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14、見えない

14、見えない



いつもなら、だいたいの人はここで冷めてお別れしていた。


だけど……真白さんは僕のベッドの中で言った。


「どうして誘いに乗ってくれたの?本当は嫌だったんでしょ?こうゆうの嫌い?」


僕が服を着ていると、真白さんがそう訊いて来た。


「そうじゃ無いんです……」


ここは嘘でも嫌いだと言っておけば良かったと、その後少し後悔した。


「そっか。私は…………好きかも」


少し恥ずかしそうに言ったその言葉が、僕の胸に刺さった。まるでその言葉は、キューピッドの矢のように正確に僕の胸を突き刺していた。


別に、僕の事を好きだと言われた訳じゃない。でもそれはきっと、それまで真白さんから一度も『好き』という言葉が無かったからだ。


でもそんなもの、すぐに何も無かったように消えてしまうに決まってる。やがて他の人みたいに、記憶をみるのが嫌になって離れる。正直、本人を目の前にあんな映像を見るのはもううんざりだ。


だけど何故かこの3年間、真白さんの笑顔が愛しくて、笑い声が心地良くて、綺麗な肌の感触が気持ち良くて、真白さんからなかなか離れる事ができなかった。


今まで何度も離れようと思った。フラれる度に離れようと思った。これじゃもはやストーカーだ。


だけど……真白さんから離れると思うと胸が苦しくて堪らなくなる。好きになればなるほど、その肌に触れたくなる。でもこれ以上真白さんの記憶は見たく無い。


結局、自然と真白さんに触れる機会は減って行った。


触れられない変わりに、触れる以外の事なら何でもしようと心に決めた。


真白さんが望む事は全て叶えようと。


「それで舎弟になったのか」

「舎弟じゃないよ」

「じゃ、パシリか」

「パシリでもないよ!彼氏だよ!」

「下僕か」

「だから彼氏だって!」


隆司君は向かい側の自動販売機で缶ジュースを買って一本を僕にくれた。


「彼女気にしてたぞ?自分に会うために、お前が無理して畑の作業を進めたんじゃないかって」

「だから帰り際にあの事気にして……」

「律にはさぞかし悪女だと思われてるだろうな。それで律はあの様子か。今納得した」


僕はもらったコーラの缶についた水滴をTシャツの裾で少し拭いて開けた。


「俺が思うに、多分律のせいだと思うぞ?……いや違うか。律を気にかけるお前のせいか」

「律……?どうして律が?でも律は…………」

「そこだよ。お前はどっちと付き合ってんだよ?」


もちろん当然真白さんに決まってる。そんなの十分わかってる。


「だったらもう律とは離れろ」

「え……?」

「律もここを離れるんだろ?いい機会だ。幼なじみやめてみろよ」


幼なじみをやめるなんてできないよ。僕は……律のおかげでここまで来れたと思う。律が僕を信じて、いつも味方でいてくれたから……。


そう言えば……あれはどうゆう意味だったんだろう?


「律がさっき、聞こえるか聞こえないくらいかの声で言ったんだ。ずっと好きだったのに……って。どうゆう意味かな?」

「それ…………まんまだろ?」

「えぇ!?律!?」


僕は人の嫌な記憶を見る事はできても、その人の心の中を見る事はできない。そうかもしれないと薄々は思っていても、ハッキリと言ってもらえなければ何も伝わらない。


隆司君はコーラの空き缶を自販機の横のゴミ箱へ入れると、店の中から野菜の入ったビニール袋を持って来た。


「これ、忘れ物。届けてやれば?」


そこには、真白さんが買った野菜が入っていた。


「隆司君……」

「元カノに……」


え?元カノ?


「葵がダメなら俺のIDに連絡するように言っといて」

「隆司君!」


慌ててビニール袋の中のレシートを探したけど、隆司君のIDの書いてあるレシートは見つからなかった。


「あれ?無い」

「バーカ。そんなもんとっくに抜いてある。あれ抜いとかなきゃ俺が舌を抜かれるだろうが」

「それ閻魔様扱い……」


すると、後ろから話しかけられた。


「そうね、嘘つきの舌は抜いた方がいいかもね」


いつの間にかミエさんが後ろに立っていた。なんか恐ろしい……


「ほら、早く行けよ」

「ありがとう!隆司君!ミエさんもごちそうさまでした!」


僕は二人に見送られて、真白さんのシェアハウスへ向かった。


今から向かったら帰りは終電間に合うだろうか?明日は月曜日……届けるのは迷惑になるかな?でも、生鮮食品だし……いや、でも届けるだけ。届けてすぐ帰ろう。


こういう場合、真白さんは絶対に出て来ない。また優理さんとチエさんに迷惑をかけてしまう。申し訳ないから今度ケーキでも差し入れしようかな。ケーキより肉かな。


僕は静かにマンションのインターホンを押した。辺りは静かで、インターホンの音が妙に響いた。


「はい」

「あの、葵です。真白さんの忘れ物を届けに来ました」


すると、すぐにドアが開いた。


ドアを開けたのは、やはり真白さんではなく優理さんだった。


「真白、もう寝ちゃったよ?」

「夜分遅くにすみません。これ、真白さんに渡してください……真白さんより冷蔵庫かな?」

「野菜?わざわざありがとう」


中に入って、優理さんに袋を手渡した瞬間、手が触れてしまった。すると、すぐに映像が見えた。


やってしまった……!


家に知らない人が突然やって来て、中年男性を連れて行く。これ……もしかして逮捕?


「葵君、どうしたの?」

「いえ、何でも無いです」


平静を保つのは慣れている。


「何を見たの?」

「え…………?」

「もっと触れたらもっと見える?」


優理さん……何を言って……


「な~んて!手を握りたく無いって言ってたから、もしかして何か見えたりするのかな~って思っただけ」


少しヒヤッとしたけど、ただの冗談か。


「もし見えたとしたら……それは秘密にしといてね」

「じゃあ、僕はこれで」


ホッとして帰ろうとすると、また手を握られた。


「葵君隙だらけ」

「うわっ!」


思わず優理さんの手を振り払った。振り払ったのに、見えた。


今度は男の人が天井からぶら下がっていた……それは、首吊り……


「優理さん、もうやめてください」

「何か見えた?ねぇ、何が見えたの?葵君は何を見て何を思った?」


まさか、忘れ物を届けに来てこんな事になると思わなかった。


愛理さんはまた僕の手に触れようとした。それは手を後ろに隠して阻止した。


「ねぇ、少なからずシロのも見たんだよね?見たくなくても何かを見たんだよね?それは、吸血鬼だから?吸血鬼だからって言えば納得すると思った?」

「それは……」

「シロの全てを受け止める覚悟も無いのに、シロを幸せにできるはずがないよ。いくらシロに尽くしても、葵君は結局自分自身を守る事を優先してる」


優さんに痛い所をつかれた。


「これ以上中途半端にシロに関わるなら、もう二度と取りつがない」


優理さんはそう言って、野菜の袋を乱雑に床に置いた。袋から、ほうれん草の葉が出ていた。その葉はくたびれてしおれていた。


僕はどう弁明すればいいのかわからなかった。映像の重さに、頭の中が真っ白になってしまった。


そこに、お風呂上がりのチエさんがやって来た。


「どうしたの?こんな時間に……葵君?」

「すぐ失礼します」

「待ってよ。終電無いでしょ?リビングのソファーで良ければ泊まって行けば?」


チエさんの提案に、優理さんは驚いていた。


「はぁ?葵君はシロと別れたんだよ?」

「僕は別れたつもりはありません」

「そう言ってるし」


フラれたけど……まだ、真白さんから離れるつもりは無かった。


「今まで真白さんの罪悪感で何度もフラれてますから」

「知ってるよ、今回は罪悪感じゃないって事も」

「まぁまぁ、優ちゃん。男を泊めるのは私も思う所はあるけど、葵君だし」


いや、だからそれどうゆう意味?


結局、僕はリビングのソファーで寝かせてもらう事にした。本当は、一目真白さんに会える事を期待していた。「気にしてないよ」そう優しく言ってもらいたい。そんな風に都合の良い期待をしてしまう。天井の暗闇を見ると何だか辛くなった。


「眠れない…………」


僕は起き上がって、ソファーに座っていると、隣に誰かが座った。


「え……葵君?夢か……」


その声は………………


「葵君……ごめんね。触れられるの嫌だったんだね。今まで気がつかなくてごめんね」


真白さんだった。


「初めて葵君が自分から手を取ってくれたから……何だか舞い上がっちゃって……ごめん。今までありがとう。あの、あのね……ずっと……ずっと素直に好きって言えなかったけど……」


けど……?


「葵君は私の中にいたみたい」


それは、3年付き合って初めての真白さんの告白だった。どうして……今になってそんな甘い言葉をかけてくるの?最後だから?


僕達はもう…………本当に終わりなの?


僕には見えなかった。未来が何も見えなかった。



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