は、今日も元気にTシャツにキャップ姿だった。以前は似合わなかった前掛けが今では板についていた。久しぶり会わないうちに顎に髭を生やしていた。隆司君は元々やんちゃだったけど、何だか元ヤンみたいに見える……。


「なんだそれ?プロポーズ失敗した話か?」

「違うよ。僕まだプロポーズしてないよ」


隆司君は空の段ボール箱を片付けながら僕の話を聞いてくれた。隆司君は相変わらず作業がてきぱきしていて見ていて飽きない。隆司君は2年前にお兄さんの代わりに実家の店を継いだ。


「お前相変わらず草食だな。肉を食え肉を」

「それ八百屋の隆司君が言う事じゃないよね?」

「ちげーよ!誰がお前の食生活の話なんかするか。それだけ誘われてて手ぇ出さないとか、お前は童貞か?」


え?誘われてる?いつ?


隆司君は僕とは何もかも正反対だった。僕みたいにぼっちじゃないし、女友達も多い。その分経験も豊富だ。だからきっと何かいいアドバイスがもらえるはず。


「童貞じゃないよ?でも遠回しに下手だとは言われたけどね……」

「え?それまさかそれ、その付き合ってる彼女に言われた訳じゃないよな?」

「…………」


僕の無言に隆司君も何故か黙った。


「お前が俺に相談なんて珍しいと思ったらそうゆう事か……」

「違うよ?そうゆう相談じゃないよ!全然違うからね?」


隆司君に女の子の相談をすると必ずそうゆう話の流れになる。


「どうしたら信じてもらえるのかな?」

「それを俺に聞くなよ」

「プロポーズ未遂事件がいけないってわかってるんだ。だけど、それでプロポーズしたら、要求されたからしたみたいな感じにならないかな?」


僕がそう言うと、真白さんからメッセージが届いた。『今どこ?会いたいんだけど……』


「真白さんから会いたいって!隆司君見て!真白さんが会いたいって!」

「オイ、3年付き合ってんだよな?向こうから会いたいって言われた事ねーのかよ?」

「無い!ほぼ無い!」


こうゆう時はいつも僕の方が我慢の限界が来て、こっちから連絡を取ってしまう。僕の様子を見て隆司君は一息ついて少し体を伸ばした。


「ちょっと待ってて、真白さんに電話してくる!」


電話をすると、久しぶりの真白さんの声に胸が踊った。


「あのね、あの……私、今からそっちに行っちゃダメかな?」

「えぇええええ!!」


真白さんがここに来る?


「どうしよう隆司君!真白さんがここに来るって!今すぐお店改装して!」

「オイ、お前の彼女は皇族かよ?」


信じられない!あの真白さんが僕のいる所に来るなんて!しかも、友達に紹介して欲しいなんて言うなんて初めてだ。


「それってお前を迎えに来るだけだろ?」

「迎えに……来る!?」


迎えに来る!?


「オイ、どうした?」

「僕は今その言葉を噛み締めてるんだ」

「まさか迎えに来た事も無いのかよ?」

「無い!」


こうしちゃいられない。隆司君にちゃんとプロポーズの仕方を聞いておかないと!今日はそれを聞きに来たんだ。


「プロポーズ?……忘れた」

「そんな~!今すぐ思い出してよ!」


すると、お腹の大きな隆司君の奥さんが、幼稚園児の手を引いて帰って来た。


「とか言って言いたくないんじゃないの?隆司は顔に似合わずロマンチストだもんね~」

「顔に似合わずって何だよ!」

「あ、おかえりなさい。お邪魔してます」


隆司君の子供はとっても可愛い男の子だった。


「隆太君久しぶり~!」

「葵~!プロポーズ?大人になったら俺が葵と結婚してやるよ!」

「いや、僕は男だから」

「えぇえ!!葵は男だったの?」


いやいや、君に言われたくないよ。


「葵君、うちで夕飯食べて行くでしょ?」

「いえ、これから……か……か……」

「え?かかし?」


僕が彼女が迎えに来ると言うのを待てない隆司君が言った。


「彼女が迎えに来るんだってよ!」

「隆司君!それは僕が言いたかったのに~!」

「お前めんどくせーな!」


僕は少し恥ずかしかったけど、隆司君と奥さんに許可を取った。


「真白さんがお友達を紹介して欲しいって言うから……隆司君を紹介してもいいかな?」

「それ既婚者でもいいの?」

「バーカ、そうゆう意味じゃねーだろ?」


隆司君は奥さんに真白さんがここへ来る事を説明した。


「友達に紹介して欲しいって意味だ」

「あ、じゃあさ、大したものないけど彼女も一緒に夕飯食べて行けば?」

「え?いいんですか?」


隆司君も「そーすれば」と言ってくれた。それを聞いていた隆太君が喜んで僕に抱きついて来た。


「葵、今日一緒に遊べる?こっち来て!俺の剣貸してやるよ!」


そう言って僕の手を引いて店の奥の居住スペースの方へ案内してくれた。


僕は隆太君と遊んだり、ミエさんのお手伝いをしたりして真白さんの到着を待った。ミエさんはポテトサラダをお皿に盛りながら言った。


「葵君に彼女ねぇ……初めてじゃない?うちに連れて来た子。りっちゃんには紹介したの?」


ミエさんは隆司君のお姉さんの友達で、ご近所さんだった。当然律の事も知っていて、昔から律と付き合えばいいのにと言われて来た。僕も高校生の時までは漠然とそう考えていた。


だけど、僕は出会ってしまった。


周りが見えなくなるほど、心引かれる人に。


大学の時はずっと真白さんしか見えなくて、付き合っても我慢して耐えるのに精一杯だった。浮かれていて周りの事、律や隆司君の事を冷静に考えられるようになったのはつい最近だ。


僕は真白さんの到着が気になってお店の方へ出た。すると、隆司君が煙草をふかしながら言った。


「ガキの相手ばっかで悪いな」

「隆太君と遊ぶの楽しくてつい時間を忘れちゃうよ。いいなぁ~!隆司君には綺麗な奥さんと可愛い子供がいて羨ましいよ。僕の理想の家庭だなぁ~」

「そうか?」


外は少し暗くなって来て、隆司君は店の片付けを初めていた。


「俺はこんなもんか~って感じだけどな」

「隆司君、その考えはいつかバチが当たるよ?」


真白さんと結婚するために僕がどれだけ苦労してるか……


隆司君の煙草の煙を、初夏の風が運んだ。寂れた商店街には学生の帰宅する声や、自転車の通り過ぎる音が響いていた。


「いや、お前さ、仕事で成功したいとか認められたいとか無いの?」

「無いな~別にうちの生徒はみんないい子だし。運動会が成功したいとは思うよ?」

「お前に聞いた俺がバカだった」


隆司君は、自分が成功してるって思ってないのかな?やりたい仕事をやめてこのお店を継いだから……?


「世の中結婚したくてもできない人がたくさんいるんだよ?僕もその1人なんだけど?」

「いや、そりゃわかってんだよ。世の中食べたくても食べられない人がいるんだから残さず食べろとは子供に言う。だけど……我慢して食べ続けるのが幸せかって少し疑問に思ったりするんだよ」


どうしてそんな疑問を抱くんだろう?隆司君には、羨ましいほど暖かい家庭があるのに……


「あ、真白さん!」


すると、少し遠くに真白さんの姿が見えた。


「あれか~じゃ、中で隠れてろよ。俺が審査してやる」

「審査?審査って何?」


隆司君は僕を店の奥に押し込んで、真白さんを接客した。


「お姉さん可愛いね~この後暇~?」

「いえ、あの……」


すると、僕の後ろで怒りに震えている人がいた。


ひぃいいいいいいい!ミエさん!


僕は地獄の閻魔様を背に、隆司君と真白さんの様子を見守った。隆司君……御愁傷様。君には確実に死亡フラグが立ってるよ……。


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