26、天の邪鬼
26、天の邪鬼
「ほら、やっぱり見えたでしょ?」
真白さんを押し倒して、そっと頬に触れた。するとその瞬間、映像が見えた。
真白さんは数人の男と共に警察官に連れ行かれ、檻に入れられた。そして「お前のせいだ」とか「使えない」と罵倒された。
え?真白さん、まさかの前科持ち?
「この前見えなかったのは、たまたまじゃない?」
真白さんは起き上がると、布団を膝にかけた。
せっかくそうゆう状況にまでこぎ着けたのに……その肌に触れられなければ、この先は無い。
嫌な記憶が見えるとバレてから、真白さんは全くと言っていいほど触れさせてくれなくなった。
「何を見たの?」
「それは…………」
僕が黙っていると、真白さんは不機嫌になった。
「過去をほじくりかえされるみたいで不愉快。私、キッチンの方で1人で寝る」
そう言ってベッドから降りようとした。
「待って!言うよ。ちゃんと見た事を言うから」
真白さんを冷たい床でなんかで寝かせられない。真白さんを
「真白さんが……警察に捕まってました」
「それだけ?」
どうして僕は問い詰められているんだろう?捕まっただけじゃ何も判断できない。何かの誤解かもしれない。
「それだけです。しっかりと状況のわかる映像もあれば、何もわからないものもあるんです」
だから、記憶を見ても何かの判断材料にしてはいけない。そう自分に言い聞かせて来た。
「じゃあ、こっちは葵君が何をどれくらい知ってるのか把握できないって事?それ……最悪なんだけど?」
「じゃあもう一度確かめさせてください」
僕が触れようとした瞬間、真白さんは僕から避けた。布団を目の前に掲げてガードしていた。
「何だか、葵君に触られると自分の嫌な所を見られてるみたいで嫌」
「僕は真白さんの嫌な所、見たいです。好きな所と同じくらい、嫌な所も見たいんです」
「何言ってるの?私の嫌な所なんか見たら……きっと……嫌いになる……」
それはつまり、僕に嫌われたくないって事?
僕は布団を持つ真白さんの手に自分の手を乗せて、布団を下げた。
「…………あれ?」
「え?見えないの?」
その後、真白さんの顔や頭のあちこち触ってみても何も見えなかった。
それからは、もう止まらなかった。その時は、どうして見えなかったのかなんて考えられなかった。
好きな人が目の前にいて、触れる事ができる。
すぐに真白さんを抱きしめて、何も考えられないくらいその肌の温もりを感じた。
「真白さん、キス……してもいいですか?」
「ダメ」
「えぇえええええええ!」
付き合って、何故かキスだけはさせてもらえない。
「もしや、歯周病を気にして!?」
「そんなわけないでしょ!?」
「じゃあどうして……?」
真白さんは一度何かを言いかけて止めた。
「それは…………」
「それは?」
「葵君は遊びだから」
その言葉に、僕は頭を打ち砕かれたように凹んだ。
遊び?僕は本気なのに……本気で真白さんの事を……
少し怒りが沸いた。だけど、自分の手を見て大きく息を吐いた。やっぱり……僕が普通だったら……こんな無駄な力が無ければ……
「葵君のせいじゃないよ……すぐ自分のせいにする所、悪い所だよ?」
真白さんは、布団に潜ったままそう言った。
「じゃあ、誰のせいにすればいいんですか?誰にこの想いをぶつければいいんですか?」
「ごめんね……」
その謝罪は、さらに僕を凹ませた。
「もう寝よう」
そう言って真白さんはベッドの端に寄って、布団を軽くポンポンと叩いた。
え?そこへ来いって事なの?
「これ、誘われてる!?」
「触らないって約束できるなら隣に寝ていいって事」
「それ無理ですよ。こんなに狭いベッドに二人で寝たら絶対触れますよ」
すると、枕を投げつけられた。
「寝たら触れても見えないでしょ?それとも寝ても夢に見るの?」
「夢に見た!真白さんのウェディングドレス姿、夢に見たんです!」
「それは夢で終わるかもしれないね」
そう言ってまた布団に潜って行った。
「どうして……?なんか腹立って来た。もう一度触りますよ?」
「やめてよ!殴るからね?」
「殴られても触ります!」
しばらく揉み合って、やっと真白さんの両腕を捉えた。
「あれ?やっぱり見えない……」
「見たい時に見えなくて、見たくない時に見えるなんて天の邪鬼だね。吸血鬼じゃなくて天の邪鬼じゃない?」
「見たい時に見えない…………?」
そうか…………見たいと思えば見えない。見たくないと思えば見える。
真白さんに初めて会った時、本当は真白さんの存在を知っていた。構内で何度か見かけて、この人の中身を見たいと思っていた。ずっと、ずっと、真白さんの記憶を見たいと思っていた。
だけど……付き合って、肌を重ねるうちに自分に自信が持て無くて……何も見たく無いと思っていた。
それから今までずっと、真白さんの記憶を見たく無いと思っていた。
「わかった気がする……」
「何が?」
「もう、真白さんの記憶を見る事はないよ。もう大丈夫!多分、見る事は可能だけど……これからは知りたい事は真白さんの口から聞きたい」
真白さんはそれに少し納得してくれた。それから僕は、どうして捕まったのか真白さんから訳を聞いた。
当時付き合っていた彼が薬物の売買に関わっていたらしく、知らずに付き合っていた真白さんは客同士の喧嘩に警察を呼んだらしい。
「え?通報者も逮捕するの?」
「使ってると疑われればされるでしょ?」
真白さんは断じて薬物なんてやって無いと言って、布団にくるまった。
「僕は信じるよ。真白さんの言葉だけ信じる」
「騙されても知らないよ?」
それでも真白さんが好きだから、信じたい。
「寒い……」
「明け方は冷えますね。エアコンの温度……」
「エアコン喉乾燥するから嫌」
じゃあ…………
僕は真白さんの小さな背中にくっついて寝た。すると、真白さんはこっちを向いて「暖かい」と呟いた。それはずるい…………
嵐の過ぎ去った後は、辺りは静かだった。静かな夜だった。その静けさに、自分の胸の音だけが響いた。
「真白さんは遊びかもしれないけど……僕は本気だから。本気で真白さんの事が……」
その続きは言わせてもらえなかった。その瞬間、真白さんは僕の頬にキスをした。
え?これは……どうゆう事?
「遊び」
「じゃあ……遊びで続きしていい?」
「遊びならね」
やっぱり……もう、真白さんに触れても何も見えなかった。
「あ、でもキスは無し」
「どうして?答えてくれなきゃ無理やりするよ?」
「本気になるから。遊びじゃなくなる」
付き合って、別れて、嫌な所を見て、それでも触れあって、それでも本気になりたく無い理由って何だろう?
「本気になるとどうなるんですか?まさか更にドSが覚醒するとか?」
「何を期待してるの?違うからね?」
「じゃあ……何?もっと鬼になりますか?」
「ならない。だから、本気になると…………」
真白さんは顔を背けて言った。
「自分が自分でいられなくなる」
真白さんの中で、何か葛藤する気持ちが垣間見えた気がした。
ねぇ、こっちを向いてよ。
それって、真白さんの方が天の邪鬼だよ。遊びとか本気になりたくないとか言っておいて、全身で愛を囁く。声にならない声で、僕の事が好きだと言う。
真白さんの潤んだ瞳に、自分の姿が移り込んだ。
そんな目をするのはやめてよ。
僕はもう、とっくに本気なんだから……。




