33、甘い
33、甘い
それから僕達は、身内だけで控えめに挙式をあげた。
幸せで幸せで、怖いくらいだった。
その怖さを漠然と感じながら、真白さんのウェディングドレス姿に見入ってしまった。
夢じゃないよね?
僕はただただ、この夢のような時間が夢じゃない事を祈るしかなかった。
真っ白なレースのドレスに真白さんの白い肌がよく映えていた。初夏の日の光に照らされて、まるで氷雪の雪融けのように、その姿がキラキラと輝いていた。
「真白さん……めちゃくちゃ綺麗です。僕、もう死んでもいいってくらい嬉しいです!キュン死にしそうです!」
「死なないでよ。葵君、うん、やっぱりスーツ似合うね」
真白さんに誉められるなんて……甘い。怖いくらい甘い!
「…………」
「今さら何を噛みしめる事があるの?」
「一生に一度の花嫁姿を噛みしめてます」
本当に記念日だから、さすがに今日はやめろとは言われない。だけど……
「一度とは限らないよね?」
「え?もう一度やりたいですか?じゃあ、10年後にもう一度やりましょう!」
「そうゆう意味じゃないんだけど……まぁいいか。多分やらないと思うし」
プランナーさんが写真撮影に誘導してくれた。写真を取るカメラマンが「お似合いですよ」と言ってくれて、何枚か写真を撮った。
それは、とても柔らかで幸せな時間が流れた。
今でも信じられないよ。あの真白さんが、こうしてお嫁さんとして僕の隣にいるなんて。
すると、真白さんがドレスの裾を踏み、転びそうになった。僕はとっさに真白さんの肩を支えた。
その時、少肩に触れてしまった。
「ありがとう、葵君」
でも……その瞬間、映像が見えた。
こんな時まで真白さんの嫌な記憶なんか見たく無かった。
見たくなかったのに……
そこは、病院の病室だった。ベッドの側で泣いているのは、僕の姿だった。その隣で、ベッドに寝ていたのは真白さんだった。真白さんも「ごめんね」と言って泣いていた。僕が「真白さんのせいじゃないよ」と言った。
これは、未来の映像……?
僕も真白さんも、少なからず歳を取っている。
真白さんは「病気になんかなってごめんね。やっぱり先に死ぬ事になってごめんね」そう言った。
真白さんが……先に死ぬ?
「葵君、葵君!葵君?どうしたの?大丈夫?」
「あ……いえ、何でも無いです」
「また、記憶……見たの?」
ヤバい!秒で別れる!僕は何とか隠そうと必死になった。
「いえ、全然?全く?何も見えて無いですよ。この目に映るのは美しい真白さんだけです」
本当に別れるかどうかは別として、こんな幸せな日に真白さんが不安になるような事はどうしても言いたくなかった。
「今何を見たの?言わなきゃ教会に行かない」
「えぇっ!ここまで来て?」
いつものように、真白さんは腕を組んで僕を追いつめる。
だから覗き魔みたいな扱いやめてよ!
「じゃあ、いい。だったらこの後全部ぶっちぎる」
「えぇっ!?」
真白さんはドレスの裾をしっかりと掴んで外に出ようとした。
「待って!待ってってば!」
何とか引き止め、真白さんをなだめた。
「多分、未来の映像……」
「どんな?」
「病気になる……」
「え?葵君が?どうしよう……」
真白さんはすぐに僕を心配した。
「いえ、真白さんが……」
それを聞いた途端、真白はすぐにどうでも良くなった。そして、僕を置いて先に歩き始めた。
「あ、そう。じゃあ、保険は手厚く入らないとね」
「え?怖く無いの?不安にならないの?」
真白さんは振り返ると、僕に訊いた。
「じゃあ、病気になるってわかったら結婚してくれないの?」
僕は猛烈に首を横に降った。
「結婚は絶対にします!!」
「あのさ、葵君、私達いつ死ぬかなんてわからないんだよ?いつ何があるかわからない。でも、怖がるより笑っていたい。私は、葵君の隣で笑っていたい」
そう言って、真白さんは笑顔で僕の目の前に来て、僕の手を取って歩いた。真白さんはサテンのグローブで僕の手を取った。グローブがあれば、何も見えなかった。
「私ね、婚姻届けを出した時に、思ったの。私の望みは、この先ずっと葵君といる事」
「それだけでいいの?僕はもっと貪欲だよ?貪欲な男だよ?」
僕は真白さんに詰め寄った。
「僕の望みは……子供はいっぱい欲しい」
「いや、無理」
「もっと甘い笑顔で癒して欲しい」
「うん、無理」
「毎日愛してるって言って欲しい」
「いや、それ無理」
「毎日行ってらっしゃいのキスして欲しい」
「それ絶対無理」
全部無理って言われた!!
「じゃあ、今すぐキスして欲しいです」
「無理無理無理無理!」
「もう、本気になってもいいよね?」
すると、プランナーさんが申し訳なさそうに言った。
「あの……そろそろお時間が……」
「あ、ほら、そろそろ移動しないと!キスは誓いのキスでね!ね?」
そう言うと、真白さんは早足で教会へ向かった。僕はバージンロードの途中で真白さんの入場を待った。参列席には親しい顔ぶれが並んでいた。
扉が開くと、白いベールに包まれた、この世の物とは思えないほど綺麗な花嫁が僕のもとにやってきた。
神父さんが誓いの言葉を始めた。
「新郎、貴方は新婦高岡真白を妻とし、健やかなる時も病める時も、死が二人を別つまで愛する事を違いますか?」
「はい、違います」
真白さんも「はい、誓います」そう言ってくれた。
「では、誓いのキスを」
僕は真白さんのベールをあげると、その唇にそっとキスをした。
それは…………僕達の初めてのキスだった。初めてのキスは甘い甘い…………
その感動に油断した。
僕はまた、真白さんの腕に手を添えてしまった。
その瞬間、映像が見えた。
「そっちだって酔っ払いだろ?ふざけんなよ!」
うわっ……これ……前にカミングアウトされたやつだ。
真白さんが酔っ払ておじさんと取っ組み合いの喧嘩をしていた。
ちょ……これ……
「真白さん、いくら酔っ払ってても殴り合いの喧嘩はダメだよ」
「えぇっ!?また見たの?…………別れる!!今すぐ別れる!!」
「えぇっ!今さっき永遠の愛を誓い合ったばっかりなのに?」
秒で別れるって本気なの?!
「すみません、さっきの誓いやっぱり取り消してください!」
会場は少しざわついた。
「え……誓いを取り消す……?」
神父さんめちゃくちゃ困ってるし!
「いや、そこは誓おうよ?」
「誓わない!」
すると、周りのみんなが口々に真白さんに言った。
「ちょっとシロ!」
「真白、素直になりなよ!」
「やだ、本当に誓わないの?」
僕はすぐに謝った。
「真白さん、ごめんなさい。もう、見えた事は言わないから……」
「いい。言っていいよ。全部言って欲しい。それが葵君だもん。わかってる、わかったよ……もう……誓うよ。誓う!」
真白さんは大きな声ではっきりと言った。
「誓います!!」
「そんな体育系の誓いの言葉アリかよ……」
隆司君が小さな声で真白さんの誓いの言葉に突っ込んだ。少しざわついたけれど、何とか無事挙式を終えた。
次は披露宴。二人で移動する途中、真白さんは黙って立ち尽くしていた。
「どうしたの?真白さん?まだ怒ってる?」
真白さんは少し首を横に降った。
「葵君が望むなら、子供出来る限り産む。甘い笑顔は……ちょっとわかんないけど……毎日愛してるって言うし、毎日行ってらっしゃいのキスする」
「真白さん……」
「だって本気だもん。本気になっちゃったんだもん……」
今……ここでそんな告白……
「葵君、愛してる」
どうして……真白さんは泣いてるんだろう?
どうして僕は涙が出るんだろう?やっと真白さんの甘い甘い言葉が聞けたのに。
そっか……やっと聞けたからなんだ。
例えどんな未来が待っていても、この瞬間は忘れ無い。
幸せの記憶は、真白さんに触れなくても思い出せる。
それから僕達は甘い甘い毎日を過ごして、真白さんは47歳という若さでその人生に幕を閉じた。
だけど、真白さんは4人の子供を残してくれた。僕は4人の子供と寂しくも幸せに暮らした。
『葵君、愛してる』
今も色褪せる事の無い言葉。その甘い一言を、大切に胸にしまって。
最後までおつきあいいただきありがとうございました。
今回は最後までちゃんと書こう!を目標にしたのですが……なかなかうまくはいかず。まだまだ力不足を痛感しています。
この作品が誰かの暇潰しになれば幸いです。ありがとうございました。




