ハンマージェラシー(2)
「生徒会の左凛。彼女はかなりの暴れ馬だよ。生徒会長の西城姫花さんに傾倒しすぎて、愛しすぎて、他の事に眼を向けられない。人の上に立つには、あまりにも未熟過ぎる。それが彼女だよ」
「……うるさいですよ、月見里さん。……っと、伝えてください」
ただの独善者じゃないですか。
えっ?
言っている事も要領を得ないし、もう本当にお帰り願いたいんですが。
「まぁ、でも写真部を潰すはなしにしても、生徒会長を襲っただけの治療費分くらいは請求しても良いかなー? って、左さんに伝えていただけませんか?」
「……はぁ!? 私の大・大・大・大好きな姫花さんを傷付けただけで万死に値します! 何度も、何度も何度も何度も、ぶち殺したいくらいですよ! ほんのちょっとでも傷付けたくらいで、それ以上に傷付ける事こそが私達の望む事です。と、そう月見里さんに伝えてください」
もう普通に話せば良いんじゃないか?
そう思うのは僕以外にも居ると思うが。
「治療費で勘弁してくださいよ。それ以上は多分、無理ですから。ね?」
「……分かりました。それで我慢します。では、よろしくです」
そう言ってトコトコと、まるで何事も無かったかのように帰って行く左さん。
……もう二度と会いたくない、まるで台風のような人だった。
☆
「と、言う訳で文芸部一同で写真部をぶっつぶしましょうか!」
生徒会書記で、台風としか思えないような左さんが帰った後、月見里部長がそう言う。
「つーか、部長? あんな台風のような女の言う事を聞くつもりですか?」
「……そうね。まぁ、ほんのちょっと違うけれども、ね」
と、加賀見さんの言葉に対してそう言う意味深な言葉を言った部長は、前の方に置いてある白板の上にペンで文字を書いて行く。
「確かに彼女の暴走具合は私もちょっと予想外だったわ。あそこまでイカレてるなんて……。とまぁ、世の中にはちょっとばかりイカレた人達って言うのは少なくないの。多い訳ではないけれども、数はそれなりに存在しているし」
「……部長、それ、は何?」
「あぁ、今回の組織図をまとめておこうかなーって」
そう言って、部長が書いているのは今回の騒動のまとめみたいである。
「まず、今回の騒動の発端は左凛。彼女が戦闘好きの西城姫花さんを焚きつけて、九十一を倒しに行ったのがそもそもの原因よ」
「……まぁ、あの人が悪いのはおおよそ見当がついていますが」
あんなサイコ百合がまともであるはずもないし。
「そうそう。あの子は生徒会長の西城姫花さんの事が大好きすぎてね……。それで西城姫香さんは生徒会長として『誰にも負けない生徒会長』みたいな武闘派の目標を掲げているから、特にね。
西城姫花さんが生徒会長として正しく居るために、出来れば最強で居て欲しいのよ、彼女の心情的には。そして、九十一は前生徒会長……その人のお墨付きがあったんだけれどもね。つまり、あの子にとって九十一は自分の尊敬している人よりも上に居ると思い込んでいる目障りな奴、と言う訳」
そのまま、白板に文字を書きながら話を進める月見里部長。
「九十一は写真部の部長で、なおかつ実力も相当な人物よ。恐らく、この中で一番相性が良いだろう、加賀見さんでも能力を発動する以前の問題で負けると思うわ」
「その九十一さんの異能力って……どんな?」
と、僕が聞くと、九十一と書いた名前の横に蜘蛛と言う二文字を書く。
つまりは……蜘蛛の力を持つ異能力。
「さしずめ肉体系変質属、『タイプ・蜘蛛』って所かしら?」
「なるほど。確かに加賀見さんとは相性が良さそうですね」
そう言いながら、僕達が揃って加賀見さんを見ると、「な、何よ! やる気!」と言いながら自分の周りに火炎を作り出す。
まぁ、単純に考えて蜘蛛と炎ならば相性は悪いわな。
「生徒会長、西城姫花の異能力は雷の武具を作り出す属性系有象属。雷もまぁ、電熱とかで蜘蛛の一番重要な糸の部分を焼き焦がすので、まぁ、相性が良いと言えば良いのかも知れませんね」
「……けれども、重傷を負った、と」
「えぇ。まぁ、けれども多分だけれども、倒したのは九十一さんじゃないわね」
と、そう言って九十一と書かれた文字を消すかのように、大きなバッテン印を入れる月見里部長。
「いくら、西城姫花さんが戦い好きだと言っても、あくまでも好きな程度よ。ちょっと戦った方が良いんじゃないと言われて戦うくらいには軽い女だけれども、誰でも彼でも戦いを挑むような戦闘狂ではないわ。だって、そう言う風に矯正したもの」
「……矯正、する前は、違った、の?」
「まぁ、楓さんがずーっと虎の状態で居るくらいには、野性味あふれてたわね」
楓がずっと虎の状態で居る?
虎の状態って、本人が言うにはかなり戦闘とか、血とかを欲している状態だと聞いたが、そんなのが常に居たら困る。
絶対に生徒会長には選びたくない。
案外、それが理由で前生徒会長は西城姫花さんを選ばなかっただけじゃないのか?
「……まぁ、ともかく、よ。九十一さんもいきなり戦闘をするようなタイプじゃないわ。むしろ戦闘を避けるようなタイプ」
「でも、実際に生徒会長は、写真部に行く際に襲われてるんですよね?」
「えぇ。左さんの言い分だけではなく、実際に見た人は居ないけれども、生徒会長は写真部と生徒会室との間の廊下で倒れてたそうよ? けどまぁ、犯人はだいたい想像が吐いているけれども?」
そう言って、月見里部長は携帯電話を鞄の中から取り出して、どこかへとかける。
「……あっ、もしもし? 奈々だけど? ちょっと良い? この間の生徒会長襲撃の事件、あなたの所の管轄の暴走でしょ? そっちはそっちで対処して欲しいんだけれども?」
そう言って、話している内容から恐らくかけている相手は、
「件の容疑者、九十一ね」
「……それ、くらい誰でも、分かる」
「な、何が言いたいのよ! この無表情女!」
「……別に。幼女ツインテール」
「なっ! い、言ってはならない事を! 表に出なさい! 消し炭にするわよ!」
「……虎に、喧嘩を、売るとは……。物好き、な」
まぁ、あそこの喧嘩は放っておこう。
「……OK。分かったわ。そちらでも困っていたのね。じゃあ、こっちからお灸をすえてあげるわ」
あの……部長?
どうしてこちらの方を品定めするような眼で見ているんですか?
その眼、ちょっと怖いんですが。
「……大丈夫よ。こっちには優秀な人材が3人も居るんだから、ね。じゃあ、またね」
そう言って、電話を切った部長は「では、早速……」と前置きをした後、こちらを見る。
「まぁ、3人も居れば大丈夫でしょう。と言う訳で、あなた達には今から武闘派として、2年生の中でも随一の強さを持つ生徒会長を一瞬で倒した相手を倒して、反省させて貰えませんか?」
「それ、絶対に一介の文芸部員の範疇から越えてませんか!」
僕がツッコむと、それ以上は言わない方が良いわねと言う顔で眼で訴えかけてくる月見里部長。
……こ、怖い。
顔は笑顔だけれども眼が本気と言う、本では良く見た事のある表現って、実際に目にするとここまで怖いのか?
正直、ちびりそうである。
「大丈夫、大丈夫。犯人もまぁ、1年生だし、3対1ならば軍配が上がっても可笑しくはないわ」
「……相手は?」
「ん? 写真部所属の1年生にして、今年の新入生の中でも最強の呼び声が高い、猫屋敷蓮一郎さんよ?」
1年生最強と言う肩書に、僕達3人は萎縮する。
最強。
それは最も強いと言う事だ。
10種類に分かれているとは言っても、それだけ多種多様な強さがあって、一概にどれが最強と言って良いか分からないようなこの学校で、1年生最強の呼び名を持つ人物。
僕達はその肩書にちょっとビクビクしていた。
「……後、恐らく左さんと同じく、頭のネジが緩んだ、イカレた人だと思うわ」
その言葉に僕達はさらにビクビクするのであった。