遺書
先生。覚えていますか。
あの日、私に言った、無邪気で残酷なこの世の理のような言葉を。
私は覚えています。
先生が言ったその言葉を、一言一句、覚えています。
先生は言いました。
「まるで世界の中心に置き去りにされたような、酷い表情をしている。そう、孤独の顔だ」
「いったいなぜ、そんな顔をしているのか。置き去りにしたのは君ではないか。両親を残して生き残ってしまったのは君ではないか。君の周りには世界が広がっているというのに、君の両親は闇に沈んでしまった。君はなんて親不孝な娘なのだ」
そう言いました。両親を事故で亡くした私に、そう言いきりました。
孤独なのは両親で、置き去りにしたのは私で、私の周りには世界が広がっていると教えてくれました。
解釈が少し前向きすぎたでしょうか?
それでも私はその言葉に救われました。
そして私は、親の死ではなく自分の孤独に嘆いていた、本当の親不孝者なのだと知りました。
以来、私は貴方を先生と師事するようになったのです。
初めて私が貴方を先生と呼んだとき、先生は眉間にしわを寄せて嫌がっていましたね。
「私をなんの先生にしたいというのだ」
そう言う先生に、すべてにおいて貴方を師としたいと私は言いました。
「私なんぞ、師にするべきではない。私は私を肯定しているが、この世は私を肯定しないだろうから、やめておきなさい」
「では、私も先生を肯定して生きていきます」
そういうと、呆れたように勝手にしなさいと言ってくれました。
とても。ええ、とても、嬉しかったんですよ。
さてと、話は変わりますが、なぜ突然こんな手紙をしたためたのか、理由を聞いてください。
きっと、先生は興味すらないのでしょうが、なんやかんやと先生は優しいから、最後まで読んでくれるって信じてます。
私、死のうと思うんです。
ああ、この手紙が届く頃には、私は死んでいるのでしょうか?
先生。
私に、私の周りには、世界が広がっているってことを教えてくれて、ありがとうございました。
その言葉に救われました。
でも、先生。
広い世界は、広すぎるこの世界は、私には孤独すぎました。
先生に出会えたことで、少しの間ですが、先生と過ごせたことで、私は満たされてしまいました。
もう思い残すことはありません。
私も両親のように闇に沈みます。先生は両親が孤独だと言ったけれど、闇の中に溶けてしまえば、きっと寂しくなんかありません。
闇に溶けて、いつか先生が来たときに、受け止められるよう、待っています。
今まで、ありがとうございました。
もしも、生まれ変わったら、また、先生と出会って、先生と過ごせたらいいなって思います。
それでは、先生。さようなら!
お元気で。
親愛なる先生へ、貴方の救った弟子より愛をこめて。
追伸
先生、世界で一番大好きでした!
手紙を読み終えた私は、あの子のわがままで1枚だけ撮った写真を見た。
眉間にしわを寄せた私と、嬉しそうに笑うあの子が写っている。
「君は、私を好きだというが、共には生きてくれないのだね」
小さくつぶやく。
この部屋で、もう二度と、あの子の声は響かない。
「珍しく、感傷的だ」
どうでもいいなんて、思ってたつもりだったのだが。案外、あの子のことを気に入っていたらしい。
気に入らない。
寂しいなら、そういえばよかったのだ。
「泣いてはやらない」
またいつか、会えるだろうか。あの子に。
来世など、くだらないが。
死の先は孤独だと教えたはずなのに、馬鹿な弟子は死んでしまった。私からいったい何を学んだのだと説教をくれてやりたい気分だ。
「でも、まあ、仕方あるまい。弟子が待っているというのだ」
私も、死のうか。
失礼しました。