ゲンジ、初戦!
多々野は城を抜ける。
どうせ敵と言っても、仮にプルガトリオオンラインの力を以てすれば二秒で片が付く。楽勝だ。
どんな相手だろう。オーガ? トロール? ドラゴン? それともマンティコア?
ま、どんな奴が相手だろうと瞬殺よ。
笑みを浮かべて走る多々野は、そしてはたと止まった。
「……マジ言ってんのかよ。マジかよ」
そこにいたのは、巨大なロボットだった。
背の高い方は恐らく三十メートルはあるだろう。黒く、甲冑を着込んだような人型ロボットだった。胸の中央には動物の紋章が模られており、図抜けた大きさの剣が腰に刺さっている。それよりやや低い方も、頭一つだけ低いだけである。白く、なめらかな金属で出来ており、蛍光の緑の瞳が多々野を見ていた。
到底スケールが違う。
「……嘘だろオイ。あんなのの相手するのかよ」
手には剣。剣でロボットの相手など、到底不可能だろう。
試しに一回剣を振るってみた。黒い方を狙った。
カキン、という金属音と、手にしびれが走っただけだった。
しかも、つま先のあたりをこつんとやっただけである。
「どうしろっつんだよオイ、どうしろっつんだよオイ……」
ロボットはむしろ多々野が敵なのかわからない様子で、そのまま微動だにしていない。
もしかしたら敵ではないのかもしれない。どう見てもファンタジー世界にそぐわない、どっからどう見てもSF世界の未来的なロボットだが、実はこのファンタジー世界ではこんなロボットを駆って戦っているのかもしれない。
しかし、そんな甘い期待を裏腹に、ロボットは撃ってきた。ロボットの頭の横から数発である。
おそらく、ロボットにしてみれば威嚇なのだろう。
かなり遠くに弾丸が弾着したのがわかる。
しかし、多々野にしてみれば目と鼻の先で小山が爆発したかのような衝撃を受けた。
耳が鳴り、何も聞こえない。
そればかりか衝撃で吹き飛ばされ、全身をすりむいた。
死ぬ。
このままでは間違いなく死ぬ。
時間稼ぎ? なり得ない。恐らくロボットが一瞬本気を出しただけで多々野はただの消し炭となる。戒名は恐らく多々野消し炭だ。笑えない。
しかし、ここではたと多々野は思い出す。
もしかしたら、プルガトリオオンラインの剣技が使えるかもしれない。
多々野はあらゆる職業のありとあらゆるスキルすべてを身につけていた。チートの賜物だ。
「よーし! 海王裂斬!」
そう叫んで多々野は斬りかかった。
カキン。何のエフェクトも出ず、ただ手がしびれただけだ。何一つとして先ほどと変わりはない。
本来ならば十数メートルはあろうかという津波が斬撃と共に押し寄せ、真っ二つに相手を切断するはずだった。
「クッソ! 雷滅剣・隼!」
ジャンプして斬りかかるが、またもただ手がしびれるのみ。本当は稲光が剣に集まり、相手を剣で押し上げた後、高速で移動して剣で切り落とすという技だ。
あり得ない。何一つとして技ができない。
ナタディルは嘘をついたのだ。クソが。
多々野はもうやけになり魔法を撃つことにした。
炎系でもかなりの威力を持つ技だ。
「炎爆葬!」
今度は出た。
広範囲に爆発が巻き起こり、大きい方の黒い装甲の周囲が炸裂する。
「はっ、ざまあみろ!」
しかし、同時に多々野はめまいがし、さらに猛烈な吐き気がこみ上げてきた。
頭が痛い。胃まで何かがこみ上げる。
耐えきれず、その場で多々野は吐いた。
並の吐き気ではない。これまでに体感したことのないほどの頭痛と吐き気。臓腑が明らかに弱っており、激痛が走る。
なんだこりゃ。どういうことだ。
戦うどころじゃない。気持ち悪い。
そんな矢先にまたも威嚇射撃だ。
今度は近い。本当に目と鼻の先だ。多々野はうずくまるより他無かった。
「君! 何をしたんだ今! 次は当てるぞ!」
「急ぐなよイノチ、そんな子供相手に」
「しかしなライ! 今、明らかに爆発を受けた! 攻撃だ」
「こんな子供が相手とは、やりづらいな」
「ああ、だが、これも戦いなんだ!」
黒いロボットと白いロボットがなんだか話をしていた。
そして、どうやらまとまったらしい。
「少年よ、今度俺たちに攻撃をした時には、反撃するぞ」
「そりゃそうだよな……」
多々野は苦笑した。彼らの判断は間違っていない。むしろ正しい。
こちらがあちらより圧倒的に小さかろうが、一方的に叩き潰せようが、それは全面戦争であればなんということもない。
むしろ警告や威嚇をしている分、かなり良心的だと言えた。
しかし、多々野はいずれにせよ絶体絶命である。
頼みの綱だったプルガトリオオンラインの技はどうやら使えない。
魔法は使えたが、死ぬほどの反動がある。限界を振り切ったステータス上の生命値や魔法力、攻撃力や防御力も実際どうなのかわからない。
つまり、まともな攻撃も、防御も行えるかどうかわからないということである。
「クソが……! 何でだよ! じゃあ俺はどうして呼ばれたってんだ? こんな奴ら相手に俺じゃあ何の役にも立たねぇだろうがよ!」
それならどうするか。
決まっている。
有効打はたった一つ。それならば、至近距離での接近戦は取らない。超遠距離から魔法で攻撃する他ない。
逃げたって、逃げ切れるモンじゃない。
そう決めれば後は早かった。一目散に多々野はその場を逃げ去った。
そして、百メートルほど離れてから、多々野は魔法を放った。
「紫電斬・激!」
紫色の雷撃が、すさまじい稲光を伴って黒いロボットを撃ち抜く。
「……手を出したな。ならば、反撃させてもらうぜ! 悪く思うなよ!」
そう言うと、黒いロボットは上空まで上がると、拳を構えた。
「イノチ! まさか!」
「ライラ、俺たちはどうしても負けられないんだ。最初から一撃で決めさせてもらう! ブロークン・インパクト!」
そして、拳で大地を貫く。そればかりか、拳から弾丸が射出され、一撃をさらに強化する。
途端、周囲数百メートルに衝撃波が発生し、亀裂が走り、そこにあった岩石や建物を跡形もなく破壊していく。
飛び散る瓦礫と岩石の破片、破壊された建物の欠片が夥しく周囲を覆う。
そして、もちろんそんな一撃であるために、多々野もその衝撃波をモロに食らった。
逃げられなかった。むしろ、逃げられるわけもなかった。
あっという間に巻き起こった破壊の渦中に、多々野は飲み込まれ、全身がバラバラになったように感じた。爆風が当途もない方向へ体をはね飛ばし、瓦礫が体を押しつぶし、建物の欠片が容赦なく多々野を苛んだ。
無論、生きていられるわけがない。
何百、何千という瓦礫に全身を痛めつけられ、その破片に押しつぶされた場合、人間の脆い体など一溜まりもない。
しかし、多々野は自らの意識があることに気付いた。
全身が激しく痛む。あらゆる箇所が悲鳴を上げ、疲れ切って動きたくない。
しかし、それだけであった。
体のどこも折れておらず、血も出ていない。
ただ死ぬほどに痛むが、それにより怪我などしていない。こぶの一つもなければ、擦り傷も切り傷もなかった。
そして気付く。
なるほど、プルガトリオオンラインの限界を振り切ったステータス上の生命値や魔法力、攻撃力や防御力は、生きているのだ。
だからこそ、多々野は死なない。
同時に、もう一つ気付く。
だからこそ、ナタディルは時間稼ぎにしかならないと言ったのだと。
多々野の額に冷や汗が流れる。
どこまでナタディルは自分の状態を把握していたのか。
そして、時間稼ぎとは、一体いつまでのことを指すのか。
決定的な有効打がお互いに望めない膠着状態を作り出し、何を為そうとしているのか。
それを多々野はまったく知らされずにいた。
(あのジジイ……! 俺はマジに何をさせられてるんだ……? 畜生!)
嫌な予感以外まったく浮かばず、それでも多々野は逃げる訳にもいかず、どうにかこの状態を打開する策を煮えた頭で考えていた。