タイガーランチ
江上信成への鬼原先生の制裁を見届けた後、僕はちょっとばかし緊張していた。
怒られたのは信成がちゃんと状況を把握してなかったせいではあるが、ほんの少しばかりは話をせずに隠していた僕にも責任の一端はあるかと思ったからである。
ちょっとばかりは恨まれても可笑しくはないかなと思っていて、もし襲ってきた場合は落ち葉を戦艦砲に変えて迎撃しようとはしたのだけれども、どうも彼の頭は相当にバカなようであり、僕のせいで先生に怒られた事を忘れているようだった。
「いやー! やっぱりダイヤモンドは硬いな! 一瞬、頭がくらっとしたぜ! まぁ、あんな怪我、肉体系の異能力を持っている者からしたら普通だから安心しろよな、相棒!」
……ちょっぴりムカついたので、葉っぱを連装砲に変えて攻撃しておいた。
「……全砲門ファイアー!」
「そ、それ、違う奴ー!」
まぁ、大丈夫だ。
肉体系にとってはこの程度の攻撃、良くある物と彼が言っていたし。
この程度の攻撃、彼にとっては本当に些細な物なのだろうし、気にしなくても良いや。
「ううっ……何気にさっきの一撃は鬼原のダイヤモンドクラッシュよりも効いたぜ……。流石は……俺の心友だぜ。ガクッ……」
あっ、江上の奴。
また倒れた。
☆
その後も華麗に江上の追及を交わして(またはただ言いよどんだだけとも言えるが)話を逸らしていた。
そうこうしていると、奴の方も僕がちょっと言いにくいんだろうな程度には思ってくれたみたいで、
「――――……なるほどな。まぁ、お前が言いにくい事だったり、相談しづらい事を抱えていると言う事は分かったぜ。
ならば……俺は潔く、堂々と話を聞かないと言う選択肢を取る。けれども状況が変わって俺に相談出来たり、事件に肩が付いたら俺に話を教えてくれよ。なっ、心友!」
キラッと、ドヤ顔をするそいつがなんとなくムカついたので、今度は三連装砲に変えて先程よりもちょっと強めに撃って置いた。
まっ、それで良いのだったらそれで良いにしておくとしよう。
お昼になり、僕は昼食の時間を迎えていた。
僕は楓に「一緒に外で食べようか?」と誘うと、彼女は何も答えずにただただ頷いて弁当を持って付いて来てくれた。
江上も来たがっていは居たが、鬼原に「先の授業のような失敗をもう繰り返さないためにも、2人で親密になって話をしないか?」と言って連れていかれてしまった。
「お、俺は……! ウホッな展開は望んではいない!」と言うのが彼の言い分であり、「安心しろ。俺はノーマルだ」と言うのが鬼原の言い分だった。
結果的にまたしてもダイヤモンドで殴られて連れてかれた江上なのであった。
まぁ、そんな江上の話は些細な問題である。
とりあえずは、今差し迫っているのは楓との昼食の事なので、江上の事なんて本当にどうでも良いのである。
この前、加賀見さんと会って運命のチャイムを聞いたあの校舎裏だと、あの時の加賀見さんと出会った時の事を思い出してしまいそうなので、校舎裏は候補から外しておいた。
なので、僕と楓の2人は中庭の日差しがあまり強くないベンチを探して座った。
「いただきます」
「……いただき、ます」
僕は冷凍食品やプチトマトなどを使った普通の弁当、楓はハムとかレタスなどの低カロリーなサンドイッチを中心としたカジュアルな弁当であった。
僕は箸を使って三角食べをして美味しく食べ、楓のほうはちょっと小さめにサンドイッチをかじりながら食べていた。
「美味しいな、楓」
「……そうです、ね」
自分で言うのもなんだがなんともまぁ、冷めた会話である。
他の人から見たら、仲良しには見えないだろう。
けれども、これが僕達の距離感、これが僕達の関係なのだから仕方がない。
「……そう言えば、健」
「ん……? どうかしたか?」
珍しい。
いつもだったら、食べ終わるまで喋らない。
もしくは食べ終わっても喋らないと言うくらい普通に行う楓が、食べている最中に話しかけて来るのは本当に珍しいものである。
食事をやめて、彼女の話を聞く。
「どうかしたのか?」
「……鐘の音、の話」
「あぁ、あの話か」
今、僕が考えているのもそれについての話である。
まぁ、どうやって伝わっているのかは知らないけれども、昨日の夕方に起きた鐘の音は今日の2時間目の授業くらいには全校生徒にその旨が伝わっているみたいである。
まぁ、そう言っていたのはあの江上の話なので確証は出来ないけれども、難しいものである。
「……鳴ったって、他の人から聞いた。沢山の人、聞いたって」
「あぁ、そうなんだよな。けれども学校側の調査によると鳴るはずはないんだとか」
「……聞い、た。歯車がないとか」
「そうそう。まるで『悪魔の証明』さ」
居るには居る。
しかし、それが居ると言う事を証明出来る物証は存在しない。
幽霊や悪魔などに用いられる事が多い、『悪魔の証明』。
まさかそれをこんな現実世界、しかも学校の鐘なんかで行おうと言うのがどうかと思うけれどもね。
「……でも、『悪魔の証明』で、はない」
「そうだよね」
正直、これが異能力とかない、普通の世界であろうとも、そこには何かのトリックがあるはずだ。
少なくとも『悪魔の証明』のように、居るかも知れないし居ないかも知れないみたいな、叙述的な話ではないはずである。
「けれども、そうだとしたらその人はどんな事をしたのか」
どうすれば、歯車式の鐘を、歯車無しで鳴らせるか。
それが悩み所と言う物である。
「……健はそれで、悩んでいるの?」
「まぁ、そうだな」
「……ふーん」
と、つまらなさそうに言ってそのままサンドイッチを食べるのに戻る楓。
話はどうやら終わったようなので、僕もまた食事を再開する。
その最中、楓は横で「……そうです、ね。いける、かな?」と何やらぶつぶつと独り言を呟いていた。
話しながら食べるのは行儀が悪いと言いたい所ではあったけれども、彼女の所作には礼儀正しさと言うのは感じられても、無遠慮みたいな要素はまるで感じられなかったので注意するのを止めた。
幼馴染とは言っても、別に悪い事をしている訳でもないし、行儀をしつけるような子でもないし。
「……ごちそう、さま」
「ごちそうさまでした」
と、楓が食べ終わるとほぼ同時に、僕も食べ終わる。そしてササッと、弁当箱を片付けてしまう楓。そしてトコトコと、楓は教室へと戻るべく歩いて行く。
「……ねぇ、健」
「ん……?」
「……健は、部活に入ったのよね。文芸部」
「あぁ、そうだな」
あれは部活に自分から進んで入ったと言うよりかは、気付いたら相手に引きずり込まれるようにして入っていたみたいな感じだが。
「……じゃあ、帰りは遅い?」
「まぁ、帰宅部と比べれば」
「……そう。じゃあ、今日は1人で帰って置いて。私、今日はやる事があるの。江上君と」
江上とやる事……。
あぁ、恐らくは江上と一緒に帰宅する事だろう。朝来たら、江上が「ヤッホー! 昨日の下校中、楓ちゃんのおっぱいが何十回と揺れて嬉しかったぜ! ヤッホー!」と高らかに話していたのを思い出す。
あんなゲスともう一度帰るとは器がデカいと言うかなんというか。
多分、あいつはお前の顔の美しさと、その大きめのおっぱいしか見ていないと言うのに。
(まぁ、そりゃあそれなりにあるしな)
と、僕は彼女の容姿を再度見て、美人だなと再認識する。
別に背が高すぎると言う訳でもなく、スレンダーなスリムボディで、でもその女としての自己主張をする物は確かに自己主張している。
銀髪の幻想的な美しさとミステリアスな無表情さが相まって、昔から人気があるのは知っている。江上が惹かれるのも分からなくもない。
ちなみに加賀見さんはその逆で、背も低くて全体的に細い印象であり、月見里部長は背は低いが女としての自己主張は楓並みに激しい、と言う感じだろうか。
「……? ……どうか、した?」
「いや、なんでもない」
ここで素直に「楓の美しい肢体を眺めていた」と言ったら言ったで、気まずいし。そんな事、恥ずかしくて言えそうにない。
「……そう。なら良いけど」
そう言って僕と楓は教室へと戻っていた。
いつものように肩を並べて2人で。