誕生日
不確定な事が多すぎるので、俺達は一旦帰宅して状況を整理する事にした。
何より、長谷川がもう限界に近かった。
「ねぇ、凄く言い出しにくいんだけど」
「ああ……」
俺と戌井は家が近いようで、こうして横に並んで歩いている。
川の近くだからだろうか、戌井が自分の体を抱いて、少し身震いした。
「あたし、君の……」
ここを左に曲がって、橋を渡ると、緑の屋根が見えてくる。
いつも通りならばその筈だ。
……俺は、果たして今まで通りの生活が出来るのだろうか?
戌井は、結局言うのをやめたようで、歩調を速めて俺の先を歩く。
こうして改めて後ろからみると、戌井は体格が小さい。
見た目からは、あの狼の中身だとは思えない程、子供っぽくか弱いような印象を受ける。
戌井が交差点を左に曲がった。
「やっぱり先に言っておく。
あたし、君のところの養子にされたみたい。
こっちではね」
そうだった。
戌井瑠衣は今年の3月に、鬼瓦家の養子として引き取られたのだ。
初対面での戌井の言葉は、今でもハッキリと覚えている。
「こんなの兄さんじゃない」
これは記憶の中では無く、現実世界にいる戌井の声だ。
「って言ったんだよね。
……なん、か…バカ、みたい」
「おい、どうした?」
戌井が突然歩道の真ん中で立ち止まる。
顔を覗き込むと……
「見ないでよ、大丈夫だから」
唇から血が流れていた。
強く噛みすぎたのだろうか。
俺はポケットからティッシュを取り出して、戌井の手に握らせる。
「どうして、いつも、正義はそう、冷静なのよ」
長谷川や戌井が取り乱す理由は理解できる。
この状況を整理しよう。
俺達はあのゲームが終了した直後、パラレルワールドに移動した。
その際に、元の世界での記憶を引き継いだまま、こちらの世界に存在していたと思われる、こちらの俺達が持っていた記憶も、併せ持ってしまったらしい。
だが、どうも俺達は、完全な状態でこちらの世界の記憶を保有している訳ではないらしく、何かその記憶に関係した事に思考が及ぶと、まるで思い出したかのように、こちらでの記憶を脳に植えつけられるようだ。
現に俺はたった今、今日が累の誕生日だった事を思い出した。
何が消えて、何が変わったのか。
考えれば考える程不安になる筈だ。
もしかしたら母親が事故で死んでいるかもしれないし、もしかしたら家が全焼した直後かもしれない。
そして何より、それらは過去に起こったことなので、自分が介入する余地は一切無い。
どうしようも無いのだ。
錯乱状態に陥っても仕方が無い。
わからないのは不安だ。
わからないから不安なんだ。
だったら、わかっている事を、一つずつ確かめていくしか無い。
俺は戌井の手を掴んだ。
「さっさと帰るぞ。
母さんが待ってる」