17、記憶
17、記憶
僕は一度だけ、記憶を見た本人の死んでしまう映像を見た人がいた。
それは、近くの病院の看護士さんだった。
僕は高校1年の夏、バスケの練習試合で激しく接触して転倒した。あまりの膝の痛さに病院へ行くと、まさかの剥離骨折だった。病院は苦手だけど、しばらく近くの病院へ通院する事になった。
病院は本当に苦手だ。うっかり誰かに触ってしまったら壮絶な記憶が見えそうで嫌だった。
それでもちゃんと通えたのは、あの看護士さんがいたからだと思う。看護士さんはとても綺麗な人だった。とても綺麗で、とても親切だった。
今思えば、あの人が初恋の人だった。
ネームプレートを見ると、野村 真雪と書いてあった。
「野村……まゆき?さん?」
「まゆ。真雪と書いてまゆって読むの。私も妹も冬の雪の日に生まれた雪女なの~」
「雪女?」
確かにその看護士さんは雪のように肌が白かった。
「自分で自分の事そう呼んでるの。そうすれば他人にそう呼ばれても怖くないんだって。おかしいでしょ?」
それは……防衛線を張るみたいなもの?
「妹が言うにはね、自分を何者か当てはめてしまえば、周りの不安は無くなるからなんですって」
「雪女って言うより白雪姫ですね」
「やだ~!自分で白雪姫だなんて痛いじゃない」
確かに。気持ち悪いより痛い方がマシ。僕も開き直ったら……少しは気持ちが楽になるのかな?
それから僕は、自分自身の事を吸血鬼だと言う事にした。信じてくれる人だけでいい。味方になってくれる人がいればいい。
1人でもいてくれれたら、僕はこの呪われた手から救われる気がする。
「木原さ~ん」
診察室へ行こうと立ち上がろうとすると、バランスを崩した。看護士さんはとっさに僕を支えてくれた。するとその瞬間、僕は看護士さんの腕を掴んでしまった。
その映像は、病院のベッドの上で生まれたばかりの赤ん坊を見ている姿だった。彼女は『寒い』そう言って目を閉じた。
「あの、病院って行ってますか?」
「病院はほぼ毎日来てるけど?」
それは……確かにそうだ。
突然『妊娠してますか?』なんて訊くのは何だか気が引ける。お腹とか全然目立ってないし……
「そんなに気を落とさないで。骨はすぐにくっつくから」
「あの、赤ちゃん……」
「え?」
その半年後、その病院へ行ったら……その看護士さんは辞めていた。
次にその看護士さんを見たのは…………他の人の記憶の中だった。その姿は遺影だった。見た記憶の中に他の人がいる事はよくある事だ。だけど、その事で未来も見える事がわかった。
目の前のビールジョッキの水滴を見ながら、そんな事を考えていると、律に呼ばれた。
「葵、ねぇ聞いてる?」
「ああ、ごめん聞いて無かった」
僕はいつものように律と居酒屋で飲んでいた。
「だからね、野村部長の家に行ったら……」
野村部長?
「その……元カノ?高岡さんがいたの」
「真白さんが?」
律の話では、真白さんと部長は義理の兄妹だと言う。そうなんだ……意外と世間は狭い。
でも、律の上司と真白さんが親族だったからと言って、僕が真白さんに会う理由にはならない。僕はまだ性懲りもなく、真白に会う理由を探してしまう。
「奥さん9年前に亡くなったんだけど、うちの近くの総合病院で働いていてたんだって。もしかしたら私達会ってたかもしれないね」
会ってたよ。僕は病院で何度も話をした。律の上司の野村さんの奥さんは、真白さんのお姉さんだ。
僕の初恋の人は、真白さんのお姉さんだった。それは、真白さんの記憶を見て知った。知ったからと言って、何かが変わった訳じゃない。
「でね……ねぇ、聞いてる?」
「本当に……どうしてこうなっちゃったんだろう……」
「あのさ、聞いてる?」
さっきから律の話が頭に入って来ない。
「元カノ、お姉さんが亡くなった時期に行方不明だったらしいの。そのせいでお義兄さんに避けられてるんだって」
「そう……」
「バカだよね~内緒で海外旅行に行ってて連絡つかなかった~とか。海外旅行とまでは行かないけど、気分転換にどっか旅行行かない?私、引っ越す前に温泉行きたい」
海外旅行……?一度、真白さんに旅行へ誘った事がある。でも、飛行機は乗った事が無くて怖いから却下になった。
真白さんとの旅行は主に城巡りだった。鶴ヶ城の展望台から風景を眺めて「城に触ったら過去が見えたらいいのに」と言っていた。
「戦場を見たいなんて悪趣味だよ」
「私は悪趣味なの。怖いものも好きだし、不思議なものも好き。雪女だからかな?」
「真白さんは白雪姫だよ」
「白雪姫とか痛い」
東北の冬は寒かった。空気が痛いくらいだ。乾いた風が頬を刺す。その時はまだその肌に触れても記憶が見えなくて、僕の上着のポケットの中で二人で手を繋いで歩いた。
「雪女が暖を取るなんておかしいね」
「私を溶かす人なんていないから大丈夫」
「相変わらず塩……」
そんな記憶が僕の中に残っていた。
真白さんは……真雪さんも白雪姫だった。白い肌に黒い髪で……黒髪?真雪さんはいつから栗色の髪だったっけ?初めて会った時はもう染めていた。
「看護士さんが亡くなったのはいつ?」
「看護士?部長の奥さんの事?10年?あ、9年になるって言ってたかな?」
9年前真白さんは19歳、僕は17歳の時か……
真白さんの大学3年間は暗黒時代だった。貢いだり脅迫されたり、殴られたり監禁されたり、僕が言うのもなんだけど、本当に男を見る目が無かった。
大学1年に海外旅行?あんな男達と付き合っていて、旅行なんて行けた?
これだ!!
そう思って携帯で真白さんに連絡を取ろうとした。
「待って?誰に電話するつもり?」
「電話じゃないよ」
「電話じゃなきゃいいって話じゃないからね?」
律は僕から携帯を取り上げて、自分のビールの横に置いた。
「その前に、冷静にしっかり考えてからにしよう」
「何を?」
「まず今、元カノに何を連絡しようとしてた?」
何故それを律に言わなきゃいけないんだろう?そう思ったけど、しぶしぶ説明した。
「多分、海外旅行は嘘だよ。本当は真白さん監禁されててお姉さんの死に目に会えなかったんだ。真白さんが駆けつけた時にはもうお姉さんは祭壇にいたからね」
僕はこの一年間、真白さんの過去を見続けた。
「だから?どうして部長との誤解を葵が解かなきゃいけないの?あの子が自分で解かなきゃいけない誤解でしょ?」
「真白さんは監禁されてたなんて言いたくないはずだよ。それに、こうゆうのは第三者から言われた方が信じたりするんだよ」
それでも律は納得いかない様子だった。
「じゃあ、誤解が解けてあの子があの家に出入り自由になったらどうするの?何なら一緒に住むなんて事になりかねないよ?」
「部長さんと真白さんが一緒に住む?そんなのあり得ないよ」
「あり得るよ!あの子、甥っ子の事溺愛してるもん!甥っ子は部長の連れ子だから血が繋がってないし」
甥っ子を溺愛?そんな事……聞いた事無い!!郊外に親戚がいるって言ってたけど……もしかしてその部長さんと甥っ子の事?
「敵に塩を送るってこの事かぁ……」
「何言ってんの?」
「それでもいいんだ。別にもう一度付き合いたいと思ってる訳じゃ……いや付き合いたいけど……もしそれで真白さんが甥っ子と幸せになれるなら……それ絶対嫌だけど……真白さんが……幸せならそれで……」
我ながら本音と建前で話の内容がブレブレだ。
すると、律は大きくため息をついて「バカじゃないの?」と言って携帯を返してくれた。




