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こんな能力でも僕は  作者: 熊宏人
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1 + 1 > 70000

 青空を流れていく雲が学校の廊下の窓から見える。

 あの夏祭り以降、当たり前のように時間が進んている。ループを抜けたけど、これが未来だ、という実感はそこまでない。

 でも着実に時間は流れている。まだ見ぬ時間に僕はいる。

「空なんかボーッと見てどうしたんだ?」

「雲の動きを見ていたんだよ」

 僕は雲から目を離さずに言った。そこにいるのは秀人だろう。

「それにしても今日は良い天気だな〜!」

 秀人を見ると、空を見ながら腕を上げてあくびをしていた。

「秀人、ようやく1+1を70000にしたよ」

 あくびのせいだろうか。目が潤み、気の抜けた顔をしていた。

「どういう意味だ? トンチか何かか?」

 そうか。秀人自身はループしていないから何の話かわからないんだ。

「えっと、どこから話そうか……」

 僕はこれまでにあったことを話した。何度も何度もループしたこと、もうループを抜け出さなくてもいいんじゃないかと思ってしまったこと。すべてを正直に話した。

「まさに時間の牢獄だな……。よく頑張った、カズキ」

 そして秀人は僕の肩をポンッと叩く。

「それにしても俺に自分以外のものを過去に送る能力があるなんてな」

「いや、これまでの秀人にはその能力があったんだけど、今回の秀人にはあるかどうかがわからない。本当なら未来の秀人から能力について書かれた手紙が届くんだけど、今回だけ届いていない」

「歴史が変わってしまったのかもしれないな」

「その可能性はあるね。そこでさ、能力があるかどうか確かめてみるために、過去に手紙を送ってみない?」

「いいね、それ。やってみようぜ!」

 早速僕達は手紙を書いた。

 秀人には過去に自分以外のものを送る能力があること。

 歴史を変える可能性があるから迂闊に能力を使ってはならないこと。

 最悪の場合、存在が消えてしまうこと。

 僕達はそんなことを書いて封をした。

「じゃあ過去に送ってみよう。秀人、よろしく」

「過去に送るって言ったってどうやるんだよ?」

「手品みたいに手をかざすとか?」

 秀人は手紙の上で手を動かしてみた。しかし、どんなに手を動かしても手紙には何の反応もない。

「う〜ん、ダメそうだね……」

 手紙を投げてみたり、過去に行けと叫んでみたり、箱に入れてみたり、切手を貼ってみたり、いろいろなことを試してみたものの、どれも結果は同じだった。

「やっぱり今回の俺には過去にものを送る能力なんてないんじゃない?」

「そんな気がしてきた……」

 その時、僕が秀人に過去に送られた時のことを思い出した。確か、目がキリッとしたと思ったら、意識が遠のいたような……。

「秀人、手紙をにらみつけてみて」

「こうか?」

 秀人は眉をぐっとひそめて手紙をにらみつけた。

「怒っている感じじゃなかったと思うんだよね。この手紙を送らないと死んでしまうから絶対に過去に送ってやる、っていう強い意志を感じさせるような目をしてほしい」

「難しい注文だな……」

 一度目を閉じて深呼吸をする秀人。そして目を開き、力強く、しかしどことなく優しさもあり、希望に満ち溢れた眼差しを手紙に向けた。

 すると、そこにあったはずの手紙が突然消えた。

「お! 消えた!」

「成功だね!」

 つい僕と秀人は嬉しくてハイタッチしてしまった。ハイタッチなんてしたのは久しぶりか初めてかもしれない。

「今回の秀人にも過去にものを送る能力はあったわけか。それなら高嶺と戦わず、さっさと過去に送ってもらえばよかったかな。なんてね」

「なーに言ってんだよ! それにしても、さっきの手紙、なんで高嶺の倒し方とか書いておかなかったんだ? そしたら過去のカズキが楽できるだろ?」

「書くべきじゃないと思ったからだよ。それは自分で見つけるんだ。僕が今僕であるのは自分で答えを見つけたからだ。もしさっきの手紙に答えを書いてしまったら、歴史が変わって僕が僕じゃなくなっちゃうと思う」

「へ〜、かっこいいこと言うねえ」

「バカにすんなよ」

「悪い悪い。でも確かにカズキの言う通りかもしれない。実際、見ないうちにたくましくなったような気がするもんな」

「ループする前の僕を知らないのによく言うよ」

 そう言って僕達は笑い合った。僕はひっそりと未来を噛みしめていた。




 学校が終わり、下駄箱から靴を出して履き替える。

「よ!」

 そこに立っていたのは長い髪を下ろした松原さんだった。

「あ、松原さん。これから帰るところ?」

「そう! もしよかったら途中まで一緒に帰らない?」

「うん」

 松原さんが靴を履き替えるのを待って一緒に学校を出た。

「まさかループから抜けられる日が来るとは思わなかったよ」

「僕もずっと無理だと思ってた。正直なところ、このままでもいいかもしれないって諦めていたよ」

「え? そうなの?」

「松原さんは諦めていなかったの?」

「うん。そのうち何か打開策が見つかるんじゃないかって思ってた。というか見つけなきゃ、って思ってたよ」

「あの状況でそう思えるなんて、松原さんは強いね」

「そんなことないよ。結局高嶺くんを倒したのは倉田くんだしね」

「でもあの時松原さんが高嶺の気を引いてくれなかったら、石は当たらなかっただろうし、高嶺の弱点にも気づけなかったと思う。僕はいつも松原さんに助けられてばかりだね」

「たまたまだよ」

 恥ずかしさをごまかすかのように笑う僕ら。何を話そうかとためらって気まずい沈黙が流れた。

 間違えたことを言ったら嫌だ、という気持ちが会話を邪魔する。話を考えようとして、そのせいで余計に何も出てこない。

 体温が上がっていく。その時、松原さんが沈黙を破った。

「そういえば私ずっと気になっていることあるんだ」

「何?」

「何度もループしていて気づいたんだけど、あの祭りの最後でいつも言いかけていたよね? あれは何を言おうとしていたの?」

 自分の顔を見ることはできないけど、きっと真っ赤になっていると思った。

 どうしよう。言うべきだろうか。言わないべきだろうか。

 でも僕みたいなのが言ったところでーー

 いや、また言い訳を探すのはやめよう。

「実は告白しようと思っていた」

 松原さんの足がピタッと止まって、こっちを向く。驚いた表情で僕を見る。目がまんまるだ。

「松原さんのおかげで僕は自分の弱さと向き合うことができた。君のおかげで僕は強くなれたんだ。この先も僕は君と一緒にいたい」

 まっすぐと僕を見つめる目。もうそれは丸みを帯びていない。すらっと伸びた眼差しが僕を射抜く。

「出会ってからまだ大して経っていないけれど、もしよかったらどうかな?」

 そして僕は赤いチューリップを一輪出し、それを持って彼女の前に差し出した。

 彼女は赤いチューリップを手に取り、かんざし代わりに赤いチューリップで髪を留めた。

「こちらこそまだ短くて、でも長い付き合いですが、よろしくお願いします」

 その目には透き通った涙が浮かんでいた。

 これが夏祭りの先にあったもの。僕らが切り開いたもの。未来。

 もっと見たい、この先を。できるだけ、果てまで。

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