第6話「どっちだ?」
間に合えば明日もう一本あげられそうです。
月が夜の世界を照らす中、街と街を繋ぐ街道を土煙を上げながら暴走列車のように爆走する影とそれに追いつこうとする馬の影が一体。
「リコエラさん! ちょっと待って、少しでいいから止まって!」
「そんなヒマはないよ! いますぐマサシに追いつかないと!」
「そんなこと言ってもマルピース公国に入る方法があるの?」
「あたしの力ならそのまま突破できる!」
「それじゃマルピースの勇者と戦争になっちゃうよ!」
「構うもんか!!」
「ちょっとは構ってよ!?」
二人は会話を続けながらも移動し続け、リコエラはまったく息が乱れる様子もなく、ルアスもまた馬に乗っているのでそこまで疲れることなく話し続けていた。ただ一頭、ルアスの乗る馬だけは夜通し走り続け、すでに限界に近づきつつあった。
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公国の人間に連れ去られたマサシは馬車に揺られて意識そのものは取り戻していたが、手首を縛られ、目隠し状態だったので周囲を確認する事が出来ず馬車を降ろされてからも騎士たちに両脇から抱えられる形で運ばれ、自分がどこにいるのか全く把握できずにいた。
「よし、お前たちは下がって良い」
「し、しかし、グラハ様の身にもしものことがあったら、」
「心配するな、勇者である私がここに居るのだぞ? グラハ様の身は私がお守りする」
「……分かりました」
マサシは両脇をがっちりホールドしていた騎士に床に座らされると、扉が閉まる音がした数瞬後に目隠しを外された。
「さてと、」
真っ暗だった視界が明るくなり、マサシはまわりの状況を確認しようとした。
するとマサシの正面にはあの金髪ショートとモノクルを付けた初老の男性が立っており、その場はどこかの高そうな調度品や家具が置かれた応接室のような部屋だった。
「では話してもらおうか? お前がどうやって敵に寝返った勇者をもとに戻したのかを」
「……いきなり拉致っといて言う事がそれかよ」
「正直に話せよ? 言わないのなら身体に聞くことになる」
「それってもしかしなくても拷問?」
「そうなるな」
「言ったとしても解放してくれんの?」
「お前の心がけ次第だ」
「……まぁ、別に隠すもんでもないけど、話す前に一つだけ、俺の安全を保障してくれないなら話さない」
「……貴様、立場が分かって言っているのか?」
「うっ、お、脅したって無駄だからな! 勇者を元に戻す方法は俺しか知らねーんだ! ちなみに俺は貧弱だから拷問にかけたら秘密をしゃべる前にすぐ死ぬからな!?」
「なら身体に苦痛を与えない拷問をするまでだ」
「そんなことしたらアレだぞ! えーとえーと、と、とにかく秘密と関係ない情報バンバン漏らして煙にまいてやるからな!」
「……ふ、この状況でそんな悪態がつけるとはなかなか肝の据わった小僧だな」
「グラハ様、」
「ネア代われ、私が話をする」
「は、おおせのままに」
金髪ショートを言葉一つで下がらせた初老の男はマサシの前に立ち、しゃがんでマサシと目線を合わせると静かに口を開いた。
「小僧、少しの間でいいから儂らに力を貸してくれんか? もちろんタダでとはいわん。マルピースの金貨で200ほど用意があるが、どうだ?」
「……その金額が高いのか低いのかいまいちわかんないけど、まず安全が保障されないとそんな口約束、いくらだって高値で言えるよな?」
「……ほぅ、単なる無謀なバカと言うわけでもないようだな」
「褒めてんのかそれ?」
「そう思ってもらってかまわん。なら報酬は置いといて正直な話だけしてやろう、今儂たちは切実にお前の力がほしい。最悪お前を洗脳してでも必要とするほどな」
「……勇者になんかされたのか?」
「その質問は承諾してから話そう。手を貸すか、それとも強制的に利用されるか、お前の答えはどっちだ?」
「で、結局俺の安全の保障は?」
「…………ブレない奴だな、ふむ、おいネア、『契約の魔紙』を持ってこい」
「よろしいのですかグラハ様? そんな平民と契約を交わすなど、」
「かまわん、身の安全が約束されん限りこの小僧はしゃべらんだろうし、今から聞き出すための準備をして悠長に時間をかけていられるほど余裕もない。小僧自身の口からさっさと利けるならその方が手間が無くていい」
「……分かりました。『契約の魔紙』を持ってこさせます」
「頼むぞ」
部屋の扉を少しだけ開いた金髪ショート、ネアは外にいた者を呼びつけるとすぐに装飾の施された紙とインク瓶を持った者が入って来た。
「どれ、小僧は『契約の魔紙』の使い方は知っているか?」
「知りません」
「ふむ、まぁ平民なら知らなくても仕方ないな、この『契約の魔紙』は魔導具の一種でな、契約を結ぶ者達とその書いた内容を順守させるに足る精霊の最低でも三者を結び合わせる代物だ」
「精霊?」
「なんだ精霊も知らんのか? ほとんどは精霊王国に居るが、この辺りにも強い魔力を持つ者と契約したり、土地の守り神として住み着いている精霊がそこそこいるんだがなぁ」
「グラハ様、話がずれています」
「おっと、というわけで儂がこの約束を反故にした場合は精霊が儂に罰を与える仕組みになっているから安心して契約するといい」
「ホントに大丈夫なんですか?」
「疑り深い奴だな、なら契約の内容はこうしよう」
一、グラハ・ノルス・ゲイトニウスは契約相手に対して自身、他人の手を問わず、一切の危害を加えてはならない。
二、グラハ・ノルス・ゲイトニウスは契約相手に対して危害を加えた場合、その身に同じダメージを受けることとする。
三、契約相手はグラハ・ノルス・ゲイトニウスに対して勇者を元に戻す秘密を話す義務を課せられる。
「これでどうだ?」
「……これって条件を後から書き足したりとかは?」
「できん。契約が結ばれた時点で精霊にこの『契約の魔紙』は持っていかれ、内容を改ざんする事は不可能になる。だから契約を結ぶ前に双方で契約内容が書かれた控えを用意するのが一般的だ」
「…………ならあと金貨1000枚の報酬を出すって言うのも追加でなら契約します」
「なかなかしっかりしとるな、小僧もしかして商人か?」
「いいえ、神官らしいです」
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「はぁ、はぁ、はぁ、」
「馬がダメになったのに自分の足でついてくるとか女のくせになかなか根性あるじゃないか」
「はぁ、はぁ、こ、これでも、はぁ、私、はぁ、男、です、」
「……うそ、マジで?」
「マジです」
「よっしゃ! 最大の問題がなくなった! まっててねマサシ! 帰ったら式を挙げよう!!」
「こんな時に何を考えてるんですかリコエラさん…、」
夜通し移動し続けたリコエラとルアスはマサシ達に遅れてようやくマルピース公国の首都の外縁付近までたどり着いていた。
「ここまであっという間に来ちゃったけど、ここからどうやって入るんです?」
「どうって簡単だろ? こう外壁を拳でどーんと開ければ、」
「いや、外壁は開けるモノじゃ、そもそも開いちゃいけないモノなんだけど」
「あたしに掛かれば木組みだろうと石作り出ろうと扉が開かないなら壁を開ければいいだけさ」
……マサシさんの言ってた事が今になってわかった、ほんとに脳筋だこの人。
「さ、行くよ」
「ストーップ! 私が入る方法考えるからちょっとだけ待って!」
「待たない」
「せめて壁を壊さない方法を!」
「……しかたないな、ならあっちの方法にするか」
「あっち?」
この時、ルアスは壁を壊さない方法ならばリコエラの案でもいいかな? と思い、その安直な自分の思考を直後に呪うこととなる。