タイガーフレンド
その後の後日談。
この騒動を引き起こした彼、久崎誠二郎さんはと言うと、月見里奈々部長によって連れて行かれた。
『この後、あなたが本当になりたかった属性系の、西城姫花さんによってあなたには何らかの処罰が為されるでしょうね? あなたがこれから受ける処罰がどのような事になるか、じっくりと、ねっとりと教えてあげますね』
と、月見里部長は久崎さんを連れて行ってしまった。
ついでに江上の方も肉体的なダメージがあったらしくて保健室でちょっと治療をしてもらうそうである。
連れていく最中に平然と月見里さんが久崎さんへと語っていた「拷問の知識」がなんとも現実的で、久崎さんの顔が凍りついていたのは気にしない事にしよう。
僕の方はと言うと、月見里部長から、あの後眠ってしまった白山楓を無事に送り届けるように頼まれていた。
言われなくても無事に届けるつもりではあったのだけれども。
こうして、僕は楓を家まで運んでいるのである。
「まぁ、運ぶのは良いんだが……果たしてこれで怒られないだろうか……」
と、僕はそう言いながら楓を見る。
普通に小説とかだったら彼女を背中に背負って運ぶのがお決まりの展開だと思うが、残念ながらそこまで筋力がない僕が選んだ方法。
――――――それは彼女をキャスター付きのトレーで運ぶと言う方法だったのだ。
……流石に何か言われるだろう。
明らかに女性を運ぶ物では無い事は確かだし。
でもなぁ、こうやって運んでいると言う所を彼女には評価して欲しい。
評価する前に彼女がどうするかが問題なのだが。
「全く……寝ている分には可愛い奴め……」
と、トレーの上でゆっくり眠っている楓を見ながらそう思う。
彼女は頭に白い虎の耳を生やし、学生用のスカートの下からは白い尻尾を生やしており、その手は虎の肉球のようになっている。
「こいつがこの姿で寝ているのは、本当に久しぶりだなぁ」
と、僕がそう言いながらゆっくりと彼女の頭を撫でると、嬉しそうに頭を揺らしながら唇をニッコリと微笑みの表情を作っていた。
昔はこいつの力の制御のために付き合わされて散々自分の力を制御出来ずにそのまま身勝手にも疲れ果てて、そのまま眠りこけてしまったりしてこう言う光景を何度も見た事がある。
まぁ、小学校高学年くらいになったら完全に力をコントロール出来るようになっていた頃には関係のない話だが。
今のこいつはトレーの上で丸まっている姿が、まるで猫のようで本当に可愛い。
実際は猫じゃなくて、虎なんだけれども。
これで今回の騒動は一件落着。
晴れて十字学園に一時の平和が訪れ……
「……っと、そう言う訳にもいかない、かな」
一件落着、と言いかけて僕はそう言いなおした。
この事件には謎が残っている。
それは久崎の犯行の稚拙さである。
確かに鐘の内部に携帯を仕込んで、音を大きく反響させるように付与系の能力を使えば、鐘を鳴らす事は出来る。
しかし、それはこの古い鐘を調査した人間ならば僕ら以上にすぐに判明するような話である。
いくら歯車が外されているとは言っても、他の場所を探すのは普通の事だし、それで発見出来ないのは妙な話、である。
あまりにも稚拙すぎて、幼稚な犯行。
こんなの、調べてしまえば即日解決で、生徒会が文芸部に頼む前に犯人が捕まるくらいの簡単な事件だと思う。
実際、素人の楓が調べて、すぐに鐘の内部に仕掛けしている事が分かったくらい、稚拙な犯行であった訳だし。
生徒会長も調査の人間にはそれなりのプロをよこしただろうし、絶対に見つかると思うのだが。
「謎、だな」
「……なに、が謎?」
と、そんな風に独り言を言っている内に起きていたようで、楓がそう問いかけて来る。
もう既に、あの可愛らしい虎の耳とか、尻尾とか、肉球とかは消えてしまっているようで残念である。
何が残念なのかはともかくとして。
僕はなんでもないと返しておく。
「しっかし、あれだな。犯人殴って、そのまま熟睡とは……それだけあれには力を持って行かれるのか?」
そう聞くと、彼女は首を振って否定を伝えて、
「……ちょっと、疲れて、たから」
「疲れてた? どうした、新しい高校生活に夢と希望と、それから疲れを感じてしまっていたのか?」
「……最近、ケンと、一緒に帰れなかった、から」
それだけで疲れられてもほとほと困るのだが。
いつまでもそばに居られる訳ではないんだし。
「そんなちょっと一緒に帰れなかったからって、こんな風に眠られても迷惑だ。キャスター付きのこのトレイ、後で返さないといけないんだぞ?」
「むー……。女の子を、こんなので、運んじゃ、いけない」
そう言いながらガシガシとトレーを手で叩く楓。
可愛らしい微笑ましい光景に見えるだろうが、その内実に虎の性質を持っている彼女が叩く場合、いつ壊れるか分からないと言う危険性が付き物だから本当に止めて欲しい。
「壊しても良いが、その場合の損害賠償は壊した当人が支払うべきだと思うんだけど」
「むー……」
と、そう言うと楓は止める。物分かりが良い事で。
「でも、最近、全然一緒になれない!」
「そりゃあ、こっちは文芸部。で、そっちは帰宅部。部活をしているのと、していないのとでは、それなりに帰宅時間に差が出るのは普通の事だと思うけど?」
「むー……じゃあ、入る!」
……えっ?
今、なんて言った?
「入る! 文芸部に入れば、一緒に、居られるし、帰れる!」
「いや、一緒には居られるだろうけれども……お前、それほど本、好きじゃないだろ?」
「……コクリ」
頷く楓。
こいつは無口ではあるが、別に本が好きと言う訳ではない。
しいて言えば、静かな空間に居るのが好きなだけであって、別に本が好きと言う訳ではない。
無口=読書好きみたいな話もあるが、別にそう言う訳ではないし、無口だって運動神経が良いのが居て当然なのである。
「部活動に入るのは良いが……本が好きじゃない楓にとってはあまり良くはないと思うんだが」
「……ケンと、また一緒に帰れるなら、それで良い」
「それで良い、で済ませられるのかな?」
「……良い、の」
「良いのか」
と、少し前の、中学生時代に一緒に帰っていた頃の事を想い返しながら、僕達は2人で一緒に帰宅した。
僕はまぁ、ちょっとは嬉しかったが、楓はその倍は嬉しそうにしていたから良しとする。
後日、僕が楓を連れて行った事で、部長から「良くやった」と言われるのはまた別のお話。
次回、「サンダープレジデント」