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22、発熱

22、



「待って!待ってください!真白さん!」


僕は病院のエントランスで真白さんを引き止めた。


「ついて来ないでください」


それでも、真白さんの後について歩いた。


「あの、お腹空きませんか?もしかしたら良かったら夕食……」

「夕食は取ったのでお腹は空いてません」

「じゃあ、お茶だけでも……」


すると、真白さんは足を止めた。


「あのね、私ここにお茶しに来た訳じゃないの。明日……仕事があるんで」

「そうですよね……」


真白さんにバッサリ断られて、何だか急に体が重くなった。


「葵君?」

「な、何ですか?」


急に真白さんの態度が変わって驚いた。


「顔赤いよ?大丈夫?熱?」


そう言って僕の頬に触れようとした。でも途中で止めて、その手をゆっくりと下ろした。


「早く帰って寝た方がいいよ」

「お粥が食べたいです。米から煮たやつ」

「私、料理下手だし」


真白さんは自分は料理が下手だと思っているけど、それはプロのチエさんと比べての話だ。悪意のアレンジが無ければ別に下手じゃなかったりする。


「寝ていて食べられるなら何でも食べます。うわ~体だるい……もう動けない……真白さんはここで僕を見捨てるんですか?彼氏とか言ってワガママ放題で結局捨てておいて、病気になっても看病のひとつもしてくれないんですか?」

「わかった、わかったから!葵君の部屋すぐそこなんだから、歩いてよ」


ヘロヘロになりながら、何とか真白さんを連れて帰宅に成功した。でも、本当に体がだるくて真白さんと話す力が残っていなかった。僕はそのままベッドで寝た。真白さんが上着を脱がせてくれて、布団をかけてくれたのが遠ざかる意識の中にあった。


真白さんは細心の注意を払って、僕に触れないように世話してくれた。別に、どこでも触れちゃいけない訳じゃないのに……。でも、何だか申し訳ない気持ちになった。


僕が…………普通だったら……そう考えてしまう。


「真白さん、手を……繋いでもらえませんか?」


真白さんは、黙って首を横に振った。


普通だったら、手を繋いで眠れたのに……真白さんの冷たくて小さな手を握りながら…………


そう思って眠りについた。


次に目覚めると、枕元で真白さんが寝ていた。サイドテーブルにはお粥があった。


今、何時頃だろう?ゆっくり起きて、真白さんに毛布をかけようとすると、真白さんを起こしてしまった。


「あれ?ごめん寝てた……」


真白さんはすぐに立ち上がってお粥を取り分けてくれた。僕がそれを一口口に入れると……


「まずいよね?」

「その味の訊き方おかしくない?」


そのお粥は、全く味のしないお米の味だった。


「すっごい……まずいです」

「だよね……」

「おかわりください」


塩味が無ければ、少し甘い。それは、真白さんのようだった。僕はその味のしないお粥をしっかり味わって食べた。


「無理して食べなくていいよ!」

「食べないと元気になれないので」


味がしなくても、とにかく食べた。食べれば食べるほど、やっぱり味が欲しくなる。


「真白さん……やっぱり、触れていいですか?」

「嫌。ダメ」

「僕に、記憶を見せてください」


僕のお願いに、真白さんは頑なに首を横に振り続けた。


「見せたくない。見られたくない」

「そんなの関係ねぇおっぱっぴーです」

「熱でテンションおかしいよね?まだ熱下がらないのかな~?」


そう言って真白さんは枕元を離れようとした。僕は思わず、後ろから抱きついてしまった。


「真白さんには、未来だけ見ていて欲しい。僕との未来だけ。だから、過去は僕の中に捨てて」


そう言って、真白さんの手に触れると…………


「…………あれ?」

「あれ?って何?」


真白さんの顔や首、あちこちを触れてみた。


「見えない……」

「見えないの?」


何だか真白さんは少しホッとしたように見えた。


真白さんの肌は少し冷たく、柔らかく、僕の心を惑わせる。


「真白さん、僕と結婚してもらえませんか?」

「それは……見えなかったから?もしまた見えるようになったら?」


そんな言葉はスルーした。


「子供はめちゃくちゃ欲しいです」

「そんなに?」

「え?5人はダメですか?」


すると、真白さんが焦っていた。そんな所も可愛い。


「違うよ!数の話じゃなくて熱意の話!」

「当たり前じゃないですか。真白さんとの子供を望まないわけ無いですよ。今すぐ作りたいぐらいです」

「いや、それは普通に困るから。風邪うつるし」


さすがだ。こっちがゴリ押ししてもバッサリ断って来る。


「もう少し寝てた方がいいよ。まだ熱っぽいでしょ?」


そう言って真白さんは僕をベッドへ寝かせ、額に手を置こうとして、また途中でやめた。そして、僕を見て少し微笑んだ。


「本当に葵君が吸血鬼だったら、私の血とか吸って元気になれたりするのかな?」

「血よりおっぱいが吸いたいです」

「何言ってんの?それセクハラ」


僕の冗談に真白さんは少し怒った。この先は読める。帰ると言い出すはず。その前に腕を掴んで止めようとした。


すると……


映像が見えた。


黒髪の真白さんはお姉さんと言い合いになっていた。


「真白、帰って来なさい」

「嫌、私はあの人の事信じてる!信じたら信じてもらえるって言ったのはお姉ちゃんじゃない!」

「真白!」


場所は……あの家だ。野村家。


「私はお姉ちゃんみたいにお姫様じゃない。雪女だからお姫様じゃいられないの!」

「自分を雪女だからと言って逃げるのはやめなさい!そうやって卑屈になるからつけ込まれるの!」


確かに、真白さんはとても可愛いのに自己肯定感が低い。おそらくそれを埋めるために、プライドの高い男と付き合い続けた。


「自分が何者かは自分自身で決めるのよ?」


真雪さんの言葉と共に、その映像は終わった。


「自分が何者かは自分自身で決める……」

「記憶…………見たの?最悪……」


やっぱり真白さんは帰ろうとした。


「待って!真白さん!」

「さようなら」

「一緒に住みませんか?恋人じゃなくてもいいです。今度は、ルームメイトになりませんか?僕の事はまた、観葉植物だと思ってくれて構いません」


僕は慌てて玄関へ向かう真白さんの前に立ちふさがった。


「冗談はもうたくさん。そこをどいて」

「どけません。一緒に住む事を了承してもらえなければここから帰せません」

「葵君、熱でおかしいの?自分が何を言っているかわかってる?」


このまま帰しちゃいけない。そう思った。


それは、この前……


優理さんからこんな電話が来た。


「私達、引っ越す事にしたから」

「そうなんですか。どの辺に引っ越すんですか?」

「教えない」


は……?意外すぎるその言葉に驚いた。


「住所は教えないし、真白にも連絡先を消させる。真白には私がいるから心配しないで」

「いや、ちょ……ちょっと待ってください」

「無害でいれば良かったのに。無害でさえいてくれば、真白を失う事も無かったのに」


それ……どうゆう意味……?


「どうして……」

「わからない?やっぱり本当は何も見えて無かったんじゃないの?葵君は何も見えて無い。私は真白があんたを想って泣く姿なんか見たく無かった。目障り。消えて。消えないならこっちから消える」


まさか……


本当のライバルはすぐ隣にいた。


真白さんのすぐ隣に……


優理さんから離さなければ、真白さんは確実に僕の前から姿を消す。もう二度と会えない。今度こそ真白さんを失う。そんな気がした。



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