ログアウト
「確かに、知らないうちに檻を脱出されて、寝首をかかれるよりは、近い場所においてずっと見張っていた方が、よっぽど安全だよ。
その上、イヌイさんにとっても、仲間を増やすことは、人数差マッチ上等なこのゲームの仕様上、勝率の上昇に直結する。
うん、合理的だよ。
合理的だけどさぁ……」
「何がそんなに嫌なんだ、お前は」
「はあ、わかんないかなぁ。
わかんないよなぁ。
……まあ、僕はいいよ。
それは僕にとっても有益な取引だ。
あの管理人の言葉は、全体チャットでばら撒かれてた。
イヌイさんみたいな人も沢山いるんじゃないかな。
どうせ僕一人でいても、他のプレイヤーがクリアする為の踏み台にされるだけだし、だったら君らに迎撃してもらった方が良い」
「……お前も闘わせるからな。
せめてデコイくらいにはなってくれよ。
一応聞いておくが、イヌイもそれで良いだろうか?」
「あたしは、その……」
その瞬間、突然視界がブラックアウトした。
耳元から脳内へ、イヌイの悲鳴が大反響する。
たっぷりと長引いた悲鳴が途切れる頃には、色彩が戻っていた。
窓。
その奥の空は、奇妙に赤みがかっている事もなく、夕焼けを過ぎた辺りの、極々自然な藍色をしていた。
左を振り向くと、俺が設置していた檻があった辺りに、イヌイがポツリと立ち尽くしていた。
「終わった……わけじゃないんだよね?」
イヌイがポツリと呟く。
『夜へようこそ』を目にした時と近い感覚で、明日の6時にまたゲームが開催される、んだろうなという事がわかった。
それにしても気味の悪い感覚だ。
脳の中に、管を通されるような、そんな異物感がある。
「ん? あれ? ちょっと待てよ」
長谷川が首を傾げる。
「これ、すっごいマズイ事が起こってない?
僕ら、現実世界にいるっていうのに、イヌイさんと同じ教室の中にいるんだぜ……」
困惑したような表情で、長谷川が自分の席の椅子を引く。
イヌイは、順当に考えると、俺達が元いた世界、所謂平行世界の住人ということになる。
他の可能性を考えるとなると、イヌイが不登校児で、今日初めて学校に来た、尚且つ俺達がイヌイという名前の生徒が、同じクラスにいる事を認識していなかった。
そのくらいしか無いが、俺の記憶が正しければ、編成されて一ヶ月以上になるこのクラスで、一度も顔を合わせていない生徒は一人も居ないはずだ。
「あ、あの、そこ。
あたしの席なんだけど……」
足を組んで座っていた長谷川が、バネのように跳び起きる。
確認してみると、椅子の背には、確かに『03 戌井瑠衣』とタイプされたテープが貼り付けられていた。
「マジかよ!?
僕の、僕の席はどこだ?」
長谷川が教室をウロウロし始める。
一応俺も、自分の席を確認してみる。
『05 鬼瓦正義』。
机の中に手を入れてみると、硬い感触が返ってくる。
引っ張り出すと、今日の昼休みに図書室から借りた『Dead!Dead!!Dead!!!』が出て来た。
教室に置かれている机の数を数える。
1…5……28…………32。
今朝までと変化が無い。
長谷川が突然立ち止まって、嗚咽を短く漏らす。
かと思うと、物凄い勢いで、教室の丁度真ん中に位置する席の後ろに回り込んだ。
あの位置の席は、名前は覚えていないが、確か女子が座っていた筈だ。
「……僕は、僕達は一体何をされたっていうんだ?
僕達の脳は、奴のオモチャだっていうのか?」
「どうしたんだ?
それを論理的に説明できるか?」
「記憶が二つある。
こっちの世界と、僕らの世界の、二つの記憶が」
長谷川が、椅子を持ち上げる。
『24 長谷川瑞樹』の文字。