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こんな能力でも僕は  作者: 熊宏人
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夏祭り、そして

「お待たせいたしました! ブルーハワイ味です!」

 屋台の淡いオレンジの光に照らされた青いかき氷をお客さんに手渡した。

 お客さんは次から次へとひっきりなしにやってくる。さすがお祭り効果だ。

 僕は無我夢中で次から次へとかき氷を作った。次第に持ってきた氷は減り、いよいよ最後の氷となった。

「カズキすごいな! 全部売り上げちゃったじゃん!」

「いやいや、こんな暑ければ皆食べたくなるよ。ところで、秀人の売り上げはどう?」

「全然ダメ。父さんは?」

「こっちもダメだ。少々欲張りすぎたのかもしれない。やってみてわかったが、かき氷を買ったら、わたあめとか焼きそばは買わないんだろう。まずそんなにたくさん持てないし、一緒に食べるのも微妙だしな」

 と言ってため息をつく秀人のお父さん。

「でもかき氷が売れてよかった! 来年はかき氷のみにしよう! カズキくん手伝ってくれてありがとな! これはお礼だ」

 秀人のお父さんがお金を出した。

「いえいえ、そんな受け取れないですよ」

「働いてくれた対価だよ。受け取ってくれ。これで秀人と一緒に飲み食いしてきなさい」

「お言葉に甘えていただきます。大切に使います。ありがとうございます」

「でも父さん、お店はいいのか?」

「構わん。もうどうせ来ないだろう。せっかくの祭りだし楽しんでこい!」

 こうして僕と秀人は屋台を回り始めた。盆踊りの音楽に、湿気を含んだ空気、屋台の光。またこの季節が来たんだとお祭りを噛みしめていると、

「そういやさ、一つ話したいことがあるんだ」

 秀人が突然その雰囲気を断ち切るように話し始めた。

「何だよ、改まって」

「俺、未来の自分から手紙をもらったんだ」

 その言葉の意味がわからず、僕は答える言葉に詰まった。

「えっと、つまりどういうこと?」

「その未来の自分曰く、どうやら俺には自分以外のものを過去に送る能力があるんだって。だから俺宛に未来の自分から手紙が届いたってわけ」

「それじゃあ秀人もいつのまにか能力が開花していたってことか! よかったじゃん! しかも過去にものを送る能力だなんてすごいね!」

 秀人は嬉しそうな、でも難しそうな、アンビバレントな感情が入り混じった表情をしていた。

「それが何とも言えないわけよ。この能力は気軽に使っちゃいけないようでさ。何も考えずに過去にものを送ってしまうと歴史が変わってしまうんだ。下手すると自分の存在すら怪しくなる。そう考えると使いにくい能力だよな」

 タイムパラドックスか。自分が過去に手を加えたことで過去が変わり、その結果未来が変わるかもしれない、という話は小説や漫画などで聞いたことがある。

「能力が開花したのは嬉しいけど、使うに使えないってのがね。まあでも今まで能力なしで生きてきたし大丈夫っしょ! 能力なんてプラスアルファ程度に考えておくさ」

 そう言うと秀人は笑った。でも僕には無理しているように思えた。その能力の重みを弾き飛ばしたくて笑ったんではないかと、そう思わざるを得なかった。

「あれ? 倉田くん?」

 目の前にきょとんとした顔で、右手に水ヨーヨーを持った浴衣姿の松原さんが立っていた。

 黒を基調とした浴衣に赤いチューリップは映える。いやそんなことより何か返事をしなければ。

「松原さん! こっちは友達の秀人!」

 僕は助けを求めるかのように、秀人の紹介をした。

 秀人はちょっと驚いた顔でこちらを見たが、すぐに松原さんの方を向き、軽く会釈をして、

「片倉秀人って言います! よろしくお願いします!」

「片倉くんね! 私は松原未希です! よろしくね!」

 松原さんは両手を身体の前で揃えてちょこんとお辞儀した。それから僕は一つ気になったことを聞いた。ちょっと恥ずかしかったけど。

「松原さん、一人でお祭りに来ているの?」

「それがね〜、家族で来ていたんだけど、皆暑いからって先に帰っちゃったんだよね。私はせっかくだから、屋台もう一周してから帰ろうと思っていたんだ」

「あ! 悪いカズキ! 俺、店番しないといけないんだった!」

「え? 店ならさっきーー」

「じゃあな! 松原さん、すみません、ドタバタしちゃって! またお時間合う時にでもよろしくお願いします!」

 すると、秀人は僕の耳元で、うまくやれよ、とだけ呟いて祭りの喧騒の中に消えていった。そこで僕はようやく秀人の意図を理解した。

「えっと……、まだ時間ある?」

 恥ずかしさで、もじもじしたくなったが何とか声に出して聞いてみた。

「うん」

「じゃあもう少し見て回ろうか」

「うん」

 さっきの返事より笑みを含んでいたのは僕の気のせいだろうか。いつもの元気良く笑う姿とは別に、慎ましく微笑する姿もギャップがあってすごく、いや自分でそんなこと考えていて恥ずかしくなる。今は目の前のことに集中しよう。

 そのまま僕と松原さんは金魚すくいをやったり、盆踊りを眺めたり、ひょっとこのお面を買ったり、ゆったりとした夏の夜を過ごした。

 僕達は一通り歩き回った後、ベンチに腰掛けた。

「金魚すくいとか久しぶりだったな〜! いつ以来だろう?」

「私もすごく久しぶりだった! 相変わらず難しくて全然できなかったなあ」

「そうだね! お面なんか初めて買ったよ! 今までお祭りでよく見かけていたけど、なんだかんだ買わなかったんだよね」

「私もそう! でも、買えばよかったかなって帰り道にちょっぴり後悔するんだよね! ねえ、ちょっとお面貸して」

 僕は後頭部につけていたお面を外し、松原さんに渡した。受け取るやいなや松原さんはお面を被り、こっちを見た。

「どう?」

「いやそれは反則だって!」

 ひょっとこの頭から赤いチューリップが顔を覗かせているのがシュールで、とてもひょうきんだった。笑いが止まらず、僕はスマホでその姿を撮った。

 お面をひょいと上に上げてその写真を見ると、松原さんは涙を流しながら笑い出した。

「想像以上にヒドイね〜! 何これ! 下手したら警察呼ばれるよね!」

「身長160cm、小柄で黒い浴衣、顔はひょっとこのお面をしており、頭から赤いチューリップが生えている。なお犯人は依然逃亡中。みたいな不審者情報が流れるのかな」

「怖っ!」

 二人で笑い合って、笑いすぎて少し疲れてしまったところで、静かな雰囲気が訪れた。

 この空気。僕は自分の気持ちを伝えたくなった。言うなら今しかないと、今以上のシチュエーションはないと、そう思った。

「松原さん。実はさ、僕ーー」

 その時、爆発音と悲鳴が聞こえた。

「一体何!?」

 遠目から櫓が倒れるのが見えた。秀人が気になる。怖いけど、行くしかない。

「ちょっと見てくる。松原さんはここにいて!」

「いや私も行く」

 僕は止めようとしたが、彼女の眼差しからその決心の強さが伺えた。

 逃げゆく人々とぶつかりながら、秀人達の屋台を目指した。秀人の名前を強く叫ぶ。しかし返事はない。聞こえるのは悲鳴だけだ。

 ようやく秀人達の屋台にたどり着いた時、秀人が秀人のお父さんの隣でうずくまっていた。

「秀人! 早く逃げろ!」

 秀人のお父さんの声が聞こえる。

「何言ってんだ! 父さんも逃げるんだよ! 今どかすからな!」

 秀人のお父さんは崩れた屋台の下敷きになっていた。

「秀人、手伝うよ!」

 僕らが崩れた屋台をどかそうとした時、秀人のお父さんが声を上げた。

「言うことを聞け、秀人!」

 またもや爆発音が聞こえる。

「頼む。言うことを聞いてくれ。皆で逃げてほしい」

「ごめん、父さん……。俺、聞き分けの悪い息子なんだ」

 正直、僕は何をすべきかわからなかった。助けに来たはずなのに、秀人のお父さんの言葉通り秀人をそのまま連れて行けば良いのか、あるいはこのまま秀人と一緒に屋台をどかすべきなのか。その時、背後から一人の声が聞こえた。

「倉田じゃないか」

 振り返るとそこには高嶺が立っていた。

「高嶺! お前も早く逃げた方がいいぞ!」

「倉田。何か勘違いしていないか?」

 何を言っているのか僕にはわからなかったが、松原さんは察したようだった。

「高嶺くん! もしかしてあなたがこんなことを!?」

「ご名答。ようやく俺にも能力が開花したんだ。しかもとても素晴らしい能力だ。神は俺を見捨てなかったようだね」

「高嶺、なんでこんなことをするんだ」

「憂さ晴らしかな。今まで馬鹿にしてきた奴ら全員に仕返ししてやろうと思ったのさ」

「お祭りに来ている人達は何の関係もないだろう!」

「そうだろうか。皆内心俺のことを馬鹿にしてきたはずだ」

「そんなの高嶺くんの被害妄想じゃない! 許せない!」

 松原さんが高嶺に向かって水を放った。水は勢いよく飛び出したが、プツッと何かに飲み込まれるようにして消えた。

「無駄無駄。俺は全てを思い通りにする能力を手に入れたんだ。さて、こんなところで時間を無駄にしたくないので、そろそろ終わりにしよう」

 まずい。何か手はないのか。考えろ。あいつにも何か弱点はあるはずだ。

 いや無理だ。僕の能力じゃ敵わない。いつもの悪い癖。すぐ諦める。でもさすがに今回の相手は無謀すぎないか?

 それでも松原さんは諦めずに戦っている。出しては消され、出しては消されを繰り返しても、彼女は決して諦めない。

 僕はどうするべきなんだ。すると肩をポンと叩かれた。

「カズキ。女の子が戦ってんのに、もしかして諦めてねえよな〜?」

「い、いや、そりゃあ、ね、諦めてないよ」

 とても歯切れが悪かった。

「まあこんな状況だったら諦めたくなるよな〜」

 バレてた。

「ぶっちゃけ、俺も半ば諦めている」

 秀人の表情がちょっと柔らかくなった。

「え? それ言っちゃうのかよ?」

「まあよく聞け。あくまでも、半ば、だ。まだ可能性はあると信じているんだよ」

「何か作戦があるの?」

 秀人の目じりがキュッと上がる。その目は僕を捉えて離さなかった。

「1+1を70000にしてこい。カズキ、頼んだぞ」

 意識が遠のく感じがした。視界が真っ暗になっていく。

 そして、懐かしい匂いがした。

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