赤いチューリップの青年
ある朝目覚めると、部屋は赤いチューリップで埋め尽くされていた。
床に敷いていたはずの布団も見えなくなり、僕は大量の赤いチューリップの上に寝ていた。もしや、と思い、僕は赤いチューリップが落ちてくるイメージをしてみたところ、ボトボトと赤いチューリップが空中から落ちてきた。
「よっしゃー!!」
自分しかいない部屋でつい声を出してしまった。僕はようやく能力を手に入れたのだ。
他にも何か出ないかどうか、試してみることにした。
しかし、何度やっても赤いチューリップしか出なかった。ちなみにどれも球根なし。花弁と茎と葉、それで一組のものがボトボト虚しく落ちるだけであった。
能力が発現した喜びは絶望へと変わった。僕の能力は球根のない赤いチューリップを出すだけ。
窓から見えた空は快晴。僕をあざ笑っているかのようだった。
「そうか! おめでとう!」
先生に能力が発現したことを話した時、そう言った。
「じゃあ早速今日から能力の運用訓練をしていこうな。体操服を着て3限の初級演習に出てくれ。それにしても本当よかったな! 基本的には15、6歳には能力が発現するのに、倉田は17になってもその兆候が見られなかったから心配してたんだぞ? あとは高嶺だけだな……。ところで、どうしたんだ、そんなに落ち込んで? せっかく能力を手に入れたっていうのに」
怪訝そうな顔で詰め寄る先生に圧迫され本音を言おうか迷った。
「その……能力を手に入れたと言いましても、赤いチューリップが出るだけじゃないですか……」
「ああ。それがどうしたんだ?」
先生の顔を見て、僕は自分の思っていることを正確に伝えられる自信がなくなってしまった。
「いえ、特に何でもないです」
「お、そうか。能力を手に入れてから戸惑うこともあるだろうから、何かあったら気軽に相談するんだぞ」
はい、とだけ返事をして、職員室を後にした。
職員室から出ると、宮下と杉井、山本が立っていた。
「倉田。お前、能力手に入れたんだってな」
宮下がニヤニヤしながら近づいてきた。
「能力見せてみろよ」
僕は黙っていた。どうせ笑われるのがわかっていたから。しかし怒りは収まらず全身に力が入ってしまった。すると、僕の目の前に赤いチューリップがいくつか現れて落ちた。
「おい、お前ら今見たか? 噂に聞いていた通りだな。どうやら本当に赤いチューリップしか出ねえようだ!」
三人は廊下に響き渡る声で僕を笑った。悔しい。けれど僕の能力は彼らの言う通りだ。また怒りで力が入り、どんどん赤いチューリップが出てしまう。僕は自分の能力が発動されるのが恥ずかしくて、地面に落ちた赤いチューリップをかき集めて身体で覆いかぶさり見えないようにしようとしたが、早く集めたいと焦れば焦るほど赤いチューリップが出てきてしまった。
「大便もらしてるみたいだな」
その杉井の発言が余計笑い声を大きくさせる。でも僕はただただ出てくる赤いチューリップを集めることしかできなかった。
「あんたら性格悪いわね~」
声がした方を見上げると、腰に腕を当てて仁王立ちしている女子がいた。口元は右にクッと上がり、微笑していた。
「誰だお前?」
「別に誰でもいいでしょ? それより、そんなことしてて楽しいわけ? 悪趣味すぎやしないかしら」
「何だと?」
宮下がその女子の方へ詰め寄る。
「女だからって手加減しねえぞ? お前一人くらい一瞬で丸焦げにすることもできるからな」
「申し訳ないけど私は水を出せるから、なかなか丸焦げにはできないでしょうね。というか、私と戦うよりも逃げた方がいいんじゃないかしら? 皆、あんたらが悪いことはわかっているからね。先生を呼んでみる? ちょうど職員室の前だし」
「まあ他にも高嶺とか遊び道具はあるからな」
宮下は女子を睨みつけた後立ち去った。
「ねえ、その赤いチューリップどうするの? 捨てるならもらってもいい?」
黙って抱えていた赤いチューリップを彼女に渡した。
「どうもありがとう! 綺麗な赤ね。これだけあれば、部屋に飾ったり、近所に配ったりできるわね。庭に埋めるのもありかしら。でも球根がないわ。他には……かんざしの代わりにもなりそう!」
彼女は腕に抱えていた赤いチューリップを僕に返すと、そこから一本取ってかんざし代わりにした。長い黒髪を器用に操って赤いチューリップでまとめてしまった。
「どう? 似合うかしら?」
赤い花弁が頭からひょっこり顔を出しているのが少々滑稽にも見えたが、そこがまた可愛らしさを引き出しているようにも思えた。
「はい……似合うと思います」
「今ちょっと考えたでしょ? こういうのはサッと言わなきゃダメよ!」
「いえ、そんなことは……」
「まあいいわ。とにかくこの赤いチューリップはもらっていくわね」
僕の腕からたくさんの赤いチューリップを取り上げて、反転して立ち去ろうとした。
「あ、そうそう、言い忘れてた。能力ってのは使い方次第だから。それじゃ」
それだけ言って、彼女はすたすた歩いていった。背中で語る制服姿の女子、頭には赤いチューリップ、印象に残らないわけがなかった。