2、幼なじみ
2、幼なじみ
「葵!こっち!こっち!」
人でごった返す居酒屋のカウンター席で、僕を呼んだのは幼なじみの大竹 律子だった。律は親が同級生で子供も同級生。なんだかんだで大人になるまで絡んだ腐れ縁ってやつだ。いつものように髪を一つに結い、銀縁のメガネを光らせていた。
「律、せっかく可愛いんだからもっと可愛い格好すればいいのに」
「うるさいな!」
僕は律の隣に座ると、おしぼりを手渡してくれた店員さんにビールを注文した。
「生ビール1つ」
「あ、私もおかわりお願いします」
「じゃあ生2つ」
僕が真白さんに告白する時も、律にだいぶ話を聞いてもらった。女心のわからない僕には強い味方だ。そして、僕の唯一の女友達だった。
居酒屋は会社帰りのサラリーマンで賑わっていて、僕と律は、少し声を張って話した。
「で?相談って何?」
「真白さんに…………」
「真白さんに……?」
僕が律に話そうとすると、ちょうど注文していたビールが来た。
「お待たせしました~生2つ~!」
「あ、どうも~」
とりあえず律の飲みかけのグラスにグラスを打ち付け、軽く乾杯した。ビールを一口飲んで落ち着いて律に話を続けた。
「僕、真白さんに吸血鬼だって告白したんだ」
やはりと言うか予想通りの反応だった。沈黙と共に、律は一瞬固まった。
「…………え?は?そっち?」
え?そっち?
律のその一言は予想外だった。
「そっち?そっちって……どっち?」
僕が首を傾げていると、律は突然立ち上がって僕の頭にその拳をねじ込んだ。律は腹を立てるとたまに、僕の頭に拳ねじねじをやる。
「痛い痛い!もう子供じゃないんだから、いい加減そのねじねじやめてよ!」
そして、大きくため息をつくと、低い声でこう呟いた。
「お前、最っ低……」
何故!?律にまで白い目で見られるようになった。
「真白さんにもそう言われた。でも、僕は正直に本当の事を言ったんだよ?僕は吸血鬼だって……」
すると、隣で話を聞いていたサラリーマンのおじさんに笑われた。
「吸血鬼だって~?兄ちゃん面白いボケかますね~!」
「えぇっ!ボケ!?」
「いや、それ、中二病ってやつじゃないの?ボケにしちゃいくら何でも笑えないよ~!」
ボ、ボケ……!?ボケてない!!一切ボケてないんだよ!マジだよ!大マジなんだよ!
「そりゃ、ボケでしょ……」
「ボケじゃないって事ぐらいわかってるよね?」
律は知っていた。僕が吸血鬼の末裔である事を。
「そりゃわかってるけど……」
「どうすればわかってもらえるんだろう……」
律は持っていたビールグラスを置いて、少し落ち着いて言った。
「あのさ……葵は、自分をわかってもらってどうしたいワケ?」
「結婚したい!!」
「そ、即答……!?そこ即答!?」
何を今さら?当たり前だよ。何のために真白さんに本当の事を話したと思ってるんだよ?
すると律は焼き鳥を振持ったまま立ち上がり、突然大きな声をあげた。
「だったら違うでしょ!?」
僕はその様子に呆気にとられ、思わず間抜けな返事をしていた。
「は?違う?」
「そこはまずはプロポーズじゃない?吸血鬼かどうか話すのはその後!」
「でも、それって……卑怯じゃないのかな?もし真白さんを騙してプロポーズを受けてもらったとして、先に吸血鬼って知ってたら受けないかもしれない。それじゃ真白さんを傷つける事にならないかな?」
そんな、プロポーズで上げて、告白でどん底に突き落とすような事できないよ……。
焼き鳥の串を握りしめて律は怒りに震えていた。
「相手、2つ上だから28って言ったよね?」
「うん、それが?」
「28って事は30まであと2年?そろそろって思ってもおかしくないでしょ?」
そろそろ?そろそろ結婚?だから正直に……
「葵ってさ、たまに自分の方からしか見られなくなるよね?もう少し相手の立場になってよく考えてみたら?」
「相手の立場……?」
30手前のOL?彼氏から吸血鬼だと告白される。信じられない。そこまでは理解できる。肝心なのはその先だ。
「でも、真白さんと律の言った『最低』にはつながらないんだ」
「じゃあ、30手前で突然大事な話があるって呼び出されて、部屋に行ったら何か言いたそうな気まずい彼氏がいたら?彼女はどう思う?」
「……別れ話?そもそもその発想がおかしいよ」
律はため息をついて言った。
「普通、プロポーズだと思うでしょ?」
「えぇっ!そっち?」
え?ちょっと待て?真白さんはプロポーズだと期待した?あの真白さんが?僕のプロポーズを期待した?それだけで何だか嬉しくてたまらなかった。
ニヤけた顔の僕に、律が一喝した。
「現実を見ろ!あんたはプロポーズしてないでしょ!?」
そうだった。期待はさせたけど、プロポーズはしていない。
それ……………………一番ダメなやつ!!
真白さんの『最低』が理解できた瞬間、一気に血の気が引いた。僕はようやく気がついた。既に真白さんを期待させ、落胆させていた事に。
律は念を押すように僕に訊いた。
「部屋を調べられたんだよね?プロポーズじゃないって判断されたんだよね?プロポーズじゃなきゃ何なの?」
「…………別れ話?」
「そこで、実は僕は吸血鬼です。そう言われたら?」
そっかー吸血鬼なんだ~!……とは間違ってもならない。むしろ、それを理由に振ってくれって言っているようだ。
あれ?僕、フラれた?自爆!?自爆したーー!
「吸血鬼なんて言ってもさ、人間と全然変わらないんだから隠してても良かったんじゃない?」
「でも、もし子供ができて、その子供は僕のように薄い血じゃなかったら?」
「そんなの普通の夫婦でも同じでしょ?奇形児や障害児が産まれるのが嫌なら、子供なんて作らなきゃいいだけの話でしょ!?どうせならこのまま結婚もしなきゃいいんだよ!」
律はそう言い放つと、黙って残りのビールを飲み干した。
何だか気まずい……
「………………」
「………………」
二人で無言でいると、周りの雑踏が妙に頭に響いた。
今までずっと応援してもらっていた律から突然『結婚しなきゃいい』そう言われた。
それは律の本心なのか、いつもの憎まれ口なのか……僕にはわからなかった。
ダメなんだ。どうも僕は相手の気持ちを考える事が苦手だ。
別に自分の子供が吸血鬼になるのが怖い訳じゃない。一番怖いのは、真白さんに拒絶される事。もし、吸血鬼の血を隠して真白さんと結婚したとして、いつかその事がバレて真白さんを絶望させるとしたら?
その事に脅えながら真白さんと共に生きて行く?そんなの現実的じゃない。それに、僕はそんなに器用じゃない。
気まずい雰囲気に、これ以上律に相談していいのか迷った。
「律は……彼氏は?」
それは、あまりに愚問だ。それぐらい僕にだってわかる。
「いるように見える?いたら今ここであんたと飲んでない」
「もし彼氏ができて、困った事があったら一番に僕に相談してよ」
「それは絶対に無い。葵に相談して解決する相談なら相談する前に解決してる」
たまに思う。律は僕の事をどう思っているんだろう?真白さんとの事を祝福するわけでもなく、反対するわけでもない。それに、律は自分の話は全くと言っていいほどしない。聞いてもろくに答えてくれない。
律はもしかして……本当は僕の事を……
そう思うのは自意識過剰だ。やめよう。もしそうだとしても、今の僕には真白さん以外考えられない。
じゃあ……どうして律は、僕の隣にいるんだろう?僕なんかの側にいてくれるんだろう?




