奇怪な長谷川
エロ本を返したい。
このワードは俺達の取り決めで、密話をする必要がある事を意味する。
「わかったよ。
ちょっと待ってくれ」
瑠衣が冷ややかな視線を送ってくる。
俺は一足先に教室の外へと退避することにした。
誰も近くにいない事を確認する。
…………よし。
足音は聞こえない。
「長谷川、る……戌井さんについてなんだが」
「いいって、わかってるよ。
瑠衣って呼び捨てにすれば良いじゃないか」
「こっちでの、瑠衣との記憶はあるのか?」
「ああ、初対面は春休みに、鬼瓦の家に遊びに行った時だった。
それ以降の記憶もちゃんとある。
お前達の関係性も知っているし、僕だってこの一ヶ月くらいで、戌井さんとは唯の知り合い以上の関係を築けたつもりさ。
だからこそ、腑に落ちないんだ。
あんなまともな子が、僕を躊躇いもなく殺したって事が」
やはり長谷川も、俺と同じ疑念を抱いていたらしい。
確かに瑠衣は、普段の様子を鑑みるに、思考してから行動する迄のラグが少ない。
だが、そもそも殺人を行動の選択肢に真っ先に入れる奴だとは、到底思え無いのだ。
「あの、ゲームの管理者が言っていた、ゲームクリアの報酬……」
「願いをなんでも一つ叶えるってやつ?」
「ああ。
瑠衣の願いを知る事が出来ればな」
「…………そもそも願いなんて無いんだとしたら?」
「何が言いたい?」
願いが無い、つまりゲームをクリアするつもりが無かったとしたら、何の為に瑠衣は長谷川を殺したんだ?
純粋にゲームを楽しむため?
「戌井さんが、ゲームの主催者だったとしたら、どうだろう?」
「いや、それは流石に有り得んだろう」
「でも、否定出来る要素有る?」
「それを言うなら肯定出来る要素も無いだろ。
現時点で瑠衣を疑ってかかるのは、幾ら何でも飛躍しすぎている」
長谷川がシャツの袖を捲った。
チラリと腕時計のベルトが光る。
「そうだね。
この話はお終い」
長谷川は一人で、教室の方へと戻って行ってしまった。
昔からあいつはああいう所がある。
少々独特な姉と暮らしているせいか、自分の本心を悟らせまいと、常に役者か何かのような振る舞いをするのだ。
突然意見をまるきり変えてみたり、わざと奇怪な行動を取ったり、見ていて飽きない。
だが、そんな態度がトラブルの元になる事も多い。
今日中に、瑠衣も交えて正面から話し合いをしないと、面倒な事になりそうだ。
俺はチャイムに追い立てられながら、密かに決意をした。