訓練開始
3限、僕は先生とマンツーマンで能力の訓練を受けていた。校庭には大量の赤いチューリップが散らばっていた。
「倉田。もっと集中しろ。まずは狙って一輪出せるようにコントロールするんだ」
僕の能力は相変わらず赤いチューリップだけが出るものであった。ようやく出そうと思えば出せるようになったが、力加減が難しく、ちょっと力を入れすぎるとたくさん出てきてしまう。
「少しずつ力を入れて、一輪だけ出る感覚をつかもう」
それから20分くらいすると、一輪だけ出せるようになった。しかしまだ出現させる位置が定まらない。
「力の調整だけでなく、どこに出すのかをイメージしろ」
結局出現させる位置についてはなかなか感覚がつかめず、授業は位置の訓練で終わってしまった。
「よし時間だ。一旦練習はやめるから、チューリップを片付けておいてくれ」
「はい、わかりました」
「まあそう落ち込むな。何事も最初からうまくいくわけない」
先生は汗だくな僕の肩をバシッと叩いて励ましてくれた。でも、ただでさえ僕は遅れて能力が開花した人間だ。もっと先に行かないと。
「そうですよね。ありがとうございます」 口では先生の言葉に納得しているようでも、実際には焦りを感じていた。
僕は校庭に汗を垂らしながら、散らばったチューリップを一箇所に集めた。その時、熱気を感じると同時に、目の前の赤いチューリップが真っ黒になった。
「よう、倉田。片付け手伝ってやったぜ」
宮下と杉井、山本がニヤニヤしながら立っていた。別に赤いチューリップはいくらでも出せる。けど、目の前で燃やされて良い気分にはならなかった。
「またか……」
「あ? 聞こえねえって。それよりお前能力の練習したんだろ? ちょっと見せてくれよ」
「いや見せるほどのものじゃないって」
「見せろって言ってんだから見せろよ!」
宮下は急に手を僕に向けて炎を出した。体がすかさず動いて炎を避けたものの、すぐに足がもつれて転んでしまった。
「おっ、上手上手! 良い能力持ってんな!」
三人はゲラゲラ笑う。
「さて、次はどうかな!」
宮下は転んだままの僕に向かって炎を放った。
やられる。でもしょうがない。こんな能力なんだから。
ジューッと、焼肉を焼き上げるような音が爆音で聞こえた。
「あんた達、懲りないわね」
そこにはさっきの女の子が立っていた。まだかんざし代わりに赤いチューリップを黒髪にさしている。
「またお前か。邪魔だ」
今度は僕ではなく彼女に向かって宮下は炎を出した。彼女はそれを水で打ち消す。
「さっきも言ったけど無駄だから。相性最悪なの」
あくまでも強気な彼女。しかし、全く動揺しない宮下、杉井、山本。
「お前バカか? 相性なんか関係ねえよ。思いっきり炎を出してしまえばな!」
これまで以上に大きな炎を宮下は彼女に向かって放った。すかさず彼女は水で打ち消そうとする。
「そんな少量の水でいつまで耐えられるんだろうな」
宮下、杉井、山本の三人は余裕そうに笑いながらそう言った。
「私をなめないで」
そうは言っても苦悶の表情を浮かべる彼女。僕から見ても彼女が不利なのはわかっていた。
このまま尻餅ついたままでいいのか? 僕は何もしなくてもいいのか?
でも僕には能力がない。こんな能力じゃ戦えない。無理なんだ。こんな能力じゃ……。
炎は水に打ち消されながらも、じわりじわりと彼女に近づく。
ますます苦しそうな彼女。
いやでも無理だ……。誰か助けてほしい。この状況をどうにかしてくれ。
ーー能力ってのは使い方次第だから。
ふと彼女の言葉を思い出した。使い方次第?
そうか!
僕は立ち上がってすぐさま宮下、杉井、山本の方を見た。
ここにありったけの赤いチューリップを落とせば!
「なんだこれは? こんなんで俺達をどうするつもりだ?」
宮下、杉井、山本に落ちたのは数本の赤いチューリップだった。なんでこんな時に限って少ししか出ないんだ。練習の時はコントロールできなくて、いっぱい出てきていたのに。
「倉田。お前はあとで焼いてやるからそこでおとなしく待ってろ」
三人に笑われただけだった。大量の赤いチューリップの重みで三人を潰すという作戦はあっけなく失敗した。
やっぱり僕には何もできないのか。無能なんだ……。
「諦めんな!!」
彼女の声だ。僕は彼女の顔を見て驚いた。
泣きながら戦っている……。
「まだ自分の能力を信じていないの!? 正直言って私の能力だって大したことないんだよ! これだったら水道の蛇口ひねった方がマシだ、なんてこと何度も思ったことがある! でももうこれが私の能力だから! 悔しくても戦うしかないの!!」
ダメなのは能力じゃない。僕自身だ。
「おいおい。ピーピーうるさいぞ。これで終わりにしてやる!」
「いや終わるのはそっちだ」
僕は願った。波打つ赤いチューリップの大群を。
山をも超える赤い波が僕の背後に湧き上がる。赤いチューリップの波は僕と彼女を持ち上げると同時に、宮下、杉井、山本に流れ込んだ。
宮下は炎を出して抵抗するも間に合わず赤い波に飲み込まれていった。
赤いチューリップの中で座り込んでいる彼女に近づき手を差し出すと、彼女は手を取って立ち上がった。
「君、意外とやるじゃん」
彼女は口の端をキュッと上げて白い歯をきらめかせながら笑った。
「いや、君のおかげだよ。ありがとう。自分を信じないとダメだね」
「わかったのならよろしい。しっかりやれな!」
彼女の拳が僕の胸元にぐっと当たった。
「ごめん、こういうクサいことやってみたかった! こういう時しかできないからね〜」
その拳は不思議と痛みがなく、ただ衝撃だけが残って五臓六腑に染み渡った。