18、謝罪
18、謝罪
結局真白さんに連絡してもスルーされた。真白さんには大きなお世話かもしれない。だけど、僕はその誤解をどうしても解きたかった。
今まで見えた記憶が役に立った事が無い。だから僕のこの無駄な力が真白さんの役に立つなら、たとえ嫌われても力になりたいと思った。
律に付き合ってもらって、野村部長を紹介してもらった。僕達二人でお盆休みにお宅にお伺いした。でも、真白さんが来ていない事に気がつくと、部長さんは椅子から立ち上がって言った。
「証人がいても、本人が一緒に来るのが筋じゃないか?」
「それは……真白さんには黙って来ました」
「それはお節介と言うものだ。帰ってくれ」
野村部長はリビングを出て行こうとした。
「待ってください!真白さんは本当の事を知られたく無いんだと思います。きっと、皆さんに心配をかけたく無くて……」
「本当の事を話してもらっても……許したかどうかはわからない。子供を亡くして精神的に弱っている時に警察に相談に行くを妻の気持ちを考えたら……」
え?子供を産んだ時に亡くなったんじゃないの?
「せめてあの時に側にいてくれたら……」
「それで、奥様が亡くなったのは真白さんのせいなんですか?」
「それは違う。ただ、海外旅行で連絡がつかなかったと嘘をつかれていたら誰でも許せないだろう?」
それって……真白さんは許してもらう気が無い?
「海外旅行が嘘だとは知っていた。彼女の友人が血相変えてうちに探しに来たよ。何か手がかりが無いか、2日も連絡が取れない。あの男に殺されるかもしれないと言って……」
それは多分、優理さんとチエさんだろう。野村部長さんは、真白さんが嘘をついていると知っていた。
これは、真白さん自身の問題だ。その嘘と真白さんが向き合わない限り、何も解決しないのかもしれない。
部長さんが「もう帰ってくれ」と言ってリビングを出て行くと、入れ代わりに息子さんが帰宅してきた。学ランにスポーツバッグを肩にかけていた。まだまだ幼さの残る中学生だ。これが真白さんの甥っ子か……部長さんにそっくりな賢そうな少年だった。背……ちっさ!
軽く会釈をすると、睨みつけられた。
「あんた……真白の元彼?もう別れたんだろ?誤解を解くとか余計なお世話だ。さっさと帰れよ!」
どうやら律のいっていた事はあながち嘘ではないのかもしれない。
「君からも真白さんの事……」
「言ってるよ!全部わかってんだよ!これは俺達と真白の問題なんだよ!部外者が首突っ込むなよ!」
部外者…………真っ当な事を言われて、少し胸にきた。
僕はずっと、傍観者だったんだ。どんな記憶を見ても、何もできない。
結局何も解決しないまま、僕達は帰された。帰りに先を歩いていた律が言った。
「だから言ったでしょ?関係無い私達が首突っ込む事じゃないって」
「…………」
「わかってるよ。葵が記憶を見た事に意味を見いだしたい事くらい。だけど……ここじゃないんだよ」
じゃあ、どこ?
「なんか……ただの我が儘女だと思ってたけど、そんな過去がねぇ……モテるって逆に怖いのかも」
怖かった。端から見ればモテていた。そこまで人にハマるのが理解不能なくらい、真白さんは異常に愛されていた。
当時の事を優理さんから聞いた。優理さんは真白さんの付き合っていた男に、未成年者誘拐罪で通報すると脅して取り戻したらしい。
それほど離したくなくなるのは少しわかる。
その優理さんからこの前、謝罪された。
シェアハウスに呼び出され、恐る恐る中に入った。久しぶりに入ったせいか、何だか以前より片付いているように見えた。リビングに通されていつものソファーに座ると……
「葵君、この前はごめんなさい」
優理さんは目の前で深々と頭を下げ、謝罪した。
「あの後、真白に怒られて……悪い事したなって……あの時はこっちもちょっと焦って……」
焦って?
「で、本当に見えたりするの?」
「え?いや、それは……その……」
「ねぇ、何が見えた?」
じりじりと少しづつその間合いを詰めて来た。
「私の秘密が全部暴かれた訳じゃなさそうだね」
「秘密って……」
「真白に余計な事言わないでよ?」
あの短時間の映像を説明するのは難しい。推測しかできない。
「シロ~!ちゃんと葵君に謝ったよ~!シロからも謝るんじゃないの~?」
「えぇ?!真白さんが謝る?」
あの真白さんが謝る?待ち合わせ時間を間違えても絶対に謝らないあの真白さんが!?
すると、真白さんが珍しくしおらしい姿でおずおずとリビングに入って来た。こんな真白さん初めてだ!今までこんなにもパワーバランスが逆転する事なんて無かった。
「今まで……ごめんなさい」
まさか、このまま下克上?関白宣言?そんな期待は一瞬で打ち砕かれた。
「でも、見られてたの知ってたら絶対触らせ無かった。ずっと黙ってた葵君最低」
そう言ってまた自分の部屋へ入って行った。
やっぱりこうなるよね……。ああ、真白さんの『最低』の響きも久しぶりだ。真白さんの『最低』を噛みしめてる僕はいよいよ末期だな。
僕はまた真白さんの部屋のドアをノックした。
「真白さん、じゃあ僕からも謝らせて……」
「嫌!!だって、パンツの中身より見られたくないもの見られてたと思うと何か嫌!!」
「でも、もうどっちも見てるので今更……」
「最っ低!」
あれ?ちょっと待って?僕、記憶が見える事を普通に話してるけど…………
「僕が触ると記憶が見えるってどうして知ってるんですか?」
「りっちゃんに聞いたの」
りっちゃん?律?
「SNSの友達登録してもらっちゃった」
「いつの間に……」
律から……?律の話を聞いて?
「真白さんは僕の言葉は信じなくて……律の言葉は信じるの?」
「だって、りっちゃんの言葉で今までのつじつまが何となく合ったんだもん」
真白さんは僕が腹を立てている事をすぐに感じ取った。そうゆう所は異常に察知能力が高い。
「あのね、いくら親しい仲でも根拠の無い言葉を信じろなんて無理だよ。今まで、好きなら信じられるだろ?そう言われて信じて来た。でも、それに全部騙されて来たんだよ?」
だから信じられない?だから離れる?違うよね?
「好きだから信じるんじゃないよ。信じられるから好きなんだよ。私はもう信じられない。勝手にお義兄さんに会いに行った事も、記憶が見える事を黙ってた事も、全部許せない」
「じゃあ、僕が記憶を見た時に正直に話していたら…………気持ち悪いと思わなかったと断言できますか?」
「………………」
真白さんは黙った。その無言は確実に、気持ち悪いと思ったという解答だ。
「真白さんだって、お義兄さんに嘘をついてましたよね?親族なんだから何も聞かず信じて欲しいって思ってましたよね?それ……真白さんも同じだよ。だから……」
最後まで言う前に、バン!と大きな音を立てて寝室のドアが開いた。目の前に腕を組んだ真白さんが立っていた。僕も、真白さんの前で腕を組んだ。
「喧嘩売ってるの?」
「売ってる。買いますか?」
その時は、久しぶり会えた感動は無かった。
これは、僕達の最初で最後の喧嘩かもしれない。




