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21、おかえり

21、おかえり



「葵、パパがいなくなったのは……僕のせいだ」

「え?」


9月の末、もうすぐ運動会を迎えるという忙しい中、律とミエさんと隆太君の様子を見に行った。そんな時、隆太君は落ち込んでいた。


「違うよ隆太。パパはお仕事だから。遊んでおいで」


夕暮れ時の公園は人が少なかった。オレンジ色の夕陽が街の狭間に吸い込まれるように少しずつ落ちて行った。


隆太君には、パパは仕事でいないという事になっているらしい。


「ミエさんごめんなさい。途中まで確保できてたのに……」

「律、隆司君は犯罪者じゃないんだから」

「本人の考えが変わらなければ帰って来ないんでしょうね」


意外とミエさんは落ち着いていた。


「今回が初めてじゃないのよ。よくいなくなるのよ~そのうち帰って来なくなるのかな……?」

「そんな事無いですよ!あいつ、隆司のやつ、ミエさん以外はメス猿だって言ったんですよ?あの時どついてやればよかった」

「あはは、どつくのは私に任せてね」


二人共こんな状況なのになんて会話してんの?


「二人とも、それじゃ隆司君も帰りづらいよ」

「何言ってんの?冗談だよねぇ?」

「そうそう。そうゆう事にしといて」


やる気だ……ミエさんは確実にヤる気だ!!


「葵、隆太に触れば何があったかわかるんじゃない?隆司は見られたく無いと思うけど、本当かどうか確かめ無いと……葵、見て……くれる?」


今まで、律が記憶を見て欲しいなんて言った事は一度も無かった。


「うん、わかったよ」


この力が有効活用されるなんて、初めての事だ。僕は遊具で遊んでいた隆太君に「ちょっとごめんね」と言ってその頭にそっと手を触れた。


「……………………あれ?」


いくら頭を触っても見えなかった。


「え?どうして?」

「葵~もうなでなではいいよ~!頭何かついてた?」

「あ、もうゴミ取れたよ~!」


僕はそう誤魔化して、律とミエさんのいるベンチの所へ戻った。その様子を全部見ていた律が言った。


「もしかして…………見えなかった?」


その後、二人は無言になった。


「今、二人とも使えねぇ~!とか思ったよね?」

「い、いや~?そんな事もあるんだね~」

「珍しい事なの?それなら仕方がないんじゃない?」


そう言って二人は僕から視線を外した。


おかしい……。今まで見えなかった事なんてほとんど無かったのに。何か法則性がある?わからない……


そんな事を考えていると、ミエさんの様子が急に変わった。


「痛っ…………」

「え?」


まさか…………陣痛?じゃないよね?


「もうすぐかな~とは思ってたんだけど……一応病院に連絡しておこうかな」


ミエさんは震えた手で携帯を取り出した。そして、電話をかけた。


「こんのバカ!!あんたなんかいなくても1人で産んでやる!あんたに全然似てない子供産んでやる!」


えーーーー!!病院じゃないの?!病院に連絡するって言ったのに!


「帰って来なかったらシバく!帰って来てもシバく!」

「結局どっちもシバくんじゃん!」

「ミエさん、落ち着いて!落ち着いて病院!病院に連絡して!」


仕方なく、僕はここから近い産院のある総合病院に連絡した。


「あんたのその、センシな所がマジうっざい!家出とか、いい年こいて中2か?え?中2病か?!」

「ミエさん!早く病院に行こう!」

「あんたなんか、あんたなんか…………今すぐ地獄に落ちろーーーー!!」

「いや、細木数子じゃないんだから!」


閻魔様はとんでもない暴言を大声で吐いていた。


その声は日の暮れた寂しい公園の隅々に響き渡った。その声で鳩が東の空へ飛んで行った。


「律!隆太君!隆太君連れてきて!」

「隆太!行こう!!」

「ミエさん歩ける?」


僕はミエさんに肩を貸してゆっくりと歩いた。律が後から隆太君を連れて続いた。


大通りに出てタクシーを捕まえて、慌てて近くのかかりつけの病院へ行った。


やっと病院に着くと、何だかぐったりした。僕達は待合室で待つ事になった。


「隆司のやつ~!」

「あの電話って、つながってたのかな?」

「わかんない。ミエさんの声が大き過ぎて向こうの声が聞こえたかどうかなんて確認できなかったよ~」


そこに、律に電話がかかって来た。


「あ、ちょっと電話してくる」

「うん、隆太君とここで待ってるよ」


律が電話に行くと、隆太君が不安そうな顔をして律を見送った。


「大丈夫だよ。僕達がついてるからね」

「ママ…………地獄に落ちろって言ってた」

「え……あ……うん……」


今、そこ……?子供にとってあまりに衝撃的な一言だったんだろうなぁ……。


「誰と電話してたのかな?パパ?」

「うーん、それはわからないなぁ……」


しばらくすると律が飲み物を勝って帰って来た。


「看護士さんが言うにはまだかかりそうだから一旦家に帰っていいって」

「え?帰っていいの?」

「僕はここに残るよ。隆司君が来るかもしれないし」


すると、隆太君が「僕もここに残る。ママの側にいる」そう言った。


結局、全員ここで待つ事にした。新しい命が無事産まれる事と隆司君の帰還を願って。


しばらくすると、そこに血相を変えてやって来た人がいた。


「真白さん!?」

「えぇ!?葵君!?え、だって……りっちゃん!?」

「いや、別に葵と病院にいるとしか言って無いけど?」


それじゃ……真白さんは僕を心配して……?


「だって……だって……普通勘違いするよね?りっちゃんが動揺して……葵君がって言うから……」


律の方を見ると、一切目を合わせようとしない。


すると、そこへまた血相を変えてやって来た人がいた。それは…………


「野村部長!?」

「大竹!?無事か!?」

「は?野村部長どうしてここへ?」


どうして来て欲しい人は来ないのに、関係ない人ばかりが増えるんだろう?


「だって、りっちゃんが病院にいるって言ったから、たまたま崇から電話があって、私気が動転してて……」

「間違って伝わった訳ね……」


真白さんは気まずい顔をしてこっちを見た。久しぶりの真白さんは、額に汗をにじませ髪型が乱れていた。それがなんとも艶っぽくて、何だかドキドキした。


「そんなに……僕の事、心配してくれたんですか?」

「べ、別に?りっちゃんが脅かすから……最後の顔ぐらい拝んどこうかなって……思って……」


喧嘩別れしてもう会えないと思ったのに……思わぬボーナスステージに喜びが隠せなかった。思わず、真白さんとの見つめ合ってしまった。


すると、どこからか二人の声が聞こえて来た。


「あれ、ちゅーするの?」

「普通の流れならするんだろうけどな。葵は無理だろ」

「葵はテタレだから?」

「それ、ヘタレな。テタレは手のタレントさんだ」

「いや隆司君、何子供に変な事教えて…………隆司君!?」


そこに、隆司君がいた。


「よぉ!葵!久しぶり!」

「久しぶりじゃないよ!どこ行ってたんだよ~!」

「隆太~いい子にしてたか~?ママはサンドバッグぶん殴ってたか~?」


隆司君は何事も無かったようにそこにいた。


「うん、毎日叩いてたよ。そろそろ一発KOできそうだって言ってた。あと…………」

「あと……?」

「地獄に落ちろって。そう言ってた」


隆太君……それ、ここで報告する?


「あ、ああ……それ、俺も聞いた」


じゃあ、あの電話は繋がってたんだ……。


「どうしたの?葵君、どうして固まってるの?」

「いやぁ……夫婦の型って人それぞれなんだなぁって思っただけだよ……」


何はともあれ、隆司君が帰って来てくれて一安心だった。


おかえり、隆司君。


これで隆司君の子が無事に産まれてくれれば…………


気がつくと、いつの間にか律と部長さんは帰っていた。


「葵、明日も仕事だろ?もう帰れよ」

「でも……」

「じゃあ葵君、私もこの変で帰るね」

「ああ!ちょ、ちょっと待って!」


せっかく久しぶり会えたのに!!


僕は隆司君と隆太君に見送られて、真白さんの後を追った。


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