25、記念日
25、記念日
その後、二人で歩いていると雨が降って来た。早足で歩いて、途中の商店街のアーケードで雨宿りをした。
「雨、結構降って来ちゃったね」
真白さんは少し寒さに震えていた。ここからなら隆司君の八百屋が近いけど、話をするなら…………
「真白さん、コーヒーでも飲みませんか?」
「葵君、敬語嫌だ」
僕の方が年下のせいか、真白さんは僕の敬語を嫌がる。
「じゃ、サンタに行こうか?」
「サンタ?」
僕達は商店街の外れにある、古い喫茶店に入った。『喫茶山田』ここは僕が小さな頃からある昔がらの喫茶店だ。
「ああ、喫茶山田の事ね」
中に入ると、思った通りお客は誰もいなくて静かだった。ここなら生徒はいないだろう。それに、外より断然暖かい。
「こんにちは~うわぁ暖かい……」
奥のソファー席に座り、注文したコーヒーを待った。コーヒーを待つ間、真白さんはすぐに本題に入った。
「あのね、やっぱり一緒には住めないの」
どうやら真白さんはルームシェアの提案を断りに来たらしい。
「やっぱり……優理さんと住むの?そっちの道へ進むの?」
「え?そっちの道?」
「いや、何でも無いよ」
真白さんはまだ気がついていない。優理さんの秘密に。優理さんは……真白さんの事を…………
「優理は結局、彼氏と住むって」
「は?彼?」
え……?彼氏って何?え?何?
「最近、優理に恋人ができたんだけどね、それがまた遊んでそうなイケメンでね~すっごく心配なの」
いや、だって……あの話では確実にそうだと思いますよね?
「優理に何か言われたんでしょ?何か言われたから一緒に住もうって言ったんでしょ?」
「違いますよ!僕は本当に……」
本当に一緒に住みたくて……
「勘違いさせてごめんね、優理は昔からこうゆうのよくやるの。多分、私達の事見てられなかったんだろうね」
そこへ白髭のマスターがコーヒーを運んで来た。
「青坊の彼女かい?」
僕が彼女だと言おうとした瞬間、真白さんが「あ、彼女じゃないです」と言った。それはわかってるよ。わかってるけど……
ここのマスターはここに来た事のある人と名前は忘れない。そして何より口が固い。
だけど、クリスマスにサンタになって酔っ払うと、何でも質問に答えるという習性を持つ。だから、ここは『喫茶山田』では無く『喫茶サンタ』と呼ばれるようになった。
「じゃあ、真白さんは1人で住むつもりなの?1人で住むなら……」
「来年、崇が高校生でこっちの高校に通いたいみたいなの」
「え?じゃあ、甥っ子と住むって事?」
「まだ決まった訳じゃないけどね」
ちょ、ちょっと待って?
「甥っ子って血が繋がってないって話だったよね?」
「そうだけど?」
「真白さん何考えてるんですか!?そんなのトラの檻に餌を入れるようなものだよ!」
何としても阻止しなければ!それは優理さんと住むより何倍も危険だ!!
「まぁ、お義兄さんが許してくれればの話だけどね」
「じゃあ、3月まで!3月まで僕と一緒に住んで、入れ替わりに甥っ子君が住むのはどうかな?そうしたら広めの部屋を借りても、3月までは家賃半分だよ?どうかな?」
甥っ子君が住むのは不確定。ここは確実に一緒に住む方向へ持ち込もう!!
「それもいいかも。考えとく」
素直!真白さんが意外と素直に聞き入れてくれた。
「…………」
「え?今何噛みしめてんの?気持ち悪いんだけど?」
「今日は素直記念日……」
今まで、こんな風に相談する事も無く、真白さんが僕の提案を聞いてくれた事なんてほとんど無かった。
最近、真白さんが変わって来た。それが何だか嬉しくて、どうしても期待をしてしまう。
もしかしたら真白さんは僕を愛してくれるかもしれない。無害な観葉植物の僕を、特別な物として見てくれるかもしれない。
そんな期待に、胸を踊らせてしまう。
それが、何だか幸せだ。
「何?何だか嬉しそう」
真白さんはコーヒーカップを持ちながら、僕の様子に気がついた。
「好きな人といられるって幸せだなぁって思って……」
すると、真白さんはふっと笑ってコーヒーを一口飲んだ。やっぱり真白さんの笑顔は天使だ。
「……美味しい」
「毎日真白さんといられたらもっともっと幸せなんだろうなぁって思った」
そう言って僕も一口、コーヒーを飲んだ。
「それってプロポーズ?」
「あ、そうか!真白さん、僕と結婚してください!」
慌ててカップを受け皿に置いてプロポーズした。
「あ、それも考えとく」
か、考えておく!?却下ではなくて、考えておく!?やっぱり今日は素直記念日だ!!
「素直記念日とか言って携帯にメモったらコーヒーぶっかけるよ?」
「やめてくださいよ。コーヒーに罪はありませんよ」
僕はポケットから出そうとしていた携帯をすぐにひっこめた。
「そうだね。美味しいコーヒーが勿体ないね。じゃあ……全部却下!」
「そんなぁ~!」
「雨、止まないね……」
真白さんは窓の外を見た。雨と風は強まる一方だった。
すると、マスターがテレビをつけて言った。
「今夜は嵐になるってよ。早く帰った方がいい」
「確かに、電車が止まる前に帰った方が良さそうだ。駅まで送るよ」
マスターに傘を借りて駅に行ったけど……もう既に電車は止まっていた。タクシー乗り場は長蛇の列で、列の先が見えなかった。
呆然とする真白さんに、自分の部屋へ誘った。
「とりあえず、僕の部屋へ行く?」
猛烈な風雨に、傘があっても傘はなんの役にも立たなかった。それぐらい濡れた。部屋に着く頃には、二人ともびしょ濡れだった。
「うわぁ……めちゃくちゃ濡れた~!」
真白さんは汚れたり濡れたりするのが大嫌いだ。これはきっとしばらく不機嫌だろう。すぐに真白さんにタオルをかけたけど、真白さんは寒さに震えていた。
「寒い……」
「早くシャワーを浴びて……」
そう言って真白さんを脱がせようとしたら、みぞおちを蹴られて脱衣場から出された。
「さすが真白さん……冷静だ」
冷静でいられない自分がいた。
だって、だって、だって、だって、久しぶりに真白さんが僕の部屋に泊まる!一晩中一緒にいられる!!どうしても浮かれてしまう自分が抑えられない!!
真白さんがシャワーを浴びている間、着替えを済ませて軽く部屋を片付けた。
部屋を片付けながら、今日あった事を思い出していた。
夕方、男の子に逃げられて元のコンビニを出ると、コンビニの前にお握りを持った真白さんがいた。
「逃げられちゃいました」
そう言うと、真白さんはふと何かを思い付いて、急にコンビニに戻って行った。そして、レジの店員に勢い良く話かけていた。
「あの!すみません!」
「は、はい?」
「さっき、小さな男の子来ましたよね?覚えてます?もし、また来たらこれ!これじゃ腐っちゃうかな?」
僕は慌てて真白さんを止めに入った。
「真白さん、何してるの?」
「もし今度その男の子が来たら、これで……お握りを渡してあげてください。あと、名前とどこに住んでるか聞いてもらえませんか?」
真白さんはそう言ってカウンターに千円札を置いた。
「そんな事店員さんに頼んだら迷惑だよ」
僕がそう言うと、真白さんに睨まれた。
『そんなのわかってるよ!』
真白さんの顔がそう言っていた。すると、真白さんは黙って先にコンビニを出て行ってしまった。
「真白さん!」
僕が真白さんを追いかけようとすると、店員に呼び止められた。
「あの、これ……」
「困りますよね。すみません……」
「これ、お預かりしてもいいですか?最近万引きが増えて困ってた所なんです。被害額には到底足りないですけど、これで店長に相談してみます」
あの子は真白さんの子でも何でも無い。真白さんが出すべきお金じゃない。だけど……真白さんの行動が、何かを変えるかもしれない。
そう思うと、何だか凄く真白さんを愛しく思えた。
今日は、真白さんをもっと好きになった記念日だ。




