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29、違う

29、違う



見たいと思えば見え、見たくないと思えば見える。


僕はこの力の特性を知ってから、だいぶコントロールする事ができて来た。ただ、見たいと思って触れない限りは見えてしまう。だから相変わらず気が抜けない。


でも、これからは真白さんを触りたい放題だ。いけないいけない、こんな事言ったら真白さんにチカンだの変態だの害虫扱いされてしまう。


あれから、僕は無害な観葉植物から、真白さんの血を狙う害虫になった。


ハッキリ言って、誰も嫌な記憶を見たいなんて思わない。でも、真白さんに触れるためには見たくなくても、いつでも見る覚悟を持って挑むようになった。


クリスマス1週間前に引っ越しをした。僕は浮かれまくって、つい真白さんの持っていた段ボールを持とうとしてその手を触ってしまった。


「あ……」


その瞬間、否応なしに真白さんの記憶が襲って来た。


真白さんは男の部屋にいた。そこへ携帯に連絡が来た。『真雪が事故にあった』


「事故?行かなきゃ」


部屋を出ようとすると、男がひき止めた。


「どこへ行くんだ?」

「あの、お姉ちゃんが事故にあったって」

「俺を置いて行くの?」


真白さんは困って、男を置いて部屋を出ようとした。


「また来るから。私、あれから一度も家に帰ってないし。そろそろ冬休みも終わるし」

「俺と姉さんどっちが大事なんだよ?なあ?」

「もちろんヒロ君だよ?だけど、お姉ちゃんお腹に子供がいて……心配なの。だから、お姉ちゃんの所へ……」


すると、男は真白さんの首を締めた。


「や……め……」

「そう言って逃げるんだろ?」


そこで映像は終わったけど……


今ここに真白さんがいるという事は、あの後殺されてはいないんだろう。だけど、お姉さんの病院には行けなかった。


つくづく真白さんの付き合って来た男達はクズばかりだ。大事な家族を優先させて何が悪い?それに首を締めるなんて普通じゃないよ。普通じゃないから監禁なんかするんだろうけど……


僕は段ボールを集めて玄関に置きに行こうとすると……真白さんが腕を組んで目の前に現れた。


「さっき……見たでしょ?」

「いえ、何も?」


何だろう?この、お風呂覗いたでしょ?的な責められ方……


「何を見たの?言わなきゃここを通さない」


そう言って真白さんは廊下に立ちふさがった。


「段ボールの束重いな~」

「誤魔化さないで」

「もうすぐクリスマス!クリスマスの予定は?仕事は何時頃終わりそう?」


クリスマスは平日で、僕はその日に終業式だった。


ここ数年、終業式近くがクリスマスでその後商店街のクリスマス会のお手伝いに出て、1人寂しく部屋に帰るという生活だった。


あれ?僕達付き合ってたよね?


何故クリスマス一緒に過ごした事無いんだろう?そういえば、真白さんは絶対にクリスマスに会ってはくれなかった。


「今年も仕事なんだけど……りっちゃんにクリスマスパーティーに誘われたの」

「律がクリスマスパーティー!?僕と毎年商店街のクリスマス会に出てた律がこじゃれたパーティー!?」

「葵君がディスってたってりっちゃんに言っとく。だから、葵君はお留守番ね」


えぇえええええ!僕は連れて行ってもらえないの?!


「どうして?律のパーティーに僕は連れて行ってくれないの?どうして僕だけ除け者?」

「付き合ってないから」

「今すぐ付き合いましょう!!」


今年こそは、どうしてもクリスマスを一緒に過ごしたい。今度こそ、クリスマスに指輪をプレゼントしたい!!


「でもね、パーティーの場所が……野村家だし……」


野村家でパーティーという事は部長と甥っ子君もいるのかな?


「だから?一度行ってるよ?僕は真白さんと違って二度と行きたくないなんて思ってないけど?」

「私だって別に思って無いよ。あの家は思い出があるし……崇にも会いたいし……」


崇?あの甥っ子?何だか中学生に妬けてきた。だから僕に家族だけのクリスマスパーティーは遠慮しろと?


「僕はその家族には入れてもらえないの?本気じゃないから?遊びだから?」

「そうゆう事じゃないの」

「じゃあ、どうゆう事?」


『家族と僕、どっちが大事?』そう口走りそうになった。最低なクズ野郎と同じ事を言いそうになった。僕もクズと同じ思考だと思うと、何だか自信を無くした。


真白さんを好きになればなるほど、無害でいるのは難しい。好きになればなるほど、欲深くなる。


あの時は、ただ隣にいるだけで良かった。


あれは雪の降る日だった。


僕と真白さんが初めて付き合った日。


真白さんは百貨店のビルの屋上でコーヒーを飲みながら空を見上げていた。僕は前から真白さんがたまに屋上のカフェにいる事を人づてに聞いていた。だから僕は真白さんがそこにいる事を知っていて、偶然を装って真白さんに話しかけた。


「お久しぶりです」

「誰?」


真白さんは僕の事をすっかり忘れていた。


「園芸サークルの破風症です」

「嘘!あの後本当になったの?」

「なってませんよ」


なんとか思い出してもらえたようで安心した。


僕は母校の隣の小学校で採用が決まって、真白さんに一番に報告したかった。当時はそれぐらいしか、話す話題も無かった。だけど、その話題にはならなかった。


「ねぇ、彼女いる?」

「いませんけど」

「付き合う?」


まさかの、真白さんからの告白だった。いや、これは告白というより、提案だ。


「私が嫌だと思ったら秒で別れるけどそれでもいい?」

「はぁ?」

「あと、君の事好きにならないけど、それでもいい?」


好きにならいって、真白さんの付き合うって一体何なんだろう?


その日から、僕は真白さんの奴隷になった。奴隷と言ってもほとんど仕事は無く、時間が空いた時に一緒にコーヒーを飲んだぐらいだ。ただ側にいろと言われ、ただ側にいた。


真白さんはいつもいつも、屋上の狭い空を眺めていた。その顔が悲しそうで、触れなくてもわかった。真白さんは傷ついている。その傷を埋めるために、僕がここにいる必要がある。そう思った。


それから少しずつ色々な場所に誘い出して、話す事も増えた。


あの真白さんも今は昔と比べ物にならないくらい表情豊かになった。今度は僕が真白さんに我が儘を言って困らせているくらいだ。


「クリスマス、一緒に過ごしたかったな……」

「そんな顔しないでよ。私葵君のそうゆう顔に弱いんだから」

「律はいいのに僕はダメなんだ……」


そうやって僕がいじけてみせると、珍しく真白さんが折れてくれた。


「わかった、わかったから。りっちゃんに相談してみる」

「本当に?!ありがとう!ありがとう真白さん」


真白さんの困った顔も可愛い。


「…………」

「今、何を噛みしめた?何?今日は何の記念日になるの?」

「真白さんが初めて折れてくれた。譲歩記念日」

「いつも折れてるでしょ!?いつも折れてるから記念日にならないよね?」


まぁ、今日は初めて一緒に住む最初の日だから、元から記念日なんだけどね。


「で?何を見たの?」

「あ、忘れて無かった?」


真白さんはクリスマスの予定では誤魔化されなかった。


「じゃあ、付き合う?」

「もう一度私の記憶見たら秒で別れるけどそれでもいい?」

「え?」


それ本当に秒で別れる可能性があるよね?


「あと、葵君の事本気にならないけどそれでもいい?」


付き合うって一体何だろう?


でも、『好きにならない』から『本気にならない』という所は昔とは違う。それは、大きな違いだ。僕は他の男とは違う。全然違う。


この先、何があっても違っていける。


それは、嫌な記憶が見れる事の人生最大のメリットなのかもしれない。


「真白さんの本気、見て見たいなぁ~」

「見せてあげようか?後悔しないでね?」

「え?いや、そうゆう意味じゃ……」


それから、真白さんは本気で掃除をしていた。本気を出す所が違う……。


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