10、紹介
10、紹介
真白さんは珍しく緊張していて、不安そうな顔を浮かべていた。でも、隆太君を見て少し微笑んだ。きっと子供が好きなんだ。それに、真白さんは意外にも古い家に興味津々だった。
「木彫りの熊の置物とか初めて生で見た。あの三角のやつなんて言うんだっけ?提灯に隆太の名前ついてる」
「あはははは!真白さんにとってここ観光地?」
すると、隆太君が真白さんの目の前へ来てとんでもない事を言った。
「お姉さん本当に女?」
「え?……い、一応、女だけど……」
え?隆太何言ってんの?普通に女の人に見えるでしょ?
「本当だ!おっぱいおっきい!」
そう言って隆太は真白さんの胸を掴んだ。
ひぃいいいいいいい!!隆太ぁああああ!!
「こ、こら!こらこらこら!隆太君!真白さんの胸は触っちゃダメだよ!」
「なんで?女かどうか確かめただけじゃん!」
「確かめちゃダメ!感触……いや、見た目じゃなくて真白さんの言葉を信じるんだ!」
僕が隆太君に説教をしていると……
「ふっふふふふふふ……」
珍しく、真白さんが笑った。真白さんの笑顔を見たのは久しぶりだった。その困ったような笑顔はとても可愛らしかった。
本当は、真白さんの笑顔を見るまでは内心ガクブル状態だった。あんな事を口走ったせいで、もう二度と真白さんから連絡が無いんじゃないかと思った。
『いつまで無害でいればいいですか?』
そう言った後、ひどく後悔した。
だから、こんな風に意外にも早く連絡が来て驚いた。しかも友達に紹介して欲しいなんて……あの真白さんがそう言うなんて今でも信じられない。
みんなで乾杯をして、ミエさんの野菜たっぷりの料理をご馳走になった。隆太君はすっかり眠い時間になってきて、ミエさんが隆太君を寝かしつけに行った。真白さんが「私もそろそろ……」と言って立ち上がると、店の方で声がした。
隆司君が様子を見に行き、しばらくするとお店の方から誰かを連れて戻って来た。
その誰かは…………
律だった。
隆司君はその後ろに、律を連れて来た。
「律……」
「こんばんは~」
すると、2階から降りて来たミエさんがキッチンから顔を出した。
「あら、りっちゃんいらっしゃい!隆司、りっちゃんも呼んだの?」
とうとう、律に真白さんを紹介する時が来た。
「たまたま野菜買いにのぞいただけです。すぐにおいとましますから、お構い無く~」
律は僕と目を合わせようとしなかった。
僕が真白さんを紹介しようとすると、律が自己紹介した。
「そちら、葵の彼女?初めまして。葵の友達の大竹 律子です」
「高岡 真白です。初めまして」
二人は笑顔で挨拶をした。その後すぐに微妙な空気が流れた。
「葵とは親同士が同級生で、生まれた時から家族ぐるみの付き合いなんですよ」
「生まれた時からの幼なじみ……」
「幼なじみ……やだな~!そんなんじゃないですよ!ただのクサレ縁!葵の隣は居心地が良くてつい甘えちゃうって言うか…あれ?私、変な事言ってる?何言ってんだろ私」
珍しく、律が動揺していた。
「葵、体調もう大丈夫?」
「ああ、あの後しっかり休んだから大丈夫だよ」
この前叔母さんの畑を手伝った時に、体調が悪くなった事を律はまだ心配してくれていた。
「叔母さんにまた手伝いに行かせてって伝えておいて」
「え?また行くの?」
「私、今度移動になって、叔母さんの家近くで働く事になったの」
詳しく話を聞くと、律は盆明けから叔母さんの家の近くの倉庫で働く事になったらしい。近くと言っても車で20分の距離だ。律の移動の話は初めて聞いた。その事に気を取られていて、つい真白さんの様子が目に入らなかった。
「りっちゃんビール」
「あ、すみません」
ミエさんが律に缶ビールを渡した。律はそのビールを開けると、ぐいっと飲んだ。そして、手で口を拭うと、ひと息ついて言った。
「葵が、私達以外に吸血鬼だって告白したって聞いて、正直驚いた」
「え?マジか?葵、今までの彼女に言った事無かったよな?」
「隆司君!」
僕が隆司君を口止めしようとしたけど、もう遅かった。
「えぇえ!?葵、今まで彼女いた事あったの?」
「え?いや、まぁ……」
「この人が初めてかと思った!」
ちょ、ちょっと律……この流れはまずい。なんかまずい気がする。
「あ、真白さん、このえんどう豆マヨネーズつけて食べると美味しいですよ?」
僕は話を変えるために真白さんに料理を勧めた。
「今までどんな人と付き合ってたの?」
「えぇ!真白さんそこ掘り返します?」
真白さんの視線に耐えられず、軽く話をした。
「高校生の時……1つ年下の後輩と……」
真白さんはまだ突っ込み続けた。
「他には?」
「え……ど、どうして?」
「何となく。女の勘」
女の勘って本当に当たるんだなってこの時初めて思った。
「まぁ、葵の場合どの子も3ヶ月以上長く続いた事無かったけどな~」
「隆司君、今そのカミングアウトいらないから!」
「どの子も?やっぱり複数いるの?」
律は缶ビールを一気に飲み干していた。
「信じらんない!素知らぬ顔してどんだけ付き合ってたの?」
「どんだけって……」
「私、帰る……葵、彼女とどうぞお幸せに!」
そう言って律は怒って出て行ってしまった。思わず、僕は律を追いかけた。
外は真っ暗で、商店街の街灯がポツポツと光っていた。
「律!待ってよ律!もう遅いから家まで送るよ」
「バカじゃないの?こんな近い距離、葵に送られ無くても帰れるっつーの!」
「でも酔っ払ってるし……」
律は酔うと飲む量が多かれ少なかれ所々記憶を無くす。律が心配だった。移動の話も急だったし……3年前もこんな風だった。あれから3年経っても、律はまだあの事を引きずっていて、未だに彼氏ができない。
「葵、もう……私に優しくしないで」
「どうして?」
「そんな事私に訊かないでよ!」
律には、何となくまだ僕が必要な気がした。好きとか好きじゃないとか、きっとそうゆうんじゃない。
ただ…………今までずっと側にいたせいか、その肌に触れなくてもわかる。
律が今、傷ついている事がわかる。
「優しくする相手が間違ってるからだよ。私じゃない!わかってるよ!葵は……ちゃんとわかってる?」
「……わかってるよ。僕の彼女は真白さんだよ。だけど……僕は律の事を放っておけないよ。大事な友達だから」
「友達……?ただの、友達?」
ただの友達じゃない。ずっと友達だよ。特別な友達、幼なじみだよ。律は、そう思っていないかもしれないけど…………。
商店街から一本道を外れた先が、律の家だった。律の家の前に着くと「もう連絡して来ないで」そう言って律は涙を隠しながら家の中へ入って行った。
律が……いつか僕と真白さんの事を祝福してくれる時が来るんだろうか?僕は律を置いて、真白さんと結婚してもいいんだろうか?
そんな事を考えながら暗い夜空の下をぼんやり歩いて、真白さんの待つ隆司君の八百屋へ戻った。
すると、お店の入り口で人影が見えた。それは真白さんだった。真白さんが、僕を待っていてくれた。
「おかえりなさい。私、帰るね。じゃあ」
そう言って逃げるように帰ろうとした。
「待って!真白さん!」
とっさにその腕を掴んでしまった。
「ごめんなさい!」
すぐにその手を離した。離したと言うより、振り払ってしまった。その事に、真白さんは驚いていた。
こっちが驚いたのは、すぐに離したのに…………見えてしまった事。
真白さんの泣き顔の映像が。その泣き顔を慰めているのは、当然僕じゃない。
真白さんに、触れて見えた映像は……否応なしに頭の中に浮かぶ。でもその映像は、過去か未来かはわからない。
ただ、その映像を見たとしても……
僕には何もできないという事。




