その笑顔はどこか懐かしさを覚える
「確か君は倉田くんだよね?」
「そうだけど、よく知ってるね」
「何度も宮下達に名前を呼ばれているのを聞いているから」
「あ……そっか」
頻繁に宮下達にちょっかいを出されているのは自覚していたけど、まさか赤の他人に名前を覚えられてしまうほどとは思わなかった。
「それにしても、なんで二度も助けてくれたの?」
「見過ごせなかったのよ。宮下達、いつもやりすぎるしさ」
目元に力が入ったような、と思ったらすぐに緩んで、彼女は視線を斜め下に移した。
「それになんとなくだけど、自分の能力に思い悩んでいるのかな、って思ったから。なんだか自分の境遇に似ている気がして居ても立っても居られなくなったって感じかな」
「そうなんだ。あの、二度も助けてくれてありがとう。僕一人じゃ何もできなかった」
「私の方こそ何もできなかったよ。自分から割って入って、君を助けに来たのにね」
彼女は視線を上げ、いつものように口角をキュッと上げて笑った。
「そうだ、君の名前、まだ聞いていなかった」
「ごめん、言ってなかったね。私は松原未希。よろしくね!」
「松原さんって言うんだ。よろしく」
「ピンチの時は私が助けにくるよ〜! なんてね! もう倉田くんは能力上手に扱えるし出番はないかな?」
「まああまりピンチに陥りたくないよね」
僕は素直に言うのが妙に恥ずかしくて答えをずらした。
「まーそうだよね。平和が一番! じゃあ私そろそろ次の授業が始まるからこれで行くね」
パッと翻って校舎に向かおうとした松原さん。
「あ! 言い忘れてた!」
そう言って赤いチューリップが挿さった頭が振り返る。
「さっきの技! かっこよかったぞ!」
親指立ててグーサイン。
小学生が誕生日プレゼントをもらった時のような笑みだ。これが眩しい笑顔というやつなのか。
というか僕、いつのまにかタメ口で話していた。まだ知り合って間もないし、それに年上かもしれないのにいいんだろうか。
そんなことを考えていたから何も答えられなかったのだ、と自分に言い訳をして恥ずかしさを隠した。
校舎の方へ走っていく松原さんを見ながら余韻に浸っていると、聞き慣れた声が飛び込んできて我に返る。
「カズキ〜、いつの間にあんな可愛い子と知り合ったんだ?」
僕の肩に手を回しながら僕の下の名前を呼ぶ声の主は、顔を見ずともわかってしまう。
「からかうのはやめてくれ。秀人」
右を見ると、眼鏡をかけ程良く日焼けした好青年の顔が。何ニヤニヤしてんだ。
「まあそんな煙たがるな。様子を見に来たんだよ。どうやら遅かったみたいだけどな」
そこへ先生が走ってやってきた。
「何の騒ぎだ!」
面倒事に巻き込まれそうだ、と思ったと同時に、スッと何のためらいもなく、秀人が僕の前に出た。
「先生、実はこいつが練習熱心でして、『練習終わり』と言われた後でも続けてしまったんです。まあでもまだ開花したばっかでしょ? それで能力がちょっとばかし暴走しちゃってこの有様で……。とはいえ最初だから仕方ないですよね? 倉田も故意ではないし、どうか勘弁してやってくださいよ〜」
「う〜む……。まあそういうことなら仕方ないな……。次の授業もあるから早めに片付けておけよ」
「もちろんですとも!」
秀人お得意の口のうまさだ。それに加えこの健康そうな笑顔ときている。先生を丸め込めないわけがない。
「秀人っていつもうまいことやるよな」
「ん〜そうか? カズキは俺のこと賢くていつも冷静で物事を考えてから行動できる、って褒めてくれるけどさ。俺からすればカズキのいざって時にめっちゃ頭の回転速くなって、1+1が70000でも許せちゃうくらいこの世の概念ひっくり返すような発想に至る方がすげえと思うよ」
「自分ではあまりそうは思えないけど……」
と言いつつも、やっぱり嬉しい。
「確かに。ちょっと盛りすぎたかも。ごめん、訂正するわ」
喜んで損したかも……。
「な〜んてな! それより早く片付けちゃおうぜ!」
「そうだね! でもこれだけの量を片付けるとなると骨が折れるなあ……」
「まあこうなるだろうと思って、とっておきの秘策を持ってきたわけよ!」
すると目の前に広がる大量の赤いチューリップがぞろぞろと動き出した。しまいには宙に浮いてひとかたまりになり、校庭の隅へと飛んで行って落ちた。
「え!? どういうこと? もしかして秀人も能力が開花したの!?」
「いや違う。今やったのは弟の拓人だ」
秀人が右手で指した先に、拓人が立っていた。僕と目が合うと、微笑みながら軽く会釈した。僕もそれに合わせて会釈をした。
「わざわざ呼んできてくれたんだ! ありがとう!」
「同じ学校とはいえ学年が違うから呼ぶのに少しばかし時間かかっちゃってな〜! 次なんかあった時はもう少し早く来るから!」
その言葉がじんわりと身体に染みた。秀人は何気なく言っているとは思うけど、そんな言葉の一つ一つが嬉しいんだ。
「ところで、一つ頼みがあるんだがいいか?」
「何?」
「今度町内会の夏祭りがあるだろ? あれで父さんが屋台を出すんだけど、欲張っちゃってさ。焼きそば、かき氷、わたあめ、3つもやることになったんだよ。調理器具も被っていない食べ物をわざわざ3種類も用意したせいで人手が足りなくて。カズキ、もし時間あったらちょっと手伝ってくれないか?」
「大丈夫。夏祭りの日は予定ないから是非手伝わせてもらうよ」
「お! サンキューな!」
相変わらず健康的な笑顔が太陽の光を反射してより健康的に見える。
夏祭りか。久しぶりだ。いつ以来だろう。
その時、頭の中が霞みがかるような感じがして、僕は考えるのをやめた。考えたくなかった。
今は祭りの日を楽しみにしよう。