サンダープレジデント
「失礼させて貰う」
そう言って扉を開けて入って来たのは、中学生くらいの身長しかない赤い短髪の男性であった。
リスやハムスターなどの小動物のような愛らしい顔立ちの、中性的な印象を受けるようなその男性は、眼をキラリと輝かせながら立っていた。
そして彼は持って来た書類を生徒会長である西城姫花へと渡す。
「写真部の活動記録予定表、それと今月の活動記録。提出しておいたので、印鑑を押して貰えるか?」
「はい、分かりましたよ。もう帰って貰って良いですよ」
「では、これにて失礼するよ」
写真部長の彼は頭を下げてそのまま帰ろうとするが、扉の前に生徒会書記の左凛が陣取って写真部部長を見ていた。
「確か君は1年の……?」
「……そう。書記の、左凛」
「ならばこちらも名乗って置こうか。写真部部長、2年の九十一。漢数字で『91』と書いてイチジクジュウイチだ。それで、そちらは何の用かな?」
九がそう言うと、左は懐からトンカチサイズの小さな鉄のハンマーを取り出していた。そしてその鉄のハンマーをズイッと九に見せつける。
「……付与・《大》」
左はハンマーに付与を行うとそれは一気に大きくなって、人間大くらいの大きなハンマーへと変わる。
「物質に力を加える能力、付与系の異能力か。ハンマーを大きくした所を見ると、状態属、か。自分の異能力の属性を知って欲しかったとか、そう言う事で俺を呼び止めたのか?」
「……いえ、あなたは私の前の書記だと聞きましたので」
「書記の心得でも語って欲しいのか? 普通の生徒会と違って、異能特区の生徒会の役職にはそれぞれ独自の役割を持っている。生徒会長はその学園の顔、そして会計は作戦参謀、対して書記とは特攻隊長であり――――――」
「……そうじゃない」
そう言って左は、ズズイッと九に詰め寄る。
「……前の書記の強さを知りたい」
そう語る左の瞳には、メラメラと燃えたぎるような熱い炎が燃えていた。
「西城……お前、この後輩に対してどう言う教育をしているんだ? いきなり力比べを申し込まれたんだが?」
「すまない、イチジク。彼女はお前の功績を知らないのだ」
「もっと詳しく言うとね~。左君は確かめたいのさ~」
と、尾上が相変わらずの軽口でそう言い、それに対してどう言う事なのかと説明を問う九。
「……さっき、前の生徒会の話が出てね~」
「去年の生徒会? 俺と尾上先輩、そして山城生徒会長の3人……後は西城が途中から役員として入って来たくらいのその生徒会が、どうした?」
「前の生徒会長が姫花君じゃなくて、君を選んだ事を話したんだ~。そして君は辞退した~。それで姫花生徒会長に先輩以上の情念と愛情を持っている彼女は~、君の強さが知りたくなったんだ~」
「……意味が分からない話だ」
そう言って、尾上の方を向いて一度溜め息を吐いた九はそのまま、今もなおハンマーを向けて来る左を見つめる。
「君が俺に勝った所で、山城元生徒会長が俺を生徒会長に相応しいと言った事実は変わらない。同時に俺が勝ったとしても、西城姫花が生徒会長から降りる訳でもない。どちらも得をしない、嫌な話だ」
「……それでも、戦いたい」
「意味が分からないな。西城、この1年をどうにか止めて貰えないか?」
「そ、そうですね」
そう言って姫花が生徒会長の椅子から降りて、左へと近付き、止めるようにと耳元で言う。
耳元で大好きな姫花に囁かれた彼女は、嬉しそうに、だけれどもほんの少しだけ不満げにハンマーを元へと戻す。
「……私は、あなたの事を知らない。それに、さっき、言った通り」
「――――――どちらも得をしない、その辺りを理解はしているようだな」
「……けれども、それでも、私以外は納得する」
そう言って、自分の机に置いてあった一枚の投書を姫花へと渡す。
「えっと……『西城姫花は弱い。やはり九十一の方が生徒会長に相応しい』ですって!」
それを見た瞬間、姫花の身体の周りに稲妻が飛び交い、そしてそのままの勢いで紙を破いた。
「誰が、弱いですって! この雷を武器に変える力を持つ私の力が弱いだなんてあり得ない! 私は日々鍛錬を欠かした事はない! だからこそ、このイチジクに負けるのは絶対にあり得ない!
あり得ないったらあり得ない! 今すぐこの投書がデマだって事を証明させてあげるわ! そうよ、絶対に認める訳には行かないんだから! 表に出て早速勝負よ、イチジク!」
そう言って、一人で納得し、一人で勝負を決めつけ、一人で出て行った姫花。それを嬉しそうな顔で見送る左と、呆れたような表情をする尾上と九。
「……尾上先輩。雷を使う異能者って、あそこまで好戦的だったか? 彼女、俺が生徒会に居た時以上に、戦闘に拘るようになっているんだけれども?」
「『生徒会長だから強くなれ!』みたいな物でもあったのかな~。生徒会長になってから、あの子はずーっとあんな感じなのさ~。普段は冷静でどこか頼りなさを見せつつ、戦いの事となると人一倍激しく暴れ回るようになってしまって~」
「……確実に先輩の監督不行届だと思うが」
そう言って、左を見る九。
「2年と3年の生徒は前の生徒会長が俺を指名しているからこそ、今の生徒会長が俺を倒して、本当に良かったとでも思わせるのが目的か?」
「……それで正しいです」
西城姫花は生徒会長として十分にその役目を果たしていると言えよう。
けれども山城前生徒会長が指名した九十一の方が良いと言う層も確かに存在する。
なのでそう言う人達にも納得して貰えるよう、この機会に九十一と西城姫花とを戦わせようと言うのが左の考えている事なのである。
「はいはい。それでお前さんが納得するならば、戦ってやるよ。……まっ、それで納得するかはお前さんと、お前さんが考えている納得して貰いたい層次第、だが」
「……戦ってくれれば良いです。後は勝とうが負けようが、なんとかします」
そう言う左の眼には、盲目的な、狂信的な、妖しげな魅力を感じた。
「まぁ、遅れないようにしてくれよ~。イチジク君~」
「分かったよ、尾上先輩……」
そう言って、九は今度こそ生徒会の部屋を出て行く。
「……尾上先輩」
「なんだい、左君?」
と、九が出て行った後、左が尾上に話しかける。
「……姫花生徒会長と、九十一さん。勝つとしたらどっちですか?」
「それは~、私の考えを聞かせてくれ~と言う話~?」
「……コクリ」
「う~ん~、そうだね~。姫花君は雷の武具を使う属性系有象属で、九十一は肉体系変質属。勝つとしたら~、十中八九、姫花君だろうよ~」
尾上の言葉に嬉しそうに胸を張る左。
その際に、長すぎるポニーテールと長い袖も揺れる。
「だが……」と尾上はそう付け加えるようにして言う。
「……だが?」
「西城姫花に左凛と言う盲目的な狂信者が居るように……同時に九十一にも盲目的な部下が居るんだよね~。それもとびっきり優秀な~」
☆
西城姫花は運動場へと向かって廊下を歩いていた。
『誰にも負けない』。
それは西城姫花が自分に課した物だ。
例え絶対に勝てないような勝負で、敗けるのが確定するような勝負であろうとも、それでも姫花は勝つと思う事が大切だと思う。
そうやって自分に勝利する事を義務付けるように課題とする事で、姫花は強くなっていった。
(……九は肉体系の変質属で、普通に戦えば勝つのは私。けれどもそれでも前生徒会長が私では無くて九を生徒会長に選んだのは恐らく彼の方が強いと思ったから。
あの人は、生徒会長は強者でなければならないと言っていたから)
生徒会長とは強くなければならない、それが山城前生徒会長の口癖だった。
彼にとって生徒会とは、他の異能特区の学園との戦いの場であり、敗けてはいけない存在だったのだろう。
今でも、異能特区の生徒会同士での争いは月毎に行われている。
だから、生徒会長となった姫花は負けない生徒会長として準備を怠らなかった。
異能についての勉強をし。
他の生徒会について探りを入れ。
戦闘訓練を絶え間なく行った。
今では誰にも負けないと胸を張って言える。
山城前生徒会長だって、今の姫花と左を見ればどちらが生徒会長に相応しいか、答えは変わって来る。
そうに違いない――――――。
そう思いながら運動場へと向かっていると、姫花の前に1人の美少女が現れる。
その少女は黒いローブを纏った、かなりの高身長の女性である。
顔はローブを深く被っているせいで良くは分からないが、それでもとても美しい顔である事はローブ越しでも誰の眼にも明らかだった。
そんな美少女はゆっくりと、だけれども見る者を威圧させる雰囲気を放ちながら、姫花を指差す。
「……さいじょうひめか」
名前を呼んでいるはずなのに、何か別の名前を呼んでいるようなそんな感覚で呼んでいるようなそんな感覚。
そんな感覚を引き起こすローブの彼女は、そのままゆっくりとした面持ちで見ていた。
「――――――さいじょうひめか、お前を倒す」
「面白い……。九十一の前にあなたで試して腕ならしをしましょう」
その時の姫花は、彼女に対して軽い運動くらいにしか思っていなかった。
それから数十分後。
そこにはボロボロに打ち倒されている西城姫花の姿があった。
そしてその前に立っている黒いローブ姿の女性はジッと、倒れている姫花を見つめていた。
「いちじくじゅういち先輩、私はやりましたよ」
ローブの下、彼女はニッコリと薄ら笑みを浮かべていた。
次回、「ハンマールード」