27、契約
27、契約
季節はあっという間に秋の終わりを迎えた。街は12月に入ると、すっかりクリスマスを迎える装いに変わり、色めき立っていた。
「ねぇ、どうして葵と住む部屋の内見に私が呼ばれる訳?」
「駅から遠いのがちょっとねぇ……」
「って無視!?」
見に行った部屋は、築浅の程よい物件だった。商店街や公園が近く日当たりも良さそう。
「ここの何が気に入らないの?」
「葵君の小学校が……激近なの!」
「ああ、まぁ、ここから普通に見えるしね」
目と鼻の先に葵の勤める小学校があった。真白はさも恐怖体験かのように、葵の家であった事を話してきた。
「朝から下の階の小学生が迎えに来たの!7時半!7時半だよ?私、支度にバタバタしてて……普通にそこにいるから座敷わらしかと思ったよ」
「座敷わらしって……確かにおかっぱの子だった気がするけど」
「他にも生徒さんがたまに遊びに来るんだって!この部屋がバレるのも時間の問題だよ~!」
確か下の階の子が、同じ小学校の生徒だって言ってた。迎えに来るようになったんだ……
「でも、値段的にも間取り的にも、ここ以上の所なんて見つからないんじゃない?」
すると、真白は不動産屋さんにゴミの出し方、周辺住民の事、色々と猛烈に質問しまくっていた。不動産屋のおじさんは小太りで12月なのに汗をかいていた。
「あ、ここって事故物件じゃないですよね?」
「いえ……事故という訳ではないんですが、以前住んでいた方が老衰で亡くなられたという話は聞いてます」
「それ孤独死!?孤独死ですか?」
「でもそんなの気にしなきゃ良くない?」
そうゆうのが気になる人は気になるみたいだけど……私は昔からそうゆうのは全然気にしない。
「葵君が……」
「葵が?」
「見えるから事故物件でも大丈夫って言ってたからヤダ!見える可能性は極力減らしたい!」
確かに、葵は昔から見え無いものが見えた。見える人と住むと確かに気になっては来るよね……
「まぁ、私の経験上、老衰で亡くなって幽霊が出た~なんて事、普通はあまり聞かないですけどね~」
「葵君、彼は普通じゃないんですよ?全然普通じゃなくて……私はどうすればいいですか!?」
そりゃ普通じゃないけど、無関係な不動産屋に答えを求めるなよ。
それから、迷いに迷って結局その部屋を契約した。判子を押すのに何故か時間がかかっていた。
「早く押せばいいでしょ?あの部屋に決めたんだから」
「でも、この判を押したら本当に葵君と住む事になるんだよ?いいの?本当にいいの私?このままこの契約書が婚姻届けになってるって事ないよね?そんなマジック起こらないよね?」
「うざったいな!決めたんだから早く押せばいいでしょ!?」
そして、結局判を押して不動産屋を後にした。
「これで良かったのかな?」
まだ言ってるし……
「葵と住むの乗り気じゃないの?葵、結構1人暮らし長いから家事はかなり得意だよ?」
「そうなの?」
「高校生の時から。高校の時に両親亡くなってそれからずっと1人暮らしだけど……聞いてない?」
それを聞いた真白は思わず書類の入った封筒を落としていた。
「何も聞いて無い……私、やっぱり葵君の事、全然知らないんだ……いや、知らなくていいんだ」
「ねぇ、それって葵の事好きなの?好きじゃないの?どっち?」
「好きだけど……」
けど?けどって何?何に迷ってる訳?
私達は駅前の不動産屋から歩いて商店街の方へ歩き始めた。
「葵君の事は好きなんだけど、重くてバランスが取れないって言うか……」
「なんだ、ノロケか」
「ノロケじゃないよ!ただ……幸せになっていいのな?って思って……」
何言ってんの?それが今、私を悩ませてるってのに!
今、私は悩んでいる。それは、もちろん部長の事。
最近は忙しくてなかなか会えなくて、久しぶりのデートも色気の無い居酒屋だった。これじゃ部長の前でおしゃれのしがいが無い。
部長は比較的、私の話を黙って聞いてくれる。だから、真白と遊んだり葵との話も聞いてくれる。
だけど、聞いてくれるだけ。真白については何も言わない。
だから、思いきって訊いてみた。
「真白の事……まだ許せませんか?」
「許すも何も、本当の事を言わないのは向こうだろう?」
「じゃあ、本当の事言って謝ったら許してもらえますか?」
部長はお猪口を置いて怖い顔をした。今までで一番怖い顔だ。
「真白に頼まれたのか?」
「違います」
「じゃあ、今の発言は君らしく無い」
私らしいって何?部長は私の何を知ってるの?付き合ったばかりだし、家も職場も離れてて、忙しい中たまに会って近況報告するだけ。
私は焦っていた。それは、ある疑問が湧いてきたから。
「部長は本当に私の事好きですか?」
「な、何を言い出すんだ?」
本当は真白の話を聞きたくて私と付き合ったんじゃないの?私は利用されてるだけで……
だったら、とことん利用されてやろうと思った。部長の思い通り、真白と話す機会を設けてちゃんと話し合えばいい。
そのセッティングをして、私は消えればいい。付き合うなんて言ったて、契約じゃない。ただの口約束だ。ただ、笑って許せるかは正直わからない。
私は拾った封筒を払っていた真白に言った。
「ねぇ、今度私と一緒に野村部長の家へ行かない?」
「……どうして?」
「えーと、そう!クリスマス!クリスマスパーティーやろう!」
真白は私のその提案に驚いていた。
「りっちゃんからクリスマスパーティーなんて言葉が出て来ると思わなかった」
「失礼な!私だってクリスマスパーティーくらい……くらい……」
やった事無い!いや、子供の時はあったかもしれないけど、大人になってからやった記憶は一切無い!
「クリスマスパーティーって何するの?」
「普通にご馳走食べてダベればいいんじゃないの?私、非リアだからわかんないけど」
思った通り、すんなりとOKはしてもらえそうになかった。こうゆう時は、頼み事とした方が意外と考える余地が生じる。
「崇君、崇君と仲良くなりたいな~!って思って……」
「崇ぃ!?りっちゃん、崇はまだ中学生だよ?中坊だよ?りっちゃんと一回り近く年下で……」
「いや、そうゆう意味じゃなくて。私、今部長と付き合ってるんだよね」
私のカミングアウトに、真白はストンとまた封筒を落としていた。
「ちょ、ちょっと、悪い冗談はやめてよ。驚き過ぎてまた書類落としちゃったよ」
「いや、本当なんだけど……」
真白は道路に封筒を落としたまま、呆然と私を見ていた。それは、本当に信じられないという顔だ。
「それ……本当……なの?お義兄さんはお姉ちゃんの事……忘れられるの?」
私は動揺する真白を見て、これ以上言っていいのか迷った。でも、私は真白の代わりに封筒を拾って汚れを払って真白に渡した。
「多分……部長はあえて忘れようとしてるんだよ」
「どうして?」
「真白のためだよ。忘れないと、真白を許せないから」
部長はきっと……私を使って真白を救いたいんだよ。私と付き合う事で、真白のお姉さんの事を忘れたふりをしている。そうすれば、真白の罪悪感もきっと軽くなる。
その後、真白はずっと黙っていた。ショックで心ここにあらずだった。すると、真白はゆっくり歩きながらポツリと言った。
「クリスマス……パーティーやろう」
「え?」
すると、真白は考え事をしながら歩いた。
「真白、危ない」
と言った瞬間、薬屋の看板にぶつかっていた。その後も歩道の脇に停まっていた自転車にスカートの裾を引っかけたり、持っていた書類を落としたまま歩いたり……
何だか放っておけなかった。




