銃声
玄関扉の前に立ち、俺は一つ深呼吸をした。
「開けるぞ」
「うん」
戌井が何故か俺の背後に身を潜める。
俺は郵便受けの隣りに置かれている招き猫を手に取る。
良かった、いつも通り猫の腹の中に、鍵が入っていた。
解錠し扉を開ける。
すると、突然けたたましい銃声が鳴り響いた。
「ひいいいぃぃぃい!?」
戌井が絶叫する事により、俺は寧ろ冷静さを取り戻す。
瞑った目を開けると、大量のクラッカーを両手に抱えた母さんが、カラフルな色の紐を被って立っていた。
「んふふ、びっくりした?
ねぇねぇ、びっくりした?」
「母さん、やり過ぎ。
いぬ……瑠衣が死にそうになってる。
というか、近所迷惑だ」
「もぉー。
正義は可愛くないなぁ」
実の息子に向かって、可愛くないとは、何事だろうか。
母さんがスリッパを履いたまま、戌井に抱きつく。
「それに比べて瑠衣ちゃんは、
ほんともう、可愛いなぁ!
もう、瑠衣ちゃんを驚かせる為に一生を費やしたい!」
言葉を返す前に、母さんはスタスタと庭の奥へ去って行ってしまった。
「うちの母が……済まない」
「…………うん」
少しして母さんは、箒と塵取りを持って帰ってきた。
「お夕飯出来るまで、まだ少しかかるから、後は二人で……ねっ」
なんだ、その『……ねっ』は。
だが、二人きりで話さなければならない事が多々有るので、時間を取れるというのなら好都合だ。
「それじゃあ、ただいま」
「……ただいま」
「お帰りなさい!」
扉を開けると、そこは俺の部屋だった。
何も変わっていない。
何も変わっていない筈だ。
何故だか急に疲れが押し寄せてきて、俺は鞄を放り投げてその場に倒れこんだ。
眠たい。
コンコンコン。
控え目なノックが聞こえる。
「大丈夫だ、入ってくれ」
体制を起こすのも面倒なので、横になったまま対応する。
「珍しいね。
凄く、だらーんってしてる」
やはり、戌井の声だった。
「記憶の整理をしに来たんだろう?」
「うん、そんなとこ。
えっとさ、オニガワラ君。
……正義でいいかな?」
「いいぞ、瑠衣ちゃん」
「ちゃんはやめて!
……でも、不思議な感じだよね。
あたしたちって、今日会ったばっかりなのに、ずっと昔から兄妹だった気がする」
「一ヶ月前からだろう?
それにしては打ち解け過ぎている気がするけど。
大体母さんの所為だな」
瑠衣が鬼瓦家に引き取られた当日は、特に凄惨を極めた。
何も倉庫の中に、二人一緒に閉じ込めることは無かったんじゃないかと、今でも強く思う。
「ここに来てからの事、どこまで覚えている?」
「倉庫に閉じ込められた」
「アレは……済まなかった」
「なんで正義が謝るのよ」
「ウチに来る前の事はどうだ?
何か、変わったか?」
「……変わって無い。
全然、変わって無い」
そういえば、瑠衣がこの家に引き取られる事になった経緯を、俺は何一つ知らない。
「正義はどうなの?
何か、変な事覚えてない?」
「そうだな……」
そういえば、今ここに存在する俺は、ゲーム以前の世界にいた俺なのだろうか?
それとも、元々此方の世界で生活していた俺なのだろうか?
こちらの世界にいた筈の俺は、今日の午後6時に何をしていたのだろうか?
思い返そうとしてはみたが、霧がかかっているかのように、ハッキリとした事は思い出せなかった。
「思い出せない事がある。
こっちの俺達は、ゲームが始まる直前には何をしていたんだ?」
「あ、それあたしもわからない。
ゲームには招待されなかったのかな?」
「…………わからん」
「わかんないね」
だが、ここで話し合う事で、何と無く累の事は思い出せた。
この記憶は、本来俺の物では無いのだから、思い出せたという表現も間違っている気がするが、そういう感覚を受けるのだから仕方が無い。
「色々わかんないけどさ」
「……ああ」
「あたしたちって、そんなに仲悪く無かったんだね」
「ああ」
こういう関係、長谷川辺りは苦手そうだな。
そんな事を朧げに考えながら、俺は目を瞑った。
少し、眠りたい。
「二人ともー、降りてらっしゃーい!」
「はーい、今行きまーす」
瑠衣の大声で、眠気が吹き飛んだ。
まあ、このくらいは許容してやろう。
なんたって、今日はこいつの誕生日なんだから。