邂逅
ある朝目覚めると、部屋は赤いチューリップで埋め尽くされていた。
床に敷いていたはずの布団も見えなくなり、僕は大量の赤いチューリップの上に寝ていた。もしや、と思い、俺は赤いチューリップが落ちてくるイメージをしてみたところ、ボトボトと赤いチューリップが空中から落ちてきた。
何度見た光景だろうか。僕はこれで何度開花したことだろう。それでも僕はこう言う。
「よっしゃー!」
そして、先生に会って、褒められて、宮下達に絡まれて、松原さんが助けてくれて、かんざし代わりの赤いチューリップが似合っていて、校庭で訓練して、また宮下達に絡まれて、でも松原さんが駆けつけてくれて……。
ずっとそうだ。僕はこの時間に閉じ込められた。能力が開花してからあの夏祭りまでの時間の中に閉じ込められたんだ。
ループして、ループし続けて、僕はある時から考え方が変わった。むしろこの時間のままでいいんじゃないかと。
いつも通り宮下達にいじめられているふりして、わざとらしく落ち込んで、自虐的なほどに滅入っているふりして、松原さんに励まされるこの時間が心地いいんだ。
全部知っている。このやり取りもあのやり取りも。でも知らないふりして過ごしているのが一番楽しい。
夏祭りのちょっとした松原さんとの時間。毎度初めてのつもりでドキドキしている。何度でもあの甘酸っぱさを味わいたい。
だから僕はこの時間のままでいいと思う。未来なんか望まない。どうせこんな能力じゃ、あの高嶺も倒せないだろうし。
「諦めんな!!」
「無理だ! あんなやつ倒せっこない! 高嶺の能力見ただろ!」
僕は松原さんの声に反射的に返事してしまった。
「え? どういうこと?」
ぽかんと立ち尽くす松原さん。対峙するいつもの3人、宮下、杉井、山本。
「あ、いや……間違えた」
「もしかして、倉田くんーー」
「おいおい、俺達を無視して何話し始めてんだよ」
「うるさい、今邪魔しないで」
「何様のつーー」
「うっさい!!」
松原さんの右手から、校舎を飲み込むくらい大きな筒状の水が放出された。宮下達は一瞬で消え去り、校庭はえぐれていた。
「松原さん、いつの間にそんな能力を手に入れたんだ?」
「あくまでも水の能力よ。ただ何度もループしている間に練習し続けたから最初の頃とは段違いだけどね」
「ループ? もしかして松原さんもループしているの!?」
「やっぱり倉田くんも!? だと思ったんだよね! さっき唐突に高嶺くんの能力の話をし始めたし、それに今私の名前呼んだしね。本当なら、この時間には私の名前は知らないってことになっているでしょ」
並外れた水圧を見てしまったおかげで、ついたくさんのボロを出してしまった。でもボロを出して正解だったかもしれない。
「まさか松原さんもループしていたとは……。全然気づかなかったよ。じゃあいつもこのタイミングで宮下と互角かギリギリ負けそうになっているのは演技だったの?」
「そうだね。だって、私が本気出しちゃったら倉田くんの出番がなくなって歴史変わっちゃうじゃない?」
「確かに。あれ? もしそうだとしたらまずくない? 松原さんが宮下達を倒しちゃったし、こうしてお互いにループしていることを教え合っちゃったし。もう結構歴史変わったかもね……」
急に訪れる静寂。松原さんと目が合う。苦笑い。
「まあ、もうしょうがないよ! 元気出していこー!」
「そういうのを空元気って言うんだよ」
「空元気でもいいの! 病は気からって言うでしょ!」
「そうだけどさ……」
「じゃあ私はそろそろ行くね! ここでいつも通り校舎に戻らないと、ますます歴史変えちゃいそうだから!」
松原さんは校舎の方へ走っていったが、突然振り返って、
「さっきの技! かっこよかったぞ!」
これまでのループと同じ、親指立ててグーサイン。
いや無理があるって……。僕は何も技を出していないんだぞ。倒したのは君だよ。そんなことで歴史が変わらないようにできるのかな……。
不安をぬぐい去れなかった僕。
案の定、その後いつもなら来るはずの秀人は現れなかった。