第5話「遠慮します」
次回掲載はたぶん来週くらいになります。
「おーい、にーちゃん、そっちの材木を運ぶの手伝ってくれ」
「はーい」
リコエラの襲来から一日が経ち、平穏を取り戻したタミツナの街は壊れた家や道の修復をする為に大勢の人が働いていた。
「お、重い」
「おいおい、そんなこっちゃ材木運ぶだけで日が暮れちまうぞ?」
「すいません」
「マサシ~、あたしも手伝うよ」
そう言って街をぶっ壊した張本人のリコエラは山のように積まれていた残りの材木を全て一人でひょいっと持ち上げると、ステップも踏めそうなほど軽やかな足取りでずんずんと作業場まで運んで行った。
「やっぱり勇者といわれるだけあってすげぇな」
「ホントだよねぇ」
「お、ルアス、」
「がんばってるねマサシさん」
「まぁな、ところで気になってたんだけど、ルアスは衛兵としての仕事しなくていいのか?」
「ふふふー、実は今朝正式に兵士長からマサシさんの専属護衛になれとの命令をいただいたのでーす」
「へー、そうなんだ。そりゃありがたい」
「なんだよー、もうちょっと嬉しそうにしてくれてもいいでしょー?」
「ああ、うれしいよ、うれしいうれしい」(棒読み)
「全然うれしそうじゃなーい!」
護衛してくれるのはうれしいけど、四六時中男と一緒でうれしいとか言う程俺にそっちの気はない。
「マサシ~、あたしの事わすれてないか? あたしだってマサシの護衛するよ?」
材木を置いて戻ってきたリコエラがルアスの話を聞いていたのだろう、自分も護衛をすると言ってきた。
「おう、ありがとな」
見た目だけなら美人の二人に護衛されるとあって周囲の事情を知らない男たちからはなにやら羨望とねたみの視線にさらされて、その日一日マサシはギスギスした空気の中で修復作業に従事する羽目になった。
「ぶっはー、汗を流した後の一杯はやっぱりうまいねぇ~」
「……よくこんな強い酒一気飲みできるな」
「これでも身体は頑丈だからね、この程度の酒なら樽でいけるよ、樽で」
酒の強さに身体の頑丈さはそんなに関係ないと思うのだが、まぁこの際どうでもいい。
日が暮れて作業が終了したあと、マサシ達は街の酒場で適当に頼んだ料理と街の地酒で夕食を取っていた。
「けど、いいのか? こんなに頼んで、食糧事情厳しいんじゃなかったっけ?」
「ああ、それなら大丈夫だよ。今日の午後にリコエラさんが大型の獣型モンスターを10頭ほど仕留めてきてくれたから、街全体でも半月は肉に困らないはずだよ」
「へー、途中、姿が見えない時があったけどそっか、魔物狩ってたのか」
「この辺りにはあたしといい勝負になるモンスターも少ないからね、足んなきゃまたいつでも狩ってくるよ」
「ありがとうございますリコエラさん、私たちじゃ束になっても一頭狩るのがやっとだったから街のみんなはとっても助かりました」
「……ま、一応あたしも元勇者だしね」
「俺からも礼を言うよ、ありがとうリコエラ、いうなればこの肉料理はリコエラからのプレゼントってわけだな」
「//// ……マ、マサシがそう言ってくれるなら100頭でも200頭でもいくらだって仕留めてくるよ♪」
「ちょっリコエラさん、あんまり一度に狩るとこのあたりにモンスターも獣も居なくなっちゃう」
「うん、メシ食えなくなるのは困るから、適度な数で頼む」
「わ、わかった」
そんな和やかな雰囲気でマサシ達は食事を楽しんだ。
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修復作業を開始してから数日、道の石畳みはあらかた元の形を取り戻し、壊された家も骨組みは形になり、レンガや漆喰を塗り始めていた。
「さて、昨日のレンガ運びを終わらせるか」
ここ数日で作業に慣れてきたマサシはその日、陽が上ったばかりの早朝から目が覚め、少し早いとは思ったがいつも足手まといになっているので先に作業場に向かい、修復作業を始めようとした。すると、
ガラガラガラッ!
作業をはじめようとしていたマサシは通りの向こうから数騎の騎士に守られた大きな馬車が進んでくるのが見えた。
ずいぶんでかい馬車だな、この世界の貴族かなんかの馬車か?
マサシがそんなことを考えながら馬車を眺めていると、なぜか馬車はマサシの前で止まった。
馬車の御者が扉を開けると、中からモノクルを掛けた初老の男性と切れ目で鋭い視線に金髪のショートカットとルージュの口紅が特徴の美人さんが出て来た。
きれいな人だな……、はっ! いかんいかん、ルアスという前例があるんだ。たとえ口紅してても男という可能性は捨てきれない。
「君、ちょっと聞きたいんだが、ここに勇者リコエラを正気に戻した神官が居るらしい、知っているか?」
金髪ショートがマサシの方を見据えて問いただした。
「えっと、まだ神官になったのかどうか微妙ですけど、リコエラをこっち側に引き戻したっていうんならその通りです」
「……もしかして、君がそうなのか?」
「えーっと、」
マサシが言葉に詰まっているの見て金髪ショートは何かにを見抜くように目を細め、そのまま言葉を続けた。
「……そうか、君なのか。では私たちと一緒に来てもらおう」
はい? なんでわかった? もしかして敵の刺客!? こいつらリコエラが元に戻ったのを聞きつけて俺を始末する為に来たのか!?
「あーそのー、え、遠慮します!!」
自分の中の危険信号がレッドを示したのを合図にマサシはその場から回れ右をして逃げ出した。
「待て! お前たち! あの者を捕えよ!」
冗談じゃねぇ! 捕まってたまるか!
マサシは追いかけてくる騎士から必死に逃げ回りながら、ルアスやリコエラの姿を探して路地道を駆け回った。
「こんな、ことなら、はぁはぁ、一緒に作業場に来ればよかった!」
修復作業に慣れて多少体力はついていたが、さすがに現代日本人の平均体力値程度しかないマサシと異世界で曲がりなりにも軍人として訓練を受けた騎士では基礎体力からして違いは明白であり、路地を曲がるたびに少しずつ近づいてくる騎士の甲冑の音にマサシは恐怖を感じていた。
「よし、この路地を抜ければあとちょっとで教会に、」
「そこまでだ」
路地道の先に見えていた教会は金髪ショートが正面に立ったことで見えなくなった。
「一緒に来てもらうぞ」
「……いやだと言ったら?」
「力ずくだ」
その直後、マサシは強い衝撃を顎に受け、意識を刈り取られた。
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「おはよーございますルポ神父」
「おおルアス、おはよう」
「マサシさんはまだ部屋ですか?」
「今朝はずいぶん早く起きておったな、もしかしたらもう作業場かもしれんぞ?」
「あ、そうなんですか、じゃあ行ってみます」
そうしてマサシを探して作業場に向かったルアスだったが、半日経ってどこの作業場にもマサシが居ない事に気づき、ルアスは明らかに異常事態であると判断した。
「おい! ルアス! あたしのマサシはどこにいったんだ!?」
「それをいま調べてるんでしょ!」
昼を過ぎてもマサシが見つからない時点でルアスは街のあちこちで聞き込みを行いマサシの目撃情報がないかをずっと調べていた。
街で作業をしている男衆は軒並みマサシを見ていないというので、ルアスは衛兵仲間にも聞いてみる事にした。
そうして聞き込んでいると街の外壁門の詰所にいる仲間から気になる情報が出て来た。
「そういや、あのにいちゃんは見てないけど、今朝変な事があったんだよなぁ」
「変な事?」
「今朝、マルピース公国から使者が来て、大事な用があるとか言っときながら、街に入ったと思ったらすぐに戻ってきて「もう用は済んだ」とか言って帰って行ったんだよ、おかげで、お貴族様へのめんどくさい応対を二回とも俺がする羽目になって肩が凝っちまったぜ」
「その公国の使者って移動は馬?」
「いいや、騎士は確かに馬に乗ってたが、お貴族様は馬車だったぜ?」
「中は確認した?」
「あのなぁ、商人の馬車だったら違法物を持ち込んでないか確認するけど、お貴族様の馬車はちゃんとした理由もなく確認するのは無理だってお前も知ってるだろ?」
「そうだけど、」
「ルアスー!」
「リコエラさん?」
「見つけた! 街で聞きこんだらマサシを見たってじいさんが居た!」
「どこに居るって!?」
「黒塗りで豪華な装飾をした馬車に入れられて連れてかれたって!」
「馬車……! ねぇ! その貴族の馬車って、」
「あ、ああ、黒塗りで装飾も派手だったな」
「リコエラさん、公国だ! たぶんマサシさんは公国に連れてかれたんだと思う」
「なんだってぇ~? ……せっかくこっち側に戻ってきてやったってのにまたあたしから大事な物を奪おうっていうのか、いい度胸だ、国ごと潰してやる!!」
リコエラは完全に怒り心頭といった状態で地面が破裂するような勢いで走り出すと、そのまま街の外壁にある門を通り抜けて、街の外に飛び出していった。
「あっちゃ~、まずい、今のリコエラさんを一人で行かせたら本気で国を潰しかねない、ごめん、ルポ神父と兵士長にこのことを報告しておいて、私も行ってくる」
「わ、わかった」
衛兵仲間にあとの事を頼み、ルアスは詰所の脇にある馬小屋から馬を借りると、リコエラを追って馬を走らせた。
「無事でいてねマサシさん!」