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エクス2

 斯くして、勇者と魔王はお互いを助け、ゼダーを討った。

 しかし、その事実は、お互いの世界において大問題となった。

 エクスは異端審問を何度も受け、有力王族はこぞってここぞとばかりに彼が魔に堕ちる前兆があったと彼をなじった。

 世論の動きも、彼が魔に染まってしまったと嘆くばかりで、彼の行いが正当だったと評する者はほとんどいなかった。

 そしてエクスは彼の出身地であり、剣術指南役を務めており、その後方支援の一切合切を担っていたヴァールトン城にて幽閉の身となった。

 薄暗い牢獄に、彼は何の罪も犯していないというのに幽閉されていた。

 その牢獄に、人影が見える。

 この一月というもの、エクスはまともに日の光すら浴びていない。

 きっと食事を運んできた兵と思い、エクスは話しかけた。

「外はどんな様子だ? 贅沢を言えぬ身とは言え、僕もそろそろ干し肉と歯の折れそうなライ麦パン以外を口に入れたいものだ」

「ほう、お前はそんなものしか食べていなかったのか」

 その声は、凜とした、鈴の鳴るような女性の声だった。

「イオタか。よく忍び込めたな」

「ここの警備などザルにも程がある。三重に施した魔術擬装の意味が微塵もなかったぞ」

「外からの侵入を防ぐというよりも、僕を閉じ込めておくためのものだからね。警備などそんなものだろうさ」

 イオタは呆れたようにため息をついた。

「情けない。なぜお前はこんな状況に甘んじているのだ?」

「僕が魔に堕ちた、と世論が評している以上、大手を振って外は出歩けないさ。人の噂もそう長くは保たない。ほとぼりが冷めるのを待って、その間何の罪も僕が犯していないことが明らかになれば、今後僕は有利になる。だからこんな状況を送っているのさ」

 自嘲気味にエクスは語った。

 それをイオタは失笑した。

「逃げ腰だな。とんだお笑いぐさだ」

「そういう君はどうなんだ? 魔界でも似たような境遇にある、と僕の耳にすら届いているぞ」

 イオタはぎくり、とした顔をした。

「そうだな。お前を笑いに来れるほど、私も盤石な状態とは言いがたい」

「どんな状態なんだ?」

「私の父は貴様が倒した煉劫のツェンだ。だから、レーザ家は多少のことには目をつぶってくれるが、今回お前と手を組んだことは前代未聞だったからな。他の二王家はもちろん、貴族連中は私を引きずり下ろしたいからな。私の責任問題を日々追及しているよ」

 エクスは苦笑した。

「惨憺たる有様じゃないか」

「笑うなよ。人のことを言える状態じゃないだろう、お前も」

「確かにな。しかし、日々責任追及に胃を痛めている魔王閣下が、どうして僕の元に?」

「お前の顔を見たくなった。それだけだ」

 エクスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「えっと、なぜだ?」

「なぜだろうな。たぶん、こうして日々後始末に追われているが、お前の背中を守って戦ったあの戦いは、私にとって悪い時間ではなかった、からだと思う」

「……ふむ」

「ふむ、とは何だ。私はどこか、あの戦いが終わっても、お前とは仲間である、と思えて仕方がない。仲間に会いに来るのは悪いことか?」

 エクスは苦笑した。

「魔界の連中にしてみれば、大罪だと思うぞ?」

 イオタはむっとした顔を向けた。

「お前までそんなことを言うのか」

「冗談だ。少し、からかいたくなったのだ」

「嫌な奴だ。少し胸襟を開けば、これだ」

 イオタはため息をついた。

「イオタ、僕もあの戦いは強く印象に残っている。君は僕が神聖魔法を撃つことを躊躇っていること、それを察してくれた。自分の父の仇、その最期となった魔法だというのに」

 イオタはエクスの顔をじっと見つめた。

「君にとって二重に嫌な思いをさせてしまった。それでも君は、自ら最善の選択を提案してくれた。君は僕の提案を断り、僕を後ろから撃つこともできたはずだ。しかしそれもしなかった。あれほど短時間で、信頼できると感じたことはなかったよ。君という仲間は、僕にとってかけがえがないものだった。久しぶりだな、相棒」

「ふん。最初からそう言えばいいのだ。父のことなら気にしていない。父は武人として戦い、武人として死んだ。むしろ、煉劫のツェンはお前を罠にはめたはずだ。私はそれが申し訳なかった」

「それも勝つための手段に過ぎないさ。僕もハルリートの装甲を利用させてもらった。汚い策を弄したという点では大差ない」

「勇者エクスは知恵者とは聞いていたが、気風もよかったようだな」

「当たり前だろう?」

「減らず口を。さて、勇者どの、少し付き合え」

 そう言うと、音もなくイオタは牢の扉を開けた。

「どこへかな、魔王閣下どの」

「月夜の散歩、というやつだ。どこという指定などない」

「一杯おごってくれるなら、それで手を打とう」

 イオタは笑い転げた。

「仮にも魔王に酒をおごらせるか」

「仮にも勇者を連れ出そうと言うんだ、安いもんだろう?」

「ふん。私におごらせるのだ、高くつくぞ」

「あいにくと今持ち合わせはない。今度にしてくれ」

「また会うつもりか、お前は」

「もう会わないつもりだったのか? 魔王どの」

 イオタは即座に声を荒げた。

「そういう意味で言ったわけではない! まったく、清廉潔白な勇者ではないのか、お前は」

「僕の仕事は魔王を討つことだったからね。自然、魔王には辛辣になるようにできてるのさ」

「減らず口を。さて、行こうか」

 そう言い、イオタは牢の鉄格子ごしにエクスの腕を握った。途端、エクスの体は鉄格子をすり抜けた。

「さすがだな。魔界随一の魔王なだけはある。しかし、僕がいなくなれば少しは騒ぎになるかもしれない」

「ばかめ。私に抜かりはない。高位の魔道士以外は看破できない幻惑魔法で、お前はここにずっといるように見えている。ついでに、魔術擬装によって私たちの姿は他人からはただの男女にしか見えていない」

「魔王とも、勇者とも見えていないんだな」

「ああ」

「さすがだな相棒。さて、僕はこんな日にとっておきの店を知っている。案内しよう」

 今度は、エクスがイオタの手を握った。

「まずかったら承知しないぞ」

「僕の首を刎ねてもかまわないさ」

 エクスは笑った。

 二人は転移魔法で世界各地を回った。エクスの教える名店、すばらしい風景の数々。その時々に語るエクスの過去。

 時は瞬く間に過ぎた。

 二人の距離が縮むのに時間はかからず、一度堅く抱擁し合い、二人は別れた。

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