段ボール箱。
段ボール箱。小石に躓いたと思ったら、そこの家の玄関に、段ボール箱が置かれていた。
如何にも捨て猫が入ってそうな、小汚い、端の千切れた箱。雨にでも濡れたのか、しなしなになっていて、昨日今日で放置されたわけではないようだ。
俺は眼下のスマートフォンに目を遣った。今のご時世、これがないとやってけない。ただ俺の脳の片隅には、何時までも今朝見た段ボール箱が蔓延っていた。
授業中。教師が大儀そうに黒板に文字を書き連ねる。如何にもダルそうな口調の話は、耳に入ってこない。だから段ボール箱。それがずっと頭の中を反芻していた。
休み時間、後ろの席の塚田が話しかけてくる。段ボール箱。不意に塚田が、そう口に出した気がしたのだ。冷静になってそんなはずないな、と思考する。恥ずかしい。
俺はノートに書き記していた。段ボール箱。ぐしゃぐしゃに崩した字体で、気が付けばペンを動かしていた。教師に問いを投げかけられても、頭の中は段ボール箱でぎゅうぎゅうに圧迫されていて、とうとう返答出来なかった。
段ボール箱。思想がぐちゃぐちゃに散らされるように、記憶の奥底からその言葉がわき上がってくる。段ボール箱とは、朝に見たアレの事なのだろう。何を執着しているのか。自分でも分からない。
俺はショートホームルームが終わると、即座に教室から飛び出した。塚田が俺を引き留めるが、気にしてはいられない。段ボール箱。それが気掛かりで、仕方がないのだ。
校門を潜る。灰色の世界。空模様も、地のアスファルトも、道行く人の誰もが、灰に色づいている。だが、蹴っ飛ばして行く。
段ボール箱。はっ、はと息を吸うたびに、頭に浮かんではじけた。鼓動が速さを増すごとに、頭が割れるような痛みに襲われる。
そして辿り着いた。段ボール箱。それに。
俺は意を決して、荒い呼吸をそのままに、地面のそれを覗き込んだ。
段ボール箱の中には、男の生首が入っていた。
―――俺は早々と帰宅してきたものの、その目的をすっかりと忘れていた。なんとも間抜けな話だ。
「段ボール箱」
口をついて出た言葉だったが、俺はハッとして息を呑む。段ボール箱。今日の俺はどうかしてる。
無理やり思考を遮って、俺は深くベッドに潜り込んだ。明日にはきっと、『段ボール箱』の事なんて、頭から消えているはず。
翌日、玄関先の段ボール箱はそのままだった。俺は気にも留めず、目下の画面をスクロールした。
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