プロローグ~初めての死~
なろう初投稿です。
温かい目で見てやってください。
見切り発車ですがなんとか完結だけはさせるつもりです。
「はあっ、はっ、もう、いい加減に、諦めてくれっ……!」
もうどれだけ森の中を走っただろうか。
数分かもしれない、それとも十分? ひょっとしたら数十分間は走り続けたかもしれない。
カズモリは背後から聞こえてくる、「グギャギャ」という聞いているだけで天上から地の底まで叩き付けられるような錯覚をするほど、不快な声を上げて追いかけてくるゴブリン ―― という表現が最も近い異形 ―― の群れから息も絶え絶えになりながらもひたすら逃げ続けていた。
落ち葉や木の枝、地面に露出した根に何度も躓きながらも何とか振り切れないかと今までにない持久力で走り続ける。
「普通は、もう少し、安全な場所に、召喚して、欲しかったなあ!」
余計に疲れるだけだとは分かってはいるものの、余りにも唐突で理不尽な展開にカズモリは、自分をよりにもよってこんな場所に召喚した人物へ向けての抗議を口に出しながら、何故こんなことになってしまったのかとこれまでの出来事を振り返っていた。
「――どこだ、ここ?」
気が付くとカズモリは見知らぬ部屋にいた。
相談室、とでも表せばいいのだろうか。人が四、五人も入れば少し狭苦しいと感じてしまうくらいの広さの部屋の中で、カズモリは柔らかい緑色のソファーに座っていた。
目に映った名前も知らない観葉植物やどこの国のものも分からない本がぎっしりと詰められている本棚、どことなく時代を感じさせる壁時計が、この部屋に人間味というものを少なからず与えているように感じる。
正面にはガラス製と思われる傷一つないテーブルが置いてあり、その向かいには自分が座っているものと同じ緑色のソファーがあり、そこに一人の女性がこちらを見て座っているのを今認識した。
「……っ!?」
驚きの余り息が漏れる。
それもそのはず、先ほど目が覚めた時には正面には誰もいなかった筈なのだ。それがほんの数秒周囲を見渡している間に彼女は出現していた。
だが、カズモリが驚いたのはそんなことに対してではない。
眼前の女性は、ただただ美しかった。
腰辺りまで伸びた長い金髪はどことなく絹を連想させる。
目が合う者全てを例外なく虜にするであろう薄い桃色の瞳。
現実ではコスプレぐらいでしか見ることができないような、黒を基調とした羽衣と思われるものを身に着けた様は、まるで堕ちた天使、いや女神を思い浮かばせる。
道を歩けば百人中百人が注目するであろうその美人は、その柔らかそうな唇を動かし、鈴の音のような声でカズモリに話しかけた。
「こんにちは、時田一守さん。いきなりのことなので訳が分からないとは思いますが、まずは自己紹介から済ませましょう。 私はエレノア。まあ分かりやすく言えば、神様みたいなものです」
「神、様?」
「はい。ここは天界、神々が暮らす世界といえば分かりやすいでしょうか。現世で死亡した肉体から離れた魂の中でも神が選んだ特別な魂が行きつく所です。一守さん、受け入れ難いかもしれませんが、貴方は本日、お亡くなりになられました」
「――え?」
唐突に告げられた残酷すぎる事実に一瞬頭の中が真っ白になる。
(待て、おかしい、死んだ? 誰が? 俺? いつ? 何故? いや、俺は、確か……)
混乱しながらも必死に記憶を辿っていたカズモリは、この部屋で覚醒する直前の光景を思い出していた。
(今日発売のアクションゲームを買おうとして、昨日の会社の飲み会で財布が軽くなってて、銀行に行ってお金を、引き出そうと……ぁ)
そこで思い出す。自宅から徒歩数分の銀行まで向かう途中、フードを被った人物とすれ違ったこと。その瞬間、横腹が今まで感じたこともないほど熱くなり、思わず倒れたこと。そんなカズモリに対して馬乗りになって真っ赤に染まった刃物を振りかぶるフードの人物。逆光で顔はよく見えないが、自身の首に向かって躊躇いなく振り下ろされる刃物だけはしっかりと見えていた。
「――っ……!」
思い出した瞬間、死の瞬間まで麻痺したかのように感じなかった恐怖が一斉に襲ってきた。
怖い。ただそれだけがカズモリの心を満たしていた。
「なぜ自分がここにいるかが分かりましたか?」
と、悲しんでいるような声色でエレノアが言葉を紡いだ。
八の字に下げられた眉、今にも泣きだしてしまいそうな瞳、それを見たカズモリは理解した。
――彼女は自分の死を本気で悲しんでいる――と。
「なんで、そんな顔するんですか? 俺が死んだことに、貴女は何の関係もないのに」
「命が失われたのです。悲しむのにそれ以上の理由はいりません」
と、カズモリの疑問にエレノアはさも当然のように答えた。
そして告げる。
カズモリを刺した人物はカズモリとは何の関係もない通り魔だということ。
現実に嫌気がさし、誰でもいいから殺してやりたい、と街を彷徨っていたこと。カズモリが殺されたのはただ間が悪かったというだけだということ。
そして死んだカズモリには、二つの選択肢があるということ。
「二つ?」
「はい、貴方は悪人ではありませんし、天国へ送られた後、再び地上で転生するのが通常の流れですが、貴方はまだ自分の人生に未練がありますね?それも地上では絶対に叶わないと理解している」
「そ、れは……」
そう、カズモリには未練があった。それは、〈ファンタジーの世界で冒険がしたい〉という子供のような願いだった。
ほんの一月前に二十一才になったというのに、今でもその願いは胸に燻っていた。
「本来ならまっすぐ天国へと送るのが正しいのですが、貴方の未練はとても強く、私が呼ばなければ現世に魂が残り続けていたでしょう。そうなれば悪霊となり、少なからず現世へ悪影響が出ていたでしょう。そこで、その未練を解消してあげたいと思います」
「解消って、いったいどうするんですか?」
「簡単です。貴方を剣と魔法の世界へと召喚します」
と、当然のようにエレノアは告げた。
異世界へ送る。と唐突に言われたカズモリは、自分の気持ちが昂っていくのをはっきりと感じていた。
夢にまで見た世界に、漫画や小説、ゲームなどで目にする度に――いつか自分も――と考えていた幻想が今実現しようとしている。
「ですが、あの世界は危険です。一流の冒険者でも一つのミスで命を落とすような魔物が大勢存在しています。なので、私から一つ貴方に特典として向こうでも生きていけるような特別な能力を与えたいと思います」
「特典、ですか?」
と思わず聞き返すが、その直後に理解する。
これはライトノベルなどでよくある、チート能力の付与だと。
才能、武器、魔法、過去様々な登場人物達が会得してきた能力を自分も手に入れることが出来るのだと。
「俺は、じゃあ……」
と、少し考える。その瞬間思い出したのは、通り魔に殺された時の恐怖だった。
意識が途切れる瞬間、目の前に迫ってきたのは刃物なんかじゃなく、死そのものだった。死が横腹に刺さり、その後喉元へと突き刺さる恐怖。
もうあんな思いは御免だ。他の何を代償にしても、二度とあのような感覚は味わいたくない。
「俺は――死にたくないです――」
いつの間にか答えは出ていた。
その答えを聞き、エレノアは少し驚いたような顔をする。そんな顔も綺麗だなとカズモリは感じた。
「死にたくない、ということは、死なないような強靭な肉体が欲しいという訳ではありませんね?」
「はい」
「不死になりたいと?」
「そうです」
「……」
質問に対して迷わず答えるカズモリに対し、エレノアは少し考えるような素振りを見せた後にこう告げた。
「……貴方の、一守さんの願いを尊重しましょう。しかし、ただ不死にしたのでは不便もあるでしょう。そこで、私からオプションとして不死性と痛覚のオン/オフを切り替えられるようにしてあげます」
「切り替え、ですか?」
「はい。不死とはいえ、死ぬまでの痛みを何度も味わうのは酷ですし、一守さんがあちらでやりたいことを全て終え、何の未練も無くなった後になって死ねない。ということになっても大変ですしね。」
そう告げたエレノアは右手をカズモリに向けて何やら呟き始めた。
「―――――――――」
それは意味の分からない言葉だったが、今言った特殊体質を付与するためのものだということはなんとなく理解できた。
「――はい、終わりました。痛覚の方は心の中で念じればいつでも切り替えられます。不死性の方は、強く、もう自分の人生を終わらせてもいいと迷いなく思わなくては切り替えられませんので、旅の途中でうっかり死んでしまうようなことはないと思いますよ」
と、エレノアは告げた。それと同時に、体が淡い光に包まれる。
「それではいってらっしゃい。どうか今回の人生は、実り多いものであることを願っています。」
そう告げるエレノアに対し、カズモリは先ほどから疑問に思っていることを尋ねた。
「あの、なんでここまでしてくれるんですか? ただ死にたくないって我が儘に、こんな追加要素までくれたのはどうして?」
そんな問いに、エレノアは少し恥ずかしそうに答えた。
「――私も好きなんですよ、そういう冒険物語が。カズモリさんの願いは、特別珍しいものではありません。たまたま見つけた貴方の魂が、『冒険したい』と訴えていたのを見て、放っておけなくなったんです。まあ、はっきり言ってしまえば私の気まぐれのようなものですけど」
そう告げるエレノアの薄らと赤くなった頬を見たカズモリは、彼女の言葉が嘘偽りのない事実だということをすんなりと受け入れた。
そして礼を言う間もなく、意識が薄れ、遠のいていく。
「頑張ってください」
と、そんなエールが聞こえた気がした。
目が覚めると、そこは山の中だった。
辺りは明るく、太陽光を邪魔するほど木が生えているわけでもない。
日の光に当てられた植物は見覚えがあるようなものから全く記憶にないものまで様々だ。
カズモリは死亡する直前まで着ていた普段着のままだ。
紺色のチェックが入ったパーカーに黒いジーンズというオシャレとは程遠い格好だと自覚している格好のまま、自然の中に一人立っていた。
「え、と、どこに向かえばいいんだ?」
文字通り右も左も分からない状態で、しかし立ち止まっている訳にもいかず、カズモリは当てもなく歩き出した。
すると数分後、何やら聞いたこともないような鳴き声が耳に入ってきた。
――ウギ、ギャギャギャ――
悪寒がした。このままでは不味いという警鐘を脳が鳴らした。
咄嗟に近くの木の陰に身を隠し、声が聞こえてきた方向を見る。
そこには、RPGなどでよく見るゴブリンのような生物の集団が遠目から歩いてきていた。
身長はカズモリよりも少し低いだろうか――カズモリは165cmほどだ――薄緑色の肌に申し訳程度の布で体を覆っている。そんなゴブリンが十数匹の群れでこちらへと歩いてきていた。
(いきなりファンタジーっぽくなってきたけど、怖っ! 実際に見てみるとすごく怖い!)
とにもかくにもまずはやり過ごそうとそのまま息を殺して通り過ぎるのを待つ。
そのまま何事もなく群れはカズモリを通り過ぎていった。
そのことに安堵し、早めに人のいるところに行きたいと考え、歩き出そうとした時、最後尾にいたゴブリンがふとこちらを振り向いた。
もう十分距離は空いていたが、木の陰から体を出したカズモリとゴブリンの目線はしっかりと交差していた。
「やばっ……!」
「グギギャ!」
カズモリとゴブリンが声を上げるのは全く同時だった。
そして冒頭へと舞台は映る。
「くそ、さっきより数が増えて、――っっ!?」
振り返ると、少し前よりもゴブリンの数が明らかに増えている。
最初は十数匹の群れだったのが、今ではどう見ても三十匹以上の数で押し寄せている。
他の群れと合流でもしたのだろう。カズモリとしては状況が最悪から超最悪へとランクアップしただけだが。
その事実に絶望しながらも諦めてたまるかと前を向いた瞬間、道が途絶えた。
「おいおい、嘘だろっ!」
崖だ。目の前に切り立った深い深い崖があった。
眼下に広がるのはただただ暗い闇。
まるで自分を手招きしていると感じてしまうほど、底知れぬ黒があった。
下には行けない。ならば向こう側に渡れるようなものはないかと周囲を見ても、渡るための吊り橋一つ架かっていない。
例えどんな奇跡が起ころうと、向こう側に飛び移るのは不可能な距離があり、そしてここから落下すれば命は間違いなく失われるであろうと確信できる。
「どうしよ、コレ……」
振り返れば、背後から迫っていたゴブリンも既に追いついており、俺の逃げ道を塞ぐようにじりじりと距離を詰めている。
と、一匹のゴブリンが大きく振りかぶって何かを俺に向かって投げるのが視界の端に映った。
俺の拳ほどの大きさの石を投げたということに気が付いたのは、目に捉えられないほどの速度で俺の頭に直撃し、体勢を崩したことにより背後の奈落へと落下していく直前だった。
「あっ――」
悲鳴を上げることすら出来ず、俺は先ほどまで立っていた崖や、そこから俺を見るゴブリン達が物凄い勢いでフェードアウトしていくのを見ていた。
これが時田一守にとってこの世界に来て初の、そしてこれから幾度となく経験していく、あまり記念したくない最初の「死」だった。