7、弁明
7、弁明
あれからというもの、葵からの連絡がすっかり途絶えてしまった。
葵は今どうしてるんだろう?どうせいつもみたいに彼女のご機嫌取って、首の皮一枚繋がった状態で彼氏という立場にしがみ続けるんだろうな……
葵は彼女にとって、いてもいなくてもいい存在なのに。
こうゆう時、美人は特だと思う。愛されたい人に無条件に愛される。
もうすぐ夏を迎えるという頃、以前出していた移動願いが今更施行される事になった。移動先は地方の倉庫の管理業務だった。
この移動に一番動揺したのは、意外にも同期の森高だった。
「今更……移動ってマジかよ……」
喫煙所で煙草を吸っていると、隣に森高がやって来た。
「俺さ、本当はお前が好きだったんだよ」
「はぁ?あんた新婚でしょ?何言ってんの?」
森高が私に好意がある事はなんとなく気がついていた。だけど、私は選ばれ無かった。森高が選んだのは、私の隣の敦子先輩。
「お前全然気がつかなくて、敦子さんに相談してたんだよ。そうしたら……いつの間にかこうゆう事になってて……」
「はぁ?結婚したのはあんたでしょ?私のせいだって言いたいの?」
「違う!告らなかったのは俺だし、敦子さんに手ぇ出したのも俺だ。だけど……大竹が目の前からいなくなるなら、ちゃんと伝えておきたかったんだ」
それって何?今更告白する意味ある?私は……そんなもの伝えられたくは無かった。
「その気持ちは一生、森高の中にしまっておいて欲しかった」
好きな人がこんなにも近くにいて、好きと伝えられなかった。それは私も同じだ。
あまりに近くにいるとその関係を壊したくなくて、その存在を失いたくなくて……怖くて何も言えない。
葵と私はきっと近すぎたのかも。『好き』と言う言葉を使って引き寄せ無くても、近くにいられた。だから『好き』という言葉を伝えられなかった。
いい機会だから、葵から少し離れてみよう。
その夜、同僚のみんなが送別会を開いてくれた。二次会へと進み、徐々に人数を減らした。そして、最後は部長と二人きりで三次会へ行った。
「お前の絡み酒もこれで終わりか……寂しくなるな」
なんて言って、相変わらず渋い居酒屋で美味しい日本酒飲んだ。酔っ払った勢いで、森高の名前を伏せて悪まで友達という事で部長に愚痴った。
「今更既婚者に告白されて、こっちはどうすればいいんですか?惜しいことしたなって後悔すればいいんですか?」
「それは一方的だな。まぁ、そんな奴と結婚しなくて良かったと思えばいいじゃないか」
「そうですね!むしろあいつじゃなくて良かったと思うべきですね!」
もし、私が敦子先輩の立場だったら……どう思うんだろう?
それでも愛する人がこの先ずっと側にいてくれるなら……
私は頭を振って余計な思考を振り払った。
「あいつ最っ低!」
「ふっ……はははは!最低か」
部長は混乱する私を見て少し笑った。
「だけど大竹、誰しもお前みたいに強い訳じゃない」
私が……強い?
「男は弱い生き物だよ。知ってるか?結婚してるかしていないかで男の寿命は違って来るんだってよ」
「じゃあ部長はすぐ死にませんね。どうぞゆっくり終活してください」
「お前は本当に失礼な奴だな。一度結婚したぐらいじゃ寿命は伸びないだろ」
え?でも結婚したら延びるって話じゃないの?
「でも、自分がいる事で誰かが生き延びるなら……やっぱり誰かの側にいたいかも。それだけで、存在意義があるように思えますね」
「……そうだな」
あ、でも葵は吸血鬼だから普通の人より長生きなんだっけ。じゃあ私要らないじゃん!
「私は要らない!?」
私が頭を抱えていると、部長が言った。
「要らないわけが無いだろう?大竹がいなくなったら誰に辛辣な意見を訊けばいいんだ?」
「え?私いつも辛辣な意見を言っているつもりはありませんけど?部長はマゾですか?」
「お前は本当に失礼な奴だな」
もう、関わる事も無い。いくら失礼な事言っても今後に影響しないだろう。
「部長……ごめんなさい。私は最低です。私もあいつと同じでした」
「何だよ急に、気持ちが悪いな……」
私の発言に急に雰囲気がおかしくなってしまった。
「移動はやっぱり……3年前の事がきっかけか?実は移動の話、ずっと引き伸ばしていたのは俺なんだ」
「え?部長?!」
「いやいや、有能な人材を手放したくないだけだ」
部長の言葉に、思わず日本酒を飲む手が震えた。
「やめてください。私、認められると弱いんです。だから、あの時も……」
「あの時……?」
3年前、私は葵に彼女ができた事にショックを受け、寂しさに心を震わせていた。そんな心の隙間につけこんで来たのは、以前の直属の上司。部長の前任、尾上元部長。彼は複数の女性社員と不倫していて、私もその中の1人だった。部長が妻子持ちという事も知っていたし、複数の女性と付き合っている事も知っていた。
正直、誰でも良かった。
葵を失った喪失感を埋めるのに、どこの誰でも良かった。それがたまたま、悪名高い上司だったってだけの話。
それがバレて元部長は左遷されたけど、私はそのまま残り、社内で後ろ指を指され、友達を失った。
「結局、いつも私を認めてくれるのは葵だけだったんです。律は頑張り屋だね。律といると元気が出るよ。いつも私にそう言ってくれた……」
私、部長に何を言ってるんだろう……酔ってて感情の制御が利かない。
「なんだ、大竹はそう言って欲しいのか?いつも憎まれ口のクセに……」
部長はお酒のコップを少し口につけながら優しく微笑んでいた。
「お前はよく頑張っている。お前といると元気をもらえる」
「部長……それはずるいです……」
そこからの記憶は無かった。
次の日目を覚ますと…………
知らない部屋のベッドで寝ていた。爽やかな風に揺れるカーテンの隙間から暖かな日差しが差し込んでいた。
何ここ?天国?
「嘘……ここ……どこ?」
ヤバい!やらかした!?下着は着てる。多分大丈夫!大丈夫だと思わなければメンタルを保てない。
私は飛び起きると、辺りを見回した。
近くにかかっていたハンガーに私の服が丁寧にかかっていた。私はその服を着て、ゆっくりと部屋のドアを開けた。
困った。全然記憶が無い。やってしまった……
ドアの外は廊下だった。そこは一軒家の二階のようで、薄暗い廊下が階段へと繋がっていた。
私がその階段を降りると、お味噌汁のいい匂いがした。
「おはようございます!」
「えぇええええ!部長が若返った!!」
廊下を降りると、すぐにダイニングセットがあり、その食卓に若い部長が座っていた。
「そんなわけがあるか!」
「えぇええええ!?出た~!モノホン出た~!」
「俺は幽霊か何かか?」
後ろから、いつもの部長が現れた。私はすぐに部長に向かって土下座をした。
「部長!すみませんでした!」
「いや、こっちも少し飲ませ過ぎた。土下座はやめてくれ」
そう言って、部長は私に椅子に座るように言った。
「土下座って初めて見た。今日は僕が作ったから味は保証できないけど……もしよかったら……」
「息子さんですか?」
「息子の崇だ」
私はすぐに立ち上がって挨拶した。食卓には暖かい朝食があった。鮭に卵焼き、味噌汁。息子さんが朝食を作った?奥さんは?仕事なのかな?
「部下の大竹 律子です」
「野村 崇です」
「さぁ、冷めないうちに食べよう」
挨拶を軽く済ませると、みんなで朝食を食べた。
少し……いや物凄く……かなり微妙な雰囲気だった。
何か……何か喋らなきゃ。この空気に耐えられない!それにしても……ヤバい……お味噌汁が体に沁みる。
「このお味噌汁美味しいですね!お野菜のごろごろ入った味噌汁って大好きです!崇君はいい旦那さんになれますね~」
「あはははは…………」
崇君は笑顔でサラッととんでもない事を言った。
「お父さん、この人新しいお母さん?」
「ぶーーーーー!」
部長と同時に味噌汁を吹き出した。
「ち、違う!」
「違う!違う!違う!」
慌てて二人で立ち上がってこぼれた味噌汁を拭いた。
「何を言い出すんだ?崇!」
「いや、だって……うちに女の人が来たのは初めてだから」
何?その純粋な眼差し!
「いやいや!私昨日飲み過ぎて記憶を無くしまして。部長にお世話になったんです!多分!多分何もありません!多分!」
「多分じゃない!断じて何も無い!」
息子さんはおそらく中学生?大の大人が二人で何を慌てて弁明しているんだろう……




