鬼瓦家
「ハッピーバースデートゥーユー!!」
「誕生日おめでとう」
親父がしたり顔で頷いたのを合図に、瑠衣がロウソクに向かって息を吹きかけた。
「あ、ありがとう……御座います」
「もう、そんな言葉遣いしなくたって良いって言ってるじゃない」
「うむ、我々は家族だからな!
365日、年中無休で無礼講だ」
昔一度崩壊しかかったが為に、うちの家族は鬱陶しい位にお互いの距離が近い。
この、俺も含めてお互いグチャグチャに絡みあった空間の中に、瑠衣が割って入る事は出来るのだろうか?
彼女がウチに来た当初はそんな心配もした。
しかし、結果的に瑠衣は、この異常に温度の高い一家にすっかり溶け込んでいる。
その要因として、両親の無駄に手の込んだ努力(洗脳と言い変えても良い)もあるが、この狭く濃厚なコミュニティーに受け入れられたのは、瑠衣自身の性格によるところ
が大きい。
最初こそ俺に対して『こんなの兄さんじゃない!』と意味不明な発言をしたが(そもそも今日から俺の方が年下だ)、その後は本当に無難で普通な、所謂『いい子』だった。
そんな『いい子』が、ゲームの中とはいえ、理不尽に殺人を犯す事が出来るのだろうか?
幸せそうにケーキを頬張る瑠衣の横顔が、プラスチックで出来ているような気がした。
「瑠衣ちゃんとは、どこまでしたんだ?」
風呂の中に全裸で入ってくるなり、親父がとんでもない質問をしてきた。
俺はシャワーから出るお湯を、親父の顔面に噴射しながら応える。
「何もしてない」
「そぶぇあほんどが!?」
「もはやあいつを性的興味の対象として見れなくなった。
普通はそうだろう、家族なんだから」
「俺は今でも、ママの尻に性的興奮を覚えるがな」
「兄妹と夫婦を一緒にしないでくれよ。
そして生々しい性事情を息子に語らんでくれよ」
「まあ、そういうもんか」
シャワーを自分の体に向け、泡を洗い流す。
こいつは良い。
眠気と共に面倒でグチャグチャとした思考を洗い流してくれる。
「見合いのつもりで、あいつを引き取ったのか?」
「まあ、それが半分だな」
「じゃあ、残りの半分は?」
親父にシャワーノズルを手渡し、俺は湯船に片足を突っ込んだ。
心地いい温度だ。
「親しき中にも礼儀ありという言葉がある」
「365日無礼講とか言ってる人が言うことじゃないな」
「むはっ。
全くだ。
……だが、まあ、知らない方が幸せな事だってあるのさ。
お前にはもう、わかるだろう?」
わかっているんだろうか、俺は。
自己認識をするには、少しばかり眠気が強すぎる。
「話したくなったら、あの子から話すだろう。
その時はしっかり受け止めてやってくれよ。
それはお前にしか出来ない仕事だ」
眠い。
眠りたい。
親父の言葉を噛み砕く前に、俺は風呂を上がる事にした。
「また、明日」
「おやすみ」
すれ違った瑠衣の、髪から漂う香りが、鼻から脳の中にこびり付く。
「何を考えているんだ、俺は?」
限界が来ているようだ。
俺は開け放ったドアを閉める事もせずに、ベッドの中へと倒れこんだ。