31、クリスマス
31、クリスマス
クリスマスは楽しい思い出しかない。両親や兄弟みんなでお祝いして、高校の時からは葵や隆司やミエさんその他何人かの友達で集まったりした。
大人になってからは稀にデートだったり、商店街のクリスマス会にボランティアに行ったり。寂しくてもそれなりに楽しくやっていた。
だから……野村家にとってクリスマスがどういうものなのか知りもしなかった。
私は朝からクリスマスパーティーの料理を作るためにキッチンに立っていた。実家の。ほぼお母さんに手伝ってもらってオードブルを作った。
その料理を持って、夕方真白と待ち合わせをして野村家へ向かった。真白は私の大荷物を見て半分持ってくれた。
「こんなに準備してくれてありがとう、りっちゃん。あ~あ、りっちゃんのママのお料理楽しみ~」
真白にはお母さんが作った事が完全にバレていた。野村家に着くと、少しテーブルを飾りつけをした。シャンパングラスを並べながら真白に新居について訊いてみた。
「新居はどう?やっぱり小学生が来るの?」
「もうね、毎日がハロウィンなの」
毎日がハロウィンって何?
「ハロウィンは終わったよね?」
「ほぼ毎日小学生が訪ねて来るの。私もう顔バレした。完全に葵君の一味だと思われてる」
「何?その犯罪者的発想?」
「犯罪者の気分だよ!」
要するにイチャついている所を小学生に見られたらしい。いや、小学生の前でやるなよ!
「だって、気がついたらいたんだよ?すぐそこに!怖くない?!」
「いや、戸締まりちゃんとしなよ」
「子供ってさ、毎日がお祭りみたいだよね。崇もそんな風に育ててあげたかった」
それは、自分には何もできなかったという真白の後悔の一言だった。
「だから……今日はお祭りにしてあげたいな」
「だったらちゃんと素直に謝るんだよ?素直にね」
「わかってる」
インターホンが鳴った。すると、インターホンの向こうから受かれた男の声がした。葵だ。
「メリークリスマス!」
「葵……その格好……」
葵はサンタの格好をしていた。すると、崇君が二階から降りて来た。
「来たな!笑顔仮面!胡散臭い奴!」
「あはははは~!来たよ~!真白さんをくれないとイタズラするぞ~!」
「ハロウィンかよ!いや、ハロウィン終わったし!」
葵と崇君はライバル同士、いがみ合って……いや、じゃれあっていた。
部長が帰って来ると、みんなでダイニングの席についた。
「凄いな。これ、律が?」
「真白にも手伝ってもらって、好きなようにやらせてもらいました」
真白は約束通り、部長に一番に謝った。すると、部長は真白の腕の包帯に気がついた。
私は先に真白から聞いていた。血の味見って何やってんのよ?それを聞いて呆れた。
でも、部長は違った。違う事を想像した。
「その腕……まさか……」
真白はその腕をすぐに後ろに隠した。
「ち、違うんです!これは、もう全然治ってるんだけど葵君が毎日大袈裟に巻くから……決して自分でつけた訳じゃないから」
「そんなに思い詰めさせていたなんて……すまない……」
いやだから、部長話聞いてる?それに真白が逆ギレした。
「どうしてお義兄さんが謝るの?それが大人の対応!?そんなのいらないよ!」
「真白、今日は……」
真白は止まらなかった。
「全部……悪いのは私。だから、もっと私を責めて欲しかった!お姉ちゃんが大変な時に何してたんだ!って。お姉ちゃんを愛してるなら、いっそ私の事を殺してくれれば良かった!」
「真白さん、ちょっと落ち着いて」
葵が珍しく、強い口調で真白を止めようとした。
「あの時私が殺されれば良かった……そうすればお姉ちゃんは私を探し歩く事もなかった」
ダン!!と勢いよくテーブルを叩いたのは……
崇君だった。
「だから嫌だったんだよ。クリスマスパーティーなんてうちではあり得ないだろ?父さんも真白も何考えてんの?二人とも、母さんの命日にパーティー?ふざけんなよ?」
今日?今日が命日って事……?
世の中が浮かれる中、毎年どんな気持ちでこの日を過ごしたんだろう?
「なんだ……言ってくれれば良かったのに……」
「ごめん、りっちゃん……」
何も知らずに浮かれて……何やってんの?
「崇、律はお前のために……」
「俺がいつこんな事頼んだ?もう子供じゃないんだよ!結局他人に迷惑かけて……」
他人……迷惑……その言葉を聞いた瞬間、思わず涙が溢れた。泣いちゃいけないのに……今私がここで泣いたらダメだ。そうは思っていても、涙が止まらなかった。何も教えてもらえなかった悔しさや、これでもう部長ともお別れだとか、色々な想いが頭の中を駆け巡って、涙腺の制御がきかない。
「りっちゃん、ごめんね。ごめん」
「すまない……律……」
部長と真白がオロオロと謝って来た。すると、葵が落ち着いて言った。
「崇君、二人はね楽しい思い出が欲しくなったんだよ。悲しみは辛い。もう10年も悲しんで疲れたんだよ」
「母さんの事、忘れろって事かよ?本当の母親じゃないから?5年しか一緒に暮らしてないから?」
「違うよ。それは絶対に違う!」
いつの間にか真白まで泣いていた。泣いて何度も「違う」と言っていた。
「真雪さんを失った悲しみ、みんなが抱えた物は僕達が半分持つよ。そうやって、少しずつ軽くして行ってよ。だから崇君も、君にも肩の力を抜いて欲しいんだ」
こうゆう時、葵が明るくて良かったと思う。
葵はずっと明るかった。妹が病気で亡くなった時も、両親を事故で亡くした時も。その悲しみを誰にも分ける事なく…………笑顔でいた。
「空いた半分の所に、楽しい思い出を入れて欲しいんだ。その半分にどうか、僕達を入れてくれないかな?」
崇君は少し迷って……拒否した。
「嫌だ!絶対に嫌だ!真白はお前なんかにやれない!」
「そこをなんとか!」
崇君の態度は相変わらずだけど、何か少し空気が変わった気がした。
「これでどうだ!」
葵は箱に入った指輪を出した。
「これで真白さんは僕の物だ!」
「こんなもの!こうしてやる!」
そう言って崇はその指輪を指にはめた。え?何でそこ崇がはめるの?なんなの?この流れ?
「崇、返しなさい!」
「崇!葵君と結婚するつもり?」
「真白が結婚しないように俺が預かる!」
「えぇえええええ!?」
大人が揃いも揃ってうろたえ過ぎ!
「早く抜いたら?指輪なんてめちゃくちゃ似合わないよ?ダサい」
「ダサ……」
私にダサいと言われて我に返った崇君は、すぐに指輪を抜こうとした。
「あれ?……抜けない」
ですよね~!その後、混沌とした。石鹸で手を洗っても、オリーブオイルで馴染ませても、どうしても取れなかった。
結局、崇君はそのままでディナーを食べた。
その様子が何だか笑えて……みんなで笑いをこらえるのに必死だった。
食後にたまたまトイレに行くと、洗面所で指輪と格闘している崇君に遭遇した。
「どう?まだ取れない?」
「取れない。これ、もし取れなかったらしばらく真白は結婚しないかな?」
「取れてもしばらくしないと思うけど……?」
すると、崇君は諦めてタオルで手を拭いた。
「真白が来るの……お祭りみたいだったんだ。この寂しい家が……真白がいるとまるでパーティーみたいになるんだ」
私はその少年の一言にキュンと来た!!
「よし!お姉さんが応援してあげる!」
「別にいいよ……だって……真白の幸せは俺の幸せだし……」
「その年でそれが言えるの?崇君は将来いい男になるね」
そう言うと、照れた顔をして「取れた」と言って指輪を私に見せた。その笑顔は、まだ中学生らしいあどけない子供の笑顔だった。
その事を帰り際に真白と葵に話した。
「りっちゃん崇を誘惑しないで~!熟女好きになっちゃう~!」
「崇君を応援?律の裏切り者~!」
「ハイハイ、何とでも言って。じゃあ部長、私も帰りますね~」
二人と一緒に帰ろうとしたら、部長に大事な話があると言われた。二人を先に帰して、私は1人残った。
とうとう、この時が来た。大丈夫。さっき泣いたから、もう涙は出ないはず。
心を決めて、私は部長の話を聞いた。




