高嶺
その日の帰り際、下駄箱から靴を出し、代わりに上履きを入れようとしたら、声が聞こえた。
「倉田くん、奇遇だね!」
声のする方を振り向くと、無邪気な笑みを浮かべた松原さんが立っていた。
「あ、松原さん。これから帰るところ?」
「そう! 倉田くんも?」
「うん」
「じゃあ途中まで一緒に行こう!」
松原さんはささっと上履きを脱いで、下駄箱から靴を取り出して履き替えた。
機敏だけど乱雑さがない。自然にやっているところを見ると、いつもこんな所作なんだろう。って、なに観察しちゃっているんだ僕は。
「どうしたの?」
いつのまにか松原さんの方が先に行っていた。
「いや! 何でもないよ! 何でもない!」
僕は小走りで松原さんの元へ行き、そして一緒に歩き始めた。
「それにしても毎日暑いね〜! 私の水を操る能力で雨を降らせられたらいいんだけどな〜」
「雨が降らない地域でその能力使ったら、すごく重宝されるんじゃないかな?」
「そうだよね! もっと頑張んなきゃな〜! あ、そうそう! 赤いチューリップ、新しいのちょうだい!」
「こんなのでよければいくらでも出すよ」
こんなので、と言いながらも、僕は自分の能力を求められることが嬉しかった。
「ありがとう!」
赤いチューリップを受け取った松原さんは、その長くてしなやかな黒髪を器用にチューリップでくくった。
「どうよ?」
松原さんはニヤッと笑いながら腕を組む。自信満々だ。
「お似合いです」
「ん〜ちょっと考えたかな〜?」
「いやいや、前より早く言ったって!」
「冗談冗談! ありがとね!」
屈託なく笑う彼女の姿を見て、僕の身体は飛んでいきそうなくらい軽くなった。
「ちょっと待って」
急に顔が怖くなる松原さん。何かを見ているようだ。その視線の先を向くと、宮下、杉井、山本と高嶺が歩いていた。
そのメンバー構成だけで彼らが何をしようとしているのか全てわかる。
「行こう」
僕と松原さんは4人の後をつけた。学校のゴミが一箇所に集まる、人気のないゴミ捨て場へと4人は向かっていった。
ゴミ捨て場に着くやいなや、宮下は高嶺に向かって何かを言いながら炎の塊をぶつけようとする。そこで僕達が割って入った。
「いい加減、そういうのやめたら?」
4人がこちらを見た。
「なんだ、お前らか……」
宮下、杉井、山本はいつものようにニタニタと笑っていなかった。宮下はすぐさま火を消した。
「おもしろくねえ。行くぞ」
3人は逃げるように去っていった。一度やられたのが効いているらしい。
僕達は高嶺の元へ近づいたが、相変わらず彼は浮かない表情だった。
「大丈夫か?」
彼が僕達を見る目はとても冷たかった。何も信じられない、それゆえに誰に対しても敵意を向けるその目。
「どうせ君たちだって俺のこと馬鹿にしているんだろ。惨めなやつに手を貸して偽善者気取りか?」
「ちょっと高嶺くん! なんてこと言うの!?」
「いつ助けてくれと頼んだ? ただでさえ惨めなのに、助けられたことでもっと惨めになるんだよ」
高嶺はこんなやつなんだ。誰も信用できなくて、もはや自分自身さえも信じられない。
「倉田。お前、最近能力が開花したんだってな。それで高みの見物か? 噂に聞いたら赤いチューリップしか出せないようじゃないか。そんなしょぼい能力で調子乗るなよ」
松原さんが何かを言おうとしたところで、僕は手で彼女を制止した。
「いいんだ」
「痛いところを突かれてぐうの音も出ないか」
言われたい放題されて気持ちがいいわけがない。でも言い返す気にはなれなかった。高嶺の気持ちがわかってしまうから。能力の開花が遅れたり、開花した能力がどうしようもなかったりすると、焦ったりイライラしたりする。自分の置かれた状況に苛立ち、周りの素晴らしい能力を羨んだり、妬んだりしてしまう。
不条理な世界だと何度思ったことか。
「じきにわかるよ。というよりわかってほしい。僕にはわからせる力がないから」
そして僕は松原さんを連れてその場を離れた。
僕も高嶺と同様、諦めているのかもしれない。不条理な世界にしているのは自分だったりしてな。




