七話~濃厚な一日~
目の前に広がる光景はまさに地獄だった。
破壊された家屋は既に人が住める代物ではなく、感覚を強化しなくても分かるほどの鉄臭さが村中に蔓延している。
決して広いとは言えない村は既にその役割を放棄しており、その中には死にながらにしてこの世に留まっている人型が数十人は見える。
どうやら村民の全員がアンデッドになったわけではないようだ。
村の中には体の大半を食い千切られたまま動かない死体の方がむしろ多く存在している。
だがカズモリの心を何よりも抉ったのは、一部のアンデッド達の行動だった。
ただただ目的も無さそうに徘徊しているもの、苛立ちをぶつけるように家屋を破壊しているものの中に混じって、明らかに様子の違うアンデッドがいる。
(泣いている、のか?)
座り込み、腕に何かを抱きながら吠えている。
喉が食い破られているのだろう。声を上げようとしても喉に開いた穴から空気が漏れるのみで音にならない。
抱いているのは、子供の死体だった。
ならば吠えているアレは親なのだろうか、それとも友人か。
血塗れの顔は遠目からでは性別すら判別が出来ない。
カズモリが隣にいるハルカを見ると、遣り切れないような表情で爪が掌に食い込み血が出るほど強く拳を握っていた。
「……それじゃあお願いカズ。少しでも早く楽にしてあげないと」
「……ああ、大丈夫だよハルカ。きっと上手くいく」
そう言うとカズモリは前へ踏み出し、予定通りに魔法を行使した。
既に魔導馬車の中でアンデッド化した村民をどうやって救うかは決まっていた。
カズモリが検索魔法で調べたところ、アンデッド化した人間はただ倒すだけでは魂が救われることにはならないとあった。
それもその筈。アンデッドとはこの世に強い未練を残した魂が肉体から離れず、結果的に死んでいながら生きているという矛盾を抱えた存在になったものを指す。
その肉体を打ち倒しただけでは魂は残り、ゴーストと呼ばれる魔物になってさらに広範囲の人を襲う。
ハルカは「たぶん突然魔物に殺された時の怒りや無念が未練の根本の筈だから、元凶を退治したことを伝えれば何とかなると思う」と言っていた。
実際にこういったケースではその方法で殆どのアンデッドは救われるらしいが、何人いるか分からないアンデッドの全てにその事を伝えていては夜が明けてしまうとカズモリは考えていた。
そこで思いついたのが『光魔法』による浄化だった。
カズモリが調べたところ、『光魔法』には『ホーリーレイン』という彷徨う魂を安らかに浄化する対アンデッド・ゴースト用の切り札同然の魔法が存在する。
これを村全域に向けて放ち、一斉に浄化してしまおうというのがカズモリの作戦だった。
勿論そんな広範囲に魔法を行使するなど常識では不可能だ。
だがカズモリは代償魔法ならば可能だと確信していた。
昼間にツインバロンの魔石を取り込んでからというもの、行使する魔法の一つ一つが想像以上の規模で発動している。
現に先程のツインバロンを『イクスノヴァ』で吹き飛ばした際には明らかに過剰な規模の爆発が起きた。
それを踏まえても腕一本、それだけ代償にすれば間違いなく村全体を覆う規模になるという自信がカズモリの胸の内を占めていた。
ハルカは腕一本という代償に否定的だったが、「再生魔法で直してくれれば大丈夫だよ」というカズモリの言葉に渋々納得した様子だった。
やがて薄暗かった村全体が空から降る純白の光に覆われる。
それは死者に救いをもたらす奇跡の光であり、まるで子供を包み込む母親の様な慈しみを感じる美しさだった。
その光をアンデッドは拒むことなく受け入れる。
一人、また一人と光に包まれた後に体が粒子となって消えてゆく。
まるでその光が自分たちを救ってくれるのだと理解しているように、廃屋の中からも幾人かのアンデッドが光に縋るように飛び出しては包まれていく。
ものの数分で光は収まり、村の中には静寂だけが訪れた。
「……終わったのか?」
「うん、何も聞こえなくなった。たぶん全員の魂が浄化されたと思う」
「そっか。はあ、良かったぁ上手くいって」
「お疲れ様。今腕直すね」
そういって幾らか和らいだ表情でハルカはカズモリの腕を再生させる。
「……はい、終わり」
「ああ、ありがとう。――なあ、村はこのままでいいのかな?」
「うん。後は生き残った人たちに任せよう。私達が勝手に弄るわけにもいかないしね。ギルドに報告すれば私達の役目は終わり」
ハルカはそう言いながら馬車に戻っていく。
「はあ、初日からとんでもない重労働をした気がする……」
カズモリも小さくぼやきながらハルカに続く。
ただの死体すら粒子となったのだろう、ふと振り返った村にはもう人影は一つもなかった。
すっかり暗くなった森を光魔法で照らしながら街へ戻っていく。
相変わらず揺れる車内で、精神的に疲れたのかハルカは乗り込んで数分もしない内に「リバイブに着いたら起こして……」と言いながら早々に寝てしまっていた。
どうやら目的地をリバイブの町に設定したので勝手に移動してくれるらしく、帰り道で迷うことはまずないとカズモリに告げていた。
動力源の魔力も一定の出力で自動的に供給されるので問題ないとのこと。
「しかしまあ、案外マイペースなんだなぁ」
しかしカズモリは道中の心配よりも就寝中の美少女に意識を向けないように必死だった。
「勘弁してくれよ……」
そもそも今日出会ったばかりの異性に寝顔を晒しているとはどういうことか。
警戒心ゼロとかそんなレベルではない。
自分が異性扱いされていないのではと落ち込みかけたが必死に堪える。
そしてカズモリを悩ませている当の本人は隣で静かに寝息を立てていた。
「すぅ……すぅ……」
「…………」
「すぅ……すぅ……」
「…………」
女性経験ゼロのカズモリには可愛らしい寝息だけでも強すぎる刺激だった。
「ああ、そういや一度もこの世界で食事してないなあ」
まるで自分を誤魔化すように無理矢理絞り出した呟きは、口にした本人に疑問を与えた。
「あれ? でも腹減ってないな俺」
これはもしかして餓死する羽目になっても苦しくないようにという配慮だろうかという結論に達したカズモリは、再びハルカに意識を向けてしまう。
ちらりと隣を見ると、目と鼻の先には横たわって寝ているハルカが嫌でも目に入るので大変困っている。
そんな悶々とした気持ちのままカズモリはリバイブへと帰還した。
「大丈夫か? もう少し早めに起こせばよかったかな」
「だい、じょぶ。寝起きはいつも、こんな感じだから……」
カズモリは未だに覚醒できていないハルカと共にギルドへ向かっていた。
リバイブに着く直前にハルカに声を掛けて起こしたはいいのだが、カズモリの想像以上に寝起きは頭が働いていないようで、魔導馬車から降りてアイテムボックスに収納するという動作に五分以上もかかった。
ギルドの目の前まで辿り着いた時点でようやく通常のテンションに戻ったハルカとカズモリは中に入る。
と、中に居た全員の視線が二人を捉える。
面食らったカズモリだが、そういや今回の依頼はヤバイ難易度なんだったか、とようやく思い出した。
そのまま受付に向かうと、一人の男性が二人に向かって歩いてきた。
その男性を見たハルカが「あの人が今回の依頼者」とカズモリに小声で告げた。
「な、なあアンタ等、あの依頼を成功させてきたのか?」
「はい。何とか無事に」
おずおずと話しかけてきた男性にカズモリが依頼の成功を告げると、彼はその場に泣き崩れた。
「そうか、ありがとう……本当に、ありがとう……」
それと同時に、ギルド内に咆哮が響き渡った。
「「「うおおおぉぉーーーー!!!!」」」
いきなりの爆音に二人が固まっていると、何故か冒険者の中から喜ぶ人と悔しがる人が現れ始めた。
「畜生っ まさかこんなに早く帰ってくるなんて!」
「はっはっは、ほれ見たか! 絶対に夜明けまでには終わると踏んでたぜ俺は」
「おいこらさっさと寄越せよ――あ! コラ、ネコババするなぁー!!」
喧騒から聞こえてくる音声によると、どうにも全員で夜明けまでに依頼を成功させて戻ってこられるかどうかで賭けをしていたようだ。
「……なあハルカ、冒険者って連中は皆こうなのか?」
「いや、それは流石に失礼だと思うよ」
ヒクヒクと引きつる頬をカズモリが必死に抑えながらハルカに尋ねると、呆れたような声色とは裏腹にその表情はどういう訳か可笑しくて仕方ないと言わんばかりに笑顔を浮かべている。
呆気にとられたカズモリだったが、ハルカと冒険者達を交互に見ている内に自然と吹き出してしまい、気が付けば声を上げて笑っていた。
気が付けば依頼人も泣きながら笑っている。その表情はどこか救われたかのような印象をカズモリに与えた。
不謹慎だと言われるのかもしれない。
つい先程まで大勢を殺した獅子と、死して尚この世に留まり続けた人間をあの世に送ってきたばかりだというのに、こうして楽しい気持ちになるなんて。
だがカズモリは、自分の感情を間違いだとは思わなかった。
今回の犠牲者を悼む気持ちはある。同情だってしている。
だが自分達がいくら悲しんだところで彼等は帰っては来ないのだ。
ならばせめて、残された者達が笑ったっていいではないか。
そう思いながらカズモリはこの世界で初めて口にする食事を存分に楽しんだ。
この日、ギルド内では天上まで騒がしさが届くのではないかと思われるほどの大規模な宴会が催された。
「頭痛い……」
「はい水」
翌朝、二日酔いで完全にダウンしているハルカをカズモリが介抱していた。
酒が飲める年齢だったのか、という事に最初は驚いていたカズモリだが、一杯目で早速ダウンした酒耐性の低さにも驚いた。
「何であんなに弱いのに飲み始めたんだよ」
「勢いで……つい」
「次からは気を付けような」
テーブルに突っ伏しているハルカの様子を見ながら、そういやまだギルドカードを見せてもらってなかったから年とか知らないなあとカズモリが考えていると、ギルドの係員が二人に話しかけてきた。
聞くと、カズモリとハルカは今回Aランク相当の依頼を達成した特別措置でギルドランクがBまで上がるらしい。
報酬金は既にギルドカードに振り込まれているが、依頼人が村の唯一の生き残り、さらに全財産と言われては受け取りづらい、という空気になっていた二人は半額で構わないと事前にギルド員と依頼人に伝え、依頼人にも話を通してもらっていた。
カズモリが残高を確認すると、2万Gほど所持金が増えている。
「なるほど、Aランクの依頼で金額しか貰えないなら他の人達が乗り気にならない筈だな」
「うん、みんな自分の命がかかってるからね。そういうカズは本当に半額で良かったの?」
「いいよ。金の為にやったわけじゃないし、ランクも一気に上がったしな」
流石に「ハルカを放っておけなかったから」と言い出すのは恥ずかしかったため、曖昧に誤魔化しているとようやく頭痛が収まってきたのか、ハルカは立ち上がってカズモリに向かい合った。
「改めてお礼言うね。今回はありがとう、カズ」
「……ああ、こっちこそハルカのお陰で結果的にランクも上がったしな。ありがとう」
「私はもうしばらくはこの町に居るから、またパーティー組もうね」
「了解だ」
「……じゃあ、私はこれで」
「ああ、俺は街を見てくるよ」
言葉を交わし、カズモリは街中を散歩しに、ハルカは今日の依頼を確認するために掲示板へと向かった。
カズモリがギルドを出ると、眩しい、しかし暑すぎない日差しが注いでいた。
「今日は過ごしやすい気温だなあ」
カズモリの二度目の人生、二日目の朝がこうして始まった。