ブックチャイム(2)
例え異能者が普通に暮らす現在であろうとも、校長の話と言うのは長い物らしい。
十字学園の入学式、もう既に僕は校長の話を聞かずに本へと目を向けていた。僕の隣に座っていた楓が「……話を聞いた方が」と言うけれども、だけれどもこの校長の話のどこに僕達に関係ある要素があると言うのだろうか?
「――――この前、私の孫が私に向かってこう言って来たのですよね。『おじいちゃん、お仕事頑張ってね』と。
その天使のような可愛ささえあれば、例えどれだけの疲れであろうとも一瞬にして吹っ飛んでしまうほどの、本当に素晴らしい可愛らしさでしたね。いやー、あの笑顔の微笑ましさとあったら、写真を毎日のように見ていたいくらいでしてね」
既に校長(白髪が目立つ気の弱そうなおじいちゃん)はなおも、孫自慢を止めないようである。
これのどこが入学式と科関係があるのだろうか? どこにも関係はないと思うのだが。
既に他のほとんどの生徒達は話を聞いていないでいるみたいだ。
中には寝ている生徒まで居るくらいだ。
楓のように熱心に校長先生の話を聞いているのは本当に少数派である。いつ終わるのかと迷っていると、後ろの方から「ええい! まどろこっこしい!」とそんな声が聞こえてくる。
振り返るといかにも長い話が苦手そうな、耳にピアスを付けている男子高校生が椅子の上に立っていた。
「俺はイライラしてるんだ! 校長の長ったらしい話はこれで終わりにして貰おう!」
そう言って彼は手の平からまばゆい光を発し、その球をいくつもいくつも作って行く。
もしもこれが普通の学園だったのならば、大騒ぎになるのだろうが、十字学園は違っていた。
「おおっ、あいつは光かー。属性系かな?」
「物体に出来ない所を見ると無象属かなー」
「いや、敢えて隠していると言うのも……」
「あいつにそんな知能あると思う人、手上げてー」
大騒ぎは大騒ぎでも、ただ面白がっているだけであった。
「校長、新入生からの挨拶だ! 景気づけに貰って置けよな!」
そう言ってその男子生徒はそのまま椅子の上から光の球を放つ。
「へぇー……良く飛ぶなー」
「……命中も正確そう」
僕も楓も、別に珍しくも無いその光景をただただ傍観者のように見つめていた。
こんな事くらいで驚いていては身が持たないからである。
「――――さて、その孫なのですが先日遂に自転車に乗れるようになりまして……」
と、校長の方も別に特に気にしたように見えずに話を続けていた。
この校長――――十字恒久と言う名前なのだが、彼にはこの攻撃を防ぎきるだけの力はない。
彼もまた異能持ちである事には違いないのだが、彼の異能は順応属。毒に順応する毒耐性なり、熱さに順応する熱防備と行った、おおよそ戦闘には縁遠い能力であり、十字校長が持っているのもまた寒さの順応と言う、ただそれだけの能力。
対して相手はまだ高校一年生になったばかりとは言え、光と言う属性を操る属性系統の攻撃的な男子生徒。
ゲームで言えば、寒さに強いだけの村人Aと、光を球として発射する魔法使いと言う、どう考えても後者が勝つ確率満載の戦いである。他の生徒も、校長がこの男子生徒に勝つとは思っていない。だが、男子生徒は負ける。
「……全く。今年も出ましたか。困ったものですね」
と、そう言って校長に光の球が当たろうとしたその瞬間、いきなり空中に楯が現れてその光の球を防ぐ。
「全くですね、同じ生徒とは言え、嘆かわしいばかりです」
いきなり現れた楯の上に、1人の金色の甲冑を纏った武人のような女子生徒が立っていた。
その女子生徒は亜麻色のポニーテールの高身長のナイスバディの女子生徒。
頭には金色の兜を被っており、制服の上から金の甲冑を着ている。
そしてその手には金の剣を持っていて、その金の剣からはビリビリと雷が纏われていた。
「校長の話が長いとはいっても、攻撃を向けて良い事にはならない! よって罰を与えよう!」
武人のような女子生徒は、その雷の剣を振るう。
振るうと共に雷が放たれて、先程光を放って攻撃していた男子生徒へと向かっていた。
雷に当たって男子生徒は痺れて、そのまま倒れてしまっていた。
それを近くに座る生徒達は遠巻きながら関わらないようにしていた。
「……校長、もう良いですか? そろそろ皆も飽き飽きしている頃でしょうから」
「――――えぇ。そうですな、生徒会長。孫自慢はこの辺で止めておきましょう」
そう言って校長はそのまま帰って行き、先程現れた金色の甲冑を着た彼女がそのまま校長が立っていた場所へと向かう。
そしてぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「初めまして、皆様。私の名前は西城姫華。この十字学園の2年生であり、生徒会長です。
新入生の皆様、それに2年生や3年生などの在校生の皆様。この学園で多くの事を学び、そして伸び伸びとした学園生活を送ってください。私達生徒会役員は、あなた達の活動を全力でサポートしていきたいと思います」
そうやって堂々と語る十字学園生徒会長、西城姫香の声と共に入学式は幕を閉じた。
会場には1人の男が倒れていたが、別に誰も気にしてはいなかった。