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五話~冒険者始めました~

 ギルドの扉を開けると、そこにはファンタジーの定番と言える光景が広がっていた。

 大きな掲示板には依頼と思われる紙が所狭しと貼られており、飲食店か喫茶店を連想させる椅子と机には多数の冒険者が昼間だというのに酒を飲み交わしている。


 カズモリは奥に見える受付に行くと、人当たりが良さそうな女性の係員に冒険者になりたい旨を伝えた。


 「すみません、冒険者登録をしたいのですが……」

 「はい。ギルドのご利用は初めてでしょうか?」

 「はい。そうです」

 「かしこまりました。それでは簡単に説明をさせて頂きますね」


 曰く、冒険者はギルドカードと呼ばれる名刺代わりのカードを配布され、そこに魔力を送ればそれだけで個人情報が登録されるらしい。

 依頼の報酬金は自動的にカードに振り込まれるようになっており、この世界のクレジットカードとしてほとんどの店舗ではこのカードで支払いまでできるそうだ。


 登録される情報は『名前』『年齢』『ステータス』『冒険者ランク』の四つ。

 『冒険者ランク』とはその人が冒険者としてどれだけ実績があるかの目安となる階級のこと。

 『F~A』までが一般的なラインで、さらに上には『S』から『SSS』まであり、上に行けば行くほど冒険者としての格が上がっていくということになる。


 ランクは依頼をこなしていくことで上がっていく。

 クリアした依頼の難易度をギルド側でチェックし、内容に応じたポイントをギルドカードに加算し、一定以上になればランクが上がっていくが、例外としてギルドや周囲に大きな影響を及ぼした冒険者は特別にランクが上下することもある。

 依頼にも『F』から『SSS』までのランクが設定されており、依頼者とギルドが相談し合って決めている。

 一度に受ける依頼の数はソロなら一つ、パーティーを組んでいるなら三つまで受けることが出来る。

 これは依頼を特定の冒険者やパーティーが依頼を独り占めしないようにとギルド側が定めた規則だ。


 ランクによる依頼の受注は制限されていないが、これは「冒険者ならどんな依頼を受けようと自己責任である」という考えがこの世界では一般的であるかららしい。


 「以上で簡単な説明を終わります。それではこちらのカードに魔力を通してみてください」


 差し出されたカードに、魔法を使う際の感覚を思い出しながらカズモリは魔力を込める。

 するとカードは白い光に覆われ、数秒後にはカズモリ専用のFランクのギルドカードが完成した。


 「以上で登録は終了です。そちらの掲示板に依頼が貼ってありますのでご覧になってみてください。パーティーを組みたいときは奥に募集専用の掲示板がありますのでそちらをご利用ください」

 「分かりました。どうもありがとうございます」


 女性にお礼を言いながらカズモリは依頼用の掲示板に向かう。

 数人の冒険者が依頼書を手に取りながら受付に向かっていく。


 (なるほど、あの人たちはパーティーを組んでるのか)


 その様子を横目で見ながらカズモリはどんな依頼があるかと目を通す。

 依頼は実に多種多様だった。


 『近くの森で薬草を積んできてほしい』『複数のゴブリンの群れが町外れに出現したので排除してほしい』といった定番と言えるものから『引っ越しの手伝い』なんてものまである。


 「とりあえず簡単そうな依頼でもこなしてみようかな」


 カズモリは目に映った『ジャイアントウルフの群れが森を荒らしているので討伐してほしい』といった旨のEランクの依頼書を手に取る。

 報酬金は10,000ゴールドと書いてあり、これがこの世界の通貨だということは分かった。

 これが高いのか安いのかは判別できなかったが。


 FランクがEランクの依頼を受けるのは珍しくないのか、受付の女性は承諾してくれたが。


 「あの、その服装で行かれるのですか?」

 「……あ」


 血塗れのままだったことを思い出したカズモリは服屋に寄ろうとしたが、一文無しではどうしようもないので依頼の報酬金で見繕うことにした。

 


 






 「いやあ、甘く見てたなこれは」


 カズモリは森の中で冷や汗をかいていた。

 ジャイアントウルフの群れに対してではなく、それを一網打尽にした自身の魔法の凄まじさにだ。


 依頼にあった森までやってきたカズモリは、極めて順調にジャイアントウルフの群れに遭遇することができた。

 問題があったのはそこからで、遭遇する前に予め使おうと思っていた風魔法『リーフトルネード』を左手を代償にして発動した。


 その結果、魔石で上昇したステータス補正と代償にした左手分の補正がかかり、ウルフの群れを薙ぎ倒すだけでは飽き足らず、半径四十メートルにも及ぶ竜巻を生み出した。


 その結果が目の前の光景だ。


 ウルフの死体は既に原形を留めておらず、周囲にあった立派な木々は残さず損壊している。

 抉れていたり切り傷が付いているものはまだマシであり、根元から薙ぎ倒されている木の方が明らかに多い。


 「……まあ、良い教訓になったと思おう。うん」


 しっかりと討伐数はギルドカードに登録されているので依頼自体は問題ないだろうと思い、カズモリは逃げるようにその場を後にしようとする。


 その時だった。


 遠くから風に乗って微かに雑音が聞こえた。

 木々の枝や葉が擦れ合う音とは違う、もっと別の、例えるなら何かの鳴き声(・・・・・・)の様な……

 不思議とカズモリはその音をつい最近どこかで聞いた気がした。


 「――ん? 別の魔物でもいるのか?」


 疑問に思ったカズモリだったが、既に依頼は達成している。

 確認するまでもないと思い、そのまま森を後にした。


 帰り道で、なぜ魔法によって横文字だったり人前で詠唱するのが恥ずかしい詩的な文章だったりするのかが謎だったので、後で調べてみようとカズモリは密かに決心していた。






 「はい。確かにジャイアントウルフの討伐を確認しました。お疲れ様です。報酬金はギルドカードに送り込まれておりますのでご確認ください」


 ギルドカードをよく見ると、確かに所持金が10,000Gに増えている。依頼を受ける前は文無しだったので今回の依頼は10,000Gの儲けになったということだ。


 ちなみに10,000Gとはリバイブの町での標準的な宿代換算すると約十日分の金額になるらしい。

 どうやら一日平均1,000G程度で冒険者として不自由がない暮らしは出来るそうだ。


 「よし、まずは服だ。何はともあれ服だ」


 急いで親切なギルドの係員に教えてもらった服屋に立ち寄る。

 血塗れで店内に入ってきたカズモリに店員が驚いていたが無視して物色する。

 あくまで服屋なので鎧などの重装備はなかったが、この体なら何の問題も無いだろうとカズモリは自分の趣味に合う適当な服を見て回った。


 「よし、これで少しは外見はマシに、なったよな?」

 「はい、大変お似合いでございますよ」


 カズモリが選んだのは黒いインナーの上に藍色の膝丈程の長さのローブ。同じく藍色のジーンズに似たズボンを身に纏っていた。

 色は完全にカズモリの趣味だが、この世界ではあまり目立つ服装でもないらしい。

 ちなみに元々の服はアイテムボックスに放り込んでいる。


 代金を支払い、満足しながら店外に出て太陽を見ると、もうすぐ夕方に差し掛かろうとしていた。


 そろそろ安い宿でも取ろうかと思ったが、その前にもう少しだけ稼いでおこうかという欲が湧いてきたカズモリは足をギルドへと向ける。


 「宿を取る前にもう一度くらい依頼をこなそうかなあ」


 そう呟きながらカズモリは三度ギルドへ足を運んだ。



 「ん?」


 ギルドの入り口まで来たカズモリは、中が先程とは違う騒がしさであることに気付き、首を傾げながらドアを開けた。


 「――あの、お願いします! 一緒に依頼を受けてもらえませんか!?」


 そこに飛び込んできたのは、二枚の依頼書を持ちながら焦った表情で冒険者の一団へと詰め寄っている桜色の髪の少女と、それに対して申し訳なさそうな表情で対応しているリーダーと思われる男性の姿だった。


 カズモリは近くのダンディな髭を生やした冒険者に事情を聴こうと近寄った。


 「あの、何があったんですか」

 「ん? ああ、どうやらこの町から数キロ離れた森の中で今日ツインバロンの群れが発見されたらしくてな、討伐依頼が出ているんだ。既に近くの村が一つ壊滅したらしく、緊急性が高い」


 「森?」

 どきり。と何故か心臓が跳ねる。


 「ああ。ジャイアントウルフとかのランクの低い魔物がよく発生する森のことだな」

 カズモリの背中を嫌な汗が伝う。

 思い出しているのは自分が受けた依頼の帰り際に聞いた鳴き声のような雑音だ。


 「……あの、ツインバロンってどんな魔物なんですか?」

 「知らないのか? 頭が二つもある獅子の事だ。全身が銀色の毛で覆われているBランク相当の魔物だ。群れなら数にもよるがAランクまで危険度が上がる場合もある」


 「――っ」

 カズモリは思い出した。

 いや、確信したというべきだろう。


 あの鳴き声のような雑音をどこで聞いたのか。

 間違いない。今日ダンジョンで遭遇した桁違いの力を持った奴のことだ。

 あの声が聞こえた時、調べに行っていればもしかしたらこんな事には――


 (――いや、やめよう。過ぎたことを考えるな。襲われたのは俺があの声を聞く前だったかもしれないだろ)

 そう言い聞かせようとしている自分に嫌悪感を抱きながらカズモリは話の続きを聞く。


 「――で、依頼者ってのが被害にあった小さな村のただ一人の生き残りって奴でな。何とかして村民の仇を討って欲しいって有り金全部報酬金に回したそうなんだが……依頼のランクはBからA相当だがその報酬金がDランク程度の相場にしかならないらしい」

 「あの、えっと、もう一枚の依頼書の内容は?」

 「そっちも深刻だ。壊滅した村の住民がアンデッドになってしまったらしい。小さいといっても村は村だ。Cランク程度の実力を持った冒険者も何人かいたらしく、依頼ランクはBに設定されたそうだ。

 そっちの依頼にも報酬を回しているから余計に割に合わないってことであの嬢ちゃん以外は誰も受けようとしないんだ」


 (ああ、つまり彼女はその割に合わない依頼を受けようとしているけど、二つをソロで一度に受けるわけにはいかないからパーティーになってくれる人を探しているってことか……ん?)


 「あの、どうしてその二つの依頼を一つに纏めないんですか?」

 「そりゃあ、ツインバロンとアンデッドの群れの同時討伐依頼なんてAランクの上位クラスだからな。それこそ受ける冒険者がいなくなっちまう。ああして二つの依頼に分ければどちらか一つだけでも、運が良けりゃ複数のパーティーがどっちとも成功させてくれるかもしれねえからなぁ」


 なるほど、とカズモリは理解した。

 彼女は本当なら一人でも依頼を受けたいのだろう。鬼気迫る様子がそれを雄弁に伝えてくる。

 しかしソロなら一度に受けられる依頼は一つだけ。

 ギルド内の規則というのはあまり多くはないものの、破った際の罰は厳しく決められており、一定期間の資格剥奪くらいは避けられないだろうと髭の冒険者は教えてくれた。


 さてどうしたものかとカズモリは考える。

 この話を聞かなかったことにする。という選択肢はとうに消えている。

 今考えるのは、彼女に声を掛けるかどうかだ。


 恐らく今の自分ならば討伐自体は可能だろう。

 あの獅子は確かに強かった。だが今のカズモリは魔石を取り込んだことで遥かに強力なステータスを得ている。この体の特性をフル活用すれば群れで襲ってきても大概の事は何とかなるという気がする。


 (無事に依頼を成功できたならギルドからの評価も上がるだろうし、何より……)


 放っておけない。そんな感情が今のカズモリの胸中を占めていた。

 あの獅子は強かった。本物の化け物だ。

 例え目の前の少女がいかに強くても、アレの群れに勝つ光景がまるで想像できない。


 (それに……) 


 視線の先で今も別の冒険者に誘いかけては断られ、悔しそうに落ち込む彼女を見てると何故かは分からないが胸がざわつくのだ。


 放っていけない。いま彼女に手を差し伸べなければ一生後悔する。

 それは根拠のないただの勘、ただ何となくそう思っただけのこと。


 しかしそれは、カズモリが行動を起こすには十分過ぎる理由だった。


 「あの、良ければ俺と一緒に行かない?」


 気が付けばカズモリは少女に向かって歩き出し、話しかけていた。


 「え? ほ、本当ですか!?」

 「――っ」


 ばっ、と驚いた表情でこちらを振り向く少女を見たカズモリは言葉を失った。


 遠目からでも整った顔立ちなのは分かってはいたが、こうして近くで見るとその美麗さに驚く。

 背丈は160cmほどだろうか。

 綺麗、というよりは可愛いを先に連想しそうな顔立ちは誰もが美少女と認めると断言できる。

 腰まで届く桜色の髪はそれだけで一つの芸術と錯覚するほど。

 カズモリを捉える夜空の様に透き通った美しい黒色の瞳は不安と期待が入り混じっているのが分かる。


 どことなくブレザーを連想させる白を基調としたデザインの上着、膝上10cm程のスカートは正面から見て左が黒、右が赤と半分ずつ色が分かれているという上下とも変わった色合いをしているが、不思議と違和感は全く感じなかった。


 「――――」

 見惚れていた。

 今まで感じていた不安や後悔が一瞬の内に霧散していく。


 「あ、あの、本当に一緒にこの依頼を受けて下さるんですか?」

 「――あ、ああ。俺で良ければ一緒に行くよ。どうしても受けたいんでしょ? その依頼」

 (違う。本当に受けたいのは俺だ)


 一瞬呆けていたカズモリは少女の声で正気に戻る。

 同時に霧散していた感情が波のように再び押し寄せてくる。


 そのままパーティーを組む意思を伝えるも、まるで彼女に便乗しているような言い回しに自己嫌悪する。


 そんなカズモリの心境を知る由もない少女は不安気だった顔を一変させる。


 「ありがとうございます! 私、ハルカっていいます。今はこの町でCランクの冒険者をやってます」

 「俺はカズモリ。時田一守だ。ランクはまだFだけど、腕には自信があることは信じてほしい。あと、敬語もいらないよ。タメでいい」


 そう言うとハルカは少しキョトンとしていたが、直ぐに口調を改める。


 「うん、分かった。ありがとうカズモリ。ランクは気にしないけど、ステータスを教えてもらってもいい?」

 「ああ、大丈夫。え~とカードは、あったあった。はい」


 カズモリがギルドカードに記されているステータスを見せるとハルカは驚いた様子で目を見開く。


 「凄い。Fランクでこのステータスなんだ……これならB級でも通用する値だけど……ひょっとして登録したばかり?」

 「ああ、今日冒険者になったんだ」


 カズモリの説明で納得したのか、ハルカはカードを返すと申し訳なさそうな顔で続ける。


 「あの、本当なら今直ぐにでも向かいたいんだけど、いいかな?」

 「俺は大丈夫。これ以上用意するものは無いし」

 「そっか。じゃあ行こう! 急がないと他の村まで襲われるかもしれない」


 そう焦り気味で急かすハルカと共に受付で正式に依頼を受ける。

 係員の女性と周囲の冒険者の心配するような、どこか諦めたような視線をカズモリは感じたが構わずギルドを出る。

 夕焼け色に染まった空がカズモリにはやけに不吉な色に思えた。


 (大丈夫。この体と代償魔法が俺にはある。きっと何とかなる…………あっ)


 自分に活を入れようとしたカズモリは隣を走るハルカを横目で見ながら今更思い至った。


 (ハルカにこの体と魔法適正についてどう説明しよう……)

 やっとヒロインが出せました。

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