タイガーミステリー
「……なるほど、特に有益な情報は集まらなかったと言う事ですか。まぁ、個人で出来る事くらいなんてのは、やはりこのくらいが限界みたいですわね」
放課後、文芸部室へとやってくると、部長である月見里部長は「……ふむふむ」と嬉しそうに言うのであった。
「まぁ、ここで重要な新しい証言が出たら出たで、私の方で調べた人達にどうしようかと迷ってしまいますしね。会話やら握手をしないといけなくてはならなくなりますからね」
何故だろう。
月見里部長が言う会話とか、握手とかの言語の裏に何故か調教と言う文字が見え隠れするのは何故だろうか?
いや、気のせいだと思いたい。
そう、気のせいだと本当に思いたい物である。
「わ、私も別にそう言った情報は手に入れては居ませんですけれども……け、けど勘違いしないでよね! 別に真剣には探したりしてはいないのよ! ねっ!」
「そんなに真剣に言わないでも分かってるから……さ」
そんなに真剣に言われてしまっても、逆に変に思ってしまうのだけれども、彼女はその辺りをちゃんと理解しているのだろうか?
非常に疑問である。
「な、何よ……」
「いや、別に何も」
「な、何かあるなら言いなさいよ! 気になるじゃない!」
……これ以上言い争いをしても、結局は徒労に終わりそうなので僕は黙り込む。
「な、何よ! 返事とかしなさいよね!」
「加賀見さん。それくらいにしておきましょうか?」
と、月見里部長がそう言ってポンっと加賀見の肩の上に手を乗せると、加賀見が一瞬ビクッとなったかと思うとそのまま固まってしまった。
「おやおや? どうしていきなり加賀見さんまで黙り込むのかしら?」
「い、いえ……特に意味は……」
「なんとなく、察しが付いているけれども、こう言うのは本人の口から聞かせて貰えると助かるのだけれどもね?」
「…………」
加賀見さんが「たすけて」と目で訴えるが、それに応えられそうにはない。
加賀見さんが「たすけて」と送っているのと同時に、それよりもはるかに強い力で月見里部長が「邪魔しないでよね?」と目で命令しているからだ。
あれの間に割り込むのは出来そうにない。
「……読書、読書」
僕は本を読んで、知らないふりをする。
加賀見さんの声が「はくじょうもの」に変わったのは見えたが、別に口に出して言われてないし、第一部長のほうが何千倍も怖いのでここは無視する事にする。
「さてさて、加賀見さんはどう言った言い訳を……っと、ちょっと待ってね」
と、嬉しそうに加賀見さんをいびっていた月見里部長だったが、懐から音楽が流れ始めると、懐から携帯電話を取り出して相手を確認する。
「……あいつ、ね」
と、一言そう言ったと思うと、すぐさまその電話を取る。
「……もしもし、イチジク? あぁ、例の件、調べてくれたのね。ありがとう。で、結果のほうは?
……そう。予想通りと言うか、案外つまらない話ね。まぁ、妥当というか、無難な回答と言う所かしら? ともかく調べてくれた分にはありがとう以上の言葉を贈らせて貰うわ。……そうね、あなたが欲しがっていたアイドル、月見リサちゃんのシークレット楽屋写真か、もしくは……って、そう? そんなに激しく言わなくてもちゃんと送っておくから、くれぐれもそっちも部員に嫌われないようにして欲しいわね。それじゃあ」
そう言って、月見里部長は電話を切る。
その間、僕は加賀見さんに炎を本へと突きつけられて、無慈悲な脅迫にあっていたのだが、それに関しての恨みはこれから晴らすべきだろう。
僕はそう言いながら、持っていたドングリを大きな槍へと変化させる。
変化させると共に、加賀見さんへと向ける。
「本に火炎を向けると言う大罪を犯した人間には、僕は許しはしません!」
「先程助けてくれなかったお返しです! 助けてと言ったのに!」
彼女は僕の持つ槍を見ながら、自分の手の上に炎を作り出す。
「言ってはない! 目でなんだかんだ、そう言った想いを伝えるような事をしていただけで、口には出してないだろう!」
「伝わってはいるでしょうが!」
お互いに譲らず、戦いが行われるのかと言う緊張感が僕達を襲う。
そして僕は槍、加賀見さんは炎と言う互いの得物を持って、僕と加賀見さんは互いにどう戦いを進めようかを今か今かと待っていた。
「「…………」」
と、僕と加賀見さんの2人がいつ戦闘するかと思っていると、月見里部長がニコリとした顔でこちらを見ていた。
「2人とも、もうよろしいでしょうか?」
「「はい……」」
月見里部長が僕と加賀見さんに止めるように言って、僕達は攻撃を止めていた。
うん、争っていても良い事なんて何もないから良いでしょう。
「うん。まぁ、今入った情報がありますから情報を言わせていただきましょう。
先程、私の知り合いで、肉体系変質属の写真部部長であるイチジクさんから情報が手に入りましたわ。イチジクさんは『タイプ・蜘蛛』で、良く情報を探って貰ってますの」
肉体系変質属は大抵、何かの生物なり無機物なりに変身する力を持っている。
それが例えば蛇の力ならば『タイプ・蛇』、ヘリコプターならば『タイプ・ヘリコプター』とかになっているのである。
つまりはそのイチジクさんとやらは、『タイプ・蜘蛛』だから蜘蛛の力を持つ者と言う事なのである。
「……まぁ、『タイプ・蜘蛛』とは情報収集にしては向いていると思うけれども。……で、その人がどうかしたんでしょうか?」
「その人からの情報によりますと、どうも面白い情報が手に入りましたよ。どうやら鐘には何かを取り付けられた跡もありますし、犯人もだいたい……それから、犯行の方も分かり始めましたよ」
フフフ、とそう言う月見里部長。
「……で、その犯人の方もイチジクにどうなったかを聞いたんですけれども、その犯人に1人の女性が探りを入れているみたいなんですけれども……日向野君、大丈夫ですか?」
と、何か含みのあるような言い方をする部長。
それに対して「何をしたの?」と言った顔でこちらを見て来る加賀見さん。
いや、別にこちらとしては心当たりはないんだけれども。
「……部長。何が言いたいんですか?」
「もう言ってしまっていいのかしら? もう少し考えてみた方が、文芸部としては書物の執筆なり、本の読書と言った事に行かせると思うわよ?」
「……女性、ね。僕の知り合いに女性と言うと、あいつくらいしか……」
でも、あいつならば、もう帰宅しているはず……。
『……そう。じゃあ、今日は1人で帰って置いて。私、今日はやる事があるの。江上君と』
「……! まさか、あいつ!」
僕はそう言って、文芸部の部室から飛び出す。
「部長!」
「時計台の鐘の部分に居るそうよ」
「助かります!」
そう部長にお礼の言葉を言って、僕はあいつの元へと向かうのであった。
無茶してないと良いのだが……。
☆
「全く……。やっぱり男の子だね」
と、彼が出て行った文芸部室にて、月見里部長がそう言うと、もう1人の部員である加賀見さんが「何事ですか?」と聞く。
「……彼、あんなに激しいキャラでしたっけ? てっきり読書好きの、無感情な本好きだと思っていたんですけれども?」
「人と言う物を枠で考えようとするのは止めた方が良いと、先輩からアドバイスしてあげますわよ。加賀見アキさん。人間は喜怒哀楽、いつも喜んでいるような人間も居れば、いつも怒ってばかりの人間も居る。けれども、いつも喜んでいるような人間は決して、いつも喜んでいる事はない。誰にだって、感情は存在すると言う物よ」
「……つまりはどう言う意味です?」
「ただの本好きに見えても、案外ああ言った有事の際にはちゃんと男らしさを見せる。そんな人も居るって事よ」
「ふーん。そうなのね」となんだかちょっと嬉しそうな顔をする加賀見さんを見て、月見里部長は「あれれ?」と先輩風を吹かせながら近付いて行く。
「もう春の兆しが見え始めている、と言う感じかしら? ねっ、加賀見さん?」
「へっ!? い、いや私がどうして日向野なんかを好きにならないといけないんですか! 私としてはもっと男らしくて頼りがいのある――――」
「私、名前は出してないんだけれどもね?」
「……っ!?」
怒って両手から火炎を出す加賀美さんを見て、「冗談よ」とそう言って宥める月見里部長。
「まぁ、ちょっとばかりは彼の事を好きになった経緯を今度、個人的に聞きたいと言うところ、かしら?」
「そ、それは……」
「何? 部長の私に話せないような事?」
「……言葉にし辛いって言うか」
「じゃあ、今度本として見せてくれれば良いから。ねっ?」
その言葉に、仕方なく頷く加賀見アキであった。