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12、お別れ

12、お別れ



幼なじみのあの様子に、何となくあの子は葵君の事が好きなんだと思った。これも女の勘。


幼なじみは葵君に以前に彼女がいた事に驚いていた。でも、私が驚いたのは……


幼なじみはさも当たり前かのように葵君が吸血鬼だという事を受け入れていた。それは、きっと長い時間を過ごした仲だからかもしれない。


葵君は、幼なじみを追いかけて行った。


取り残された私達は微妙な空気に襲われていた。


こうして葵君に置いて行かれて、胸につかえていた何かがストンと落ちた。私が幼なじみが気になっていたのは多分、その事。


幼なじみは葵君の事をどう思っているのか。私は葵君が吸血鬼だと言う事を信じられない。でも、あの子は揺るぎなく信じている。


そんなの…………到底私には敵わない。


残された山崎夫妻は重い空気を変えようと必死だった。


「律と葵は兄弟みたいなもんでさ、あいつちょっとシスコンなんだよ」

「そうそう!葵君って誰でもほっとけないタイプじゃない?人がいいって言うか……」


精一杯の笑顔で言った。


「わかります」


笑ったつもりだけど、今のちゃんと上手く笑えてたのかな?


「今ならわかります。葵君が、友達や……幼なじみに私を紹介したがらない理由」


それは多分、あの幼なじみを傷つけてしまうから。


「いや、別に紹介したくなかったわけじゃないと思うよ?」

「わかってます。その機会を今まで奪って来たのは私自身です……だから、私がとやかく言う資格なんか無いんです」


私は空いたお皿を重ね初めた。


「ごちそうさまでした。そろそろ片付け……」


ミエさんが「そのままでいいから」と言ってくれたけど、空いたお皿をキッチンへ運んだ。


「妊婦さんなんですから、ミエさんは座っていてください」


そう言って、私は空いたお皿を運び、テーブルに置いてあった台拭きでテーブルを拭き初めた。


「葵君、遅いね。隆司、ちょっと見て来てよ」

「明日仕事なんだからすぐ帰って来るだろ」

「あの、葵君って……何の仕事してるんですか?」


私のその発言に、山崎夫妻は一瞬固まった。


「え?知らないの?付き合って3年だよね?」

「知らないんです。私、葵君の事、何も知らないんです」


私はテーブルを拭き終えると、キッチンへ洗い物をしに行った。


そう、私はこの3年間、ただ葵君の彼女という椅子に座っていただけ。


これ以上葵君を知ってしまったら、後戻りできない気がして怖くなった。だから、葵君の仕事もそれ以上詳しくは聞かなかった。


その後、片付けもそこそこに先に帰る事にした。


「今日は本当にありがとうございました。急にお邪魔してしまってすみません。お料理、どれもとっても美味しかったです。ごちそうさまでした」

「こちらこそお土産ありがとう。何も無い所だけど……また葵君と一緒に遊びに来てよ。ね?」


ミエさんは優しい笑顔で見送ってくれた。青果店の引き戸を出ようとすると、後ろから隆司さんに声をかけられた。


「あの……あいつ、あんたの事本気だから……だから……これからも、葵の事よろしく」


その言葉に、どう答えていいかわからなかった。軽く会釈をして青果店の外に出た。


外は爽やかな風が吹いていた。思ったより暑くない。どこかの家の風鈴の音が、夏の始まりを告げていた。


「真白さん!」


しばらくすると、葵君が帰って来た。


「おかえりなさい。私、帰るね。じゃあ」


そう言って私は葵君から逃げるように帰ろうとした。


「待って!真白さん!」


葵君はとっさに私の腕を掴んだ。


「ごめんなさい!」


そして、すぐに手を離した。離したと言うより……振り払った。


「あの……ごめんなさい。これは……違うんです」


何が違うんだろう?


葵君は、やっぱり私に触れたくないんだ。私は動揺を隠すために、何とか話題を変えた。


「この前、体調悪かったんだね。知らなかった」

「え?ああ、この前畑で炎天下で熱中症っぽくなってしまって……吸血鬼のせいか、元々昼間の作業は苦手なんですよ」


振り払われた手は居場所を失い、石のように固まっていった。私はその腕を、もう片方の手で強く握りしめた。


やめてよ…………もう、吸血鬼だなんて言わないで。


私は信じてないのに、あの子は信じてる。まるで私は、葵君の隣にいるのが相応しく無いって言われてるみたい。


胸が苦しくなって、息をするのが精一杯だった。私は涙を堪えて、声を振り絞って葵君に伝えた。


「葵君、私達……お別れしよう」

「え?どうして……?やっぱり友達に紹介はダメでした?それとも僕の女性歴ですか?」


私は首を横に振った。


「違うの……葵君が嫌いなわけじゃないの」


葵君の顔は見られなかった。商店街の端の割れたタイルを眺めながらゆっくりと話した。


「やっぱり私、誰かの中に入るのも、誰かを自分の中に入れるのも…………怖いの」

「真白さん……」


私は葵君を置いて、駅へ向かって歩き始めた。


その後、自分がどうやって帰ったのかは覚えが無い。だけど…………気がつくと、シェアハウスの玄関で号泣していた。


私が玄関で泣いていると、二人が気がついて迎えに来てくれた。


「どうしたの?シロ?」

「シロちゃん大丈夫?何があったの?」


二人の優しさに涙が止まらなかった。


「私には……葵君と付き合う資格なんか無い……幼なじみの方がずっと……私……葵にふさわしく無い…………」

「真白はさ、誰にも負けないくらいいい子だけど、こうゆうのはすぐ負けて帰って来るよねぇ……」

「優ちゃんハッキリ言い過ぎ。シロちゃん、ほら靴脱いで。こっちで紅茶飲もう?アップルパイがあるよ」


アップルパイと言われ、やっと辺りに広がる甘い香りに気がついた。その匂いに、何だかホッとした。私はやっと帰って来たんだ。慣れない事するもんじゃないって事かも。


いつものソファーに座ると、何だか落ち着いた。今度は落ち着いて、二人に話をした。


「今日ね……初めて葵君から手を繋いでくれたの」

「え……?3年付き合ってて?」

「3年付き合ってて今日が初めて手を繋いだってどんだけプラトニックよ?いや、プラトニック通り越して距離ありすぎない?」


葵君から触れる事は決して無かった。だからきっと、私に触れたくないのかと思っていた。


「でも、シロは葵君と寝たんでしょ?それって謎過ぎるんだけど?」

「多分……手を繋ぐのがダメみたい。手をつながなければ、あとはどこが繋がってても問題無いんじゃない?」

「二人とも真顔でそんな事喋らないでよ」


チエは恥ずかしそうにそう言った。チエのそうゆう所が可愛い。でも、さっきは手を振り払われた。


「結局……この手を振り払われて……葵君の事ふって帰って来ちゃった」


「はぁああああああ!?」

「何故にふった?」

「幼なじみに……返そうかと思って。葵君の事、あの幼なじみならきっと幸せにしてくれる。葵君も……これで清々したんじゃないかな?」


『吸血鬼を理由に別れたかった』私が信じた事実は結局これだった。そして、それによって出した答え。


葵君とお別れをする。



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